若草物語

妻と二人で愛車プリウスに乗って、あちこち出かけ、デジカメで撮った写真が中心のブログです。

大磯・湯河原を旅するーその2ー湯河原温泉郷

2018年04月24日 | 旅行


大磯の旧吉田茂邸などを見た私たちは湯河原温泉に宿を取り、万葉集にも詠まれた古湯と、新鮮で豪華な料理を満喫した翌日(4月13日)、湯河原の名所旧跡を見て廻りました。

島崎藤村ゆかりの宿 「伊藤屋」は創業明治21年、湯河原温泉の中央、万葉公園入口に位置する旅館です。

昭和の初め、作家「島崎藤村」は年4回ある原稿提出の合間をぬって当館に訪れました。

静養が目的のため、滞在中は一切仕事をしなかったと聞いています。

古くから徳大寺公爵、黒田清輝、円朝、有島武郎など、文人、墨客の定宿として愛されてきました。



伊藤屋の別館だったのが、道路を挟んで向かい側にある「光風荘」です。

日本近代史上未曾有のクーデター未遂事件 2・26事件、この事件で、東京以外の唯一の現場となったのが、ここ湯河原の光風荘です。

光風荘には、前内大臣の牧野伸顕伯爵が静養のため家族、使用人と共に滞在していました。

天皇側近として国政の中枢にあり、リベラルな考え方で政・官・財界に影響力を持っていた牧野伯爵は、急進的な青年将校達に「天皇の判断を誤らせる”悪者”」と見なされ、2月26日早朝、東京から雪の湯河原に着いた河野壽大尉以下8名に襲撃されたのです。



光風荘のそばには、「万葉公園」が広がっています。

万葉公園は、「日本の歴史公園100選」に選ばれ、温泉場の中心地にあります。

湯河原温泉が万葉集に詠われていることから、歌人の佐佐木信綱先生の提言で昭和27年に造られました。

湯河原温泉観光協会が入る観光会館の前には「万葉の歌碑」が立っています。

「足柄の土肥の河内に出づる湯の世にもたよらに子ろが言わなくに」

(足柄の土肥(湯河原)の河淵に湧く温泉の、決して絶えそうもないように、二人の仲が絶えそうにはあの子は言わないのだが、私は心配で仕方ない)と言う意味だそうです。



明治以降多くの文人が湯河原を訪れ、俳句や短歌などを詠んでいます。

それらの板碑が30本余りこの「文学の小径」に立っていて、作者の紹介、この湯河原との係わり合いなどが、かなり詳細に記されています。



文学の小径を抜けて少し歩くと、「国木田独歩の碑」がありました。

「湯ヶ原の渓谷に向かった時は、さながら雲深く分け入る思いがあった。」と刻されています。

独歩は晩年に3回、旧「中西旅館」に保養に訪れ、短編小説を書きました。

碑文は、3回目の保養で書いた『湯河原行き』の末文です。



その先にある「独歩の湯」は、湯河原に思い入れの強い国木田独歩にちなんで名付けられました。

地理風水を意識して作られたこの空間には、全部で9つの足湯があります。

それぞれ底の突起の形が違い、足裏の違うツボを刺激するそうです。



写真は、日本文化興隆の祖・聖徳太子の遺蹟を敬慕して昭和35年に建立された六角形の「太子堂」です。

堂は奈良法隆寺の夢殿を模したものだそうです。

太子堂の前には、歴史ある別荘地「理想郷」に居住していた作家・山本有三氏撰文の太子堂建立由来碑があります。



その上にある「熊野神社」は創建年代不詳ですが、古来より温泉の神様とされた紀伊の熊野本宮から勧請され、寛文12年(1672)の宮上村明細帳には権現社と記されています。

万葉公園は、明治~大正期の実業家・大倉孫兵衛の別荘でした。 

日露戦争後、湯河原が戦傷病者の保養地に指定され、敷地一角にあった一族の別荘も養生園として開放されました。
 
後に元帥東郷平八郎がこの豊かな自然の中、この養生園で病を静養しています。

境内の横には、東郷平八郎の大倉一族に対する感謝の意が刻まれた「養生園碑」があります。



万葉公園を出て、さらに下ったところに「湯河原芸妓屋組合」があります。

町内の芸者さんは、夜のお座敷だけでなく、日中に観光ガイドを務める取り組みもしており、途中、名産品のお店に立ち寄り、それぞれ自慢の一品を試食させてくれるそうです。



このあと夏目漱石の絶筆となった「明暗」の中に登場する「不動の滝」を見に行ったのですが下の駐車スペースが工事の人たちの車で満車となっていたため、滝を見るのを諦めて、漱石が実際に不動の滝を歩いた際に泊まった「天野屋旅館」の跡地に建つ「町立湯河原美術館」を訪ねることにしました。

湯河原美術館は、竹内栖鳳や安井曾太郎、三宅克己など湯河原にゆかりの作品を集める美術館です。

日本画家・竹内栖鳳は天野屋旅館の敷地離れに住居とアトリエ「山桃庵」を新設し、多くの作品を描き、今も多くの竹内栖鳳の作品がこの美術館に展示されています。


国木田独歩、島崎藤村、芥川龍之介、谷崎潤一郎、与謝野鉄幹・晶子、画家の竹内栖鳳、政治家の伊藤博文、犬養毅、重光葵、作家の吉川英治、小林秀雄などが静謐な隠れ家として湯河原を愛してきました。


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