たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

茂木健一郎『赤毛のアンに学ぶ幸福になる方法』_想像の余地とは

2019年08月24日 14時27分13秒 | 本あれこれ
「『赤毛のアン』の中で僕がいちばん好きな言葉に、「scope for imagination」つまり「想像の余地」と訳される言葉があります。これはアンの口癖みたいなもので、この小説全体を貫く重要なモティーフとして繰り返し出てくる言葉です。

 アンは、よく「ここには、想像力の 広がる余地がある」という表現を使います。では、彼女にとっての「想像の余地」とは、どういうものを指しているのでしょうか。

  これは、想像力を広げるに値するほど素晴らしいものに出会ったとき、彼女の口から出てくる言葉です。

 それはたとえば、目を奪われるような美しい景色であったり、現実を忘れ去ってしまうくらいロマンチックな小説であったり、あるいはそこから物語がひとつ紡ぎ出せるくらい素敵な名前だったりします。そういうものに出会ったとき、アンは感嘆と共に、「ここには、想像力の 広がる余地がある」と語るのです。

 この物語の主人公アン・シャーリーは、『赤毛のアン 』の第二章で初めて登場します。この章は、孤児院育ちのアンが、初めてプリンス・エドワード島にやってきたときのことを描いた章です。マシュー・カスバートとの 出会いを描いた章であり、また、アンにとって、「想像」するということが、どれだけ大切なことなのかを読者に向かって説明している、とても重要な章でもあります。

 アンは、馬車で迎えに来たマシューと共にグリーン・ゲーブルズに向けて出発します。馬車は、ブライトリバーの村を出て小高い丘の急坂を下り始める。その急坂では、道が地中にもぐりこむほど低くなり、両側が土手のように数フイートも高くなっているので、ちょうど二人の 頭の上に、満開のサクラの花や、すらりと細身のシラカバが並んでいます。

 その光景を見て感激したアンは、「うわ、きれい― 頭の上の、白いレースのような花をいっぱいつけた本を見て、なにを思い浮かべる?」とマシューに聞きます。すると、「その、なんだ、わからんね」という答えが返ってくる。そこで、アン は、「あら、花嫁さんにきまっているわ。真っ白いドレスを着て、すてきな薄いベールをかぶった花嫁さん。まだ一 度も見たことはないけど、想像はできるの」と応えるのです。

しかし、アンが感動したこの景色も、マシューにとっては特別なものではありません。春になったら木々が芽吹き、サクラの花が満開になるのは自然界の法則に則った、ごく当然なこと。毎年繰り返される、見慣れた景色のひとつに過ぎません。サクラを見たからといって特別な感情が湧き上がってくるわけでもない。サクラはサクラであり、そこから何か別のものを連想してイメージを重ね合わせるなどの行為を、マシューは今までしたこともなければ、考えたこともありません。ところが、この少女はそれをする。マシューがどんなに頭をひねってみても搾り出すことができないような連想を、アンは軽々とやってみせる。馬車が通り過ぎていく 景色のひとつひとつに声を上げては、マシューにその「想像」の世界を披露していく。アンにとっては花が満開に咲き零れるサクラの木は、ただのサクラではなく、真っ白いドレスを着た花嫁さんに変身してしまうのです。

しかもそこでアンのおしゃべりは終わりではありません。花嫁さんから始まったアンの連想は、次に自分の花嫁姿に飛ぶ。自分も素敵な花嫁さんになりたいけれど、顔がかわいくないからお嫁にいけないかもしれない。でも外国に行く宣教師さんなら、 あまり選り好みをしなさそうだからもらってくれるかもしれない。でも白いドレスだけはいつかきっと着てみせる。それがこの世でのわたしの最高の望み。だって、孤児院での生活では、いつもこんなひどいおんばろ服を着ていなくちやならないんだから。そしてひとしきり服の話題を続けたと思ったら、今度はプリンス・エドワード島についてしゃべり始める。

アンにとっての最大の謎は、どうしてプリンス・エドワード島の土はこんなに赤いのかとい うこと。その質問を、アンを孤児院からブライトリバーの駅まで 連れてきてくれたスペンサーのおばさんにも、道中投げかけてきたわけですが、彼女からは、そんなことは知らないし、お願いだからそう質問ばかりしないでくれと言われてしまう。もう千くらい質問しただろう、頼むからすこし黙っててくれ、というようなことを言われてしまう。だから今度はマシューに開くわけですが、これもまた、「その、 なんだ、わからんね」で終了してしまう。

 ここでアンは、とても重要な台詞を言います。

「それが知りたいこと、その一。知りたいことがいっぱいあるって、素敵だと思わない?生きてることがうれしくなっちゃう—こんなにおもしろい世界に生きているんですもの。なにからなにまですっかりわかっていたら、半分もおもしろくないんじゃないかしら。想像の広がる余地が、全然なくなっちゃうもの」


 これがアンにとっての「想像の広がる余地」の定義なのです。

 アンにとっては、世界は果てしなく広く、未知なるものに沿れている。新しく耳にすること、目にすること、全てがアンにとっては新しい世界であり、未来なのです。その新しい世界に対する感動や、疑間に思ったことをどんどん吸収していきたいという純粋な好奇心の前では、たとえ、周囲の人に「子どもはあまりしゃべるな」と言われようとも、あるいはスペンサー夫人に、まるで「舌が宙ぶらりん」だと言われようとも、頭に浮かんだ質問を断ち切ることはできません。それこそが、アンにとっては「 生きる」ことであり、「想像する」ということでもあるからです。

「想像の広がる余地」があるということは、それだけまだ見ぬ世界が広いということ。新しい感動や、出会いが自分を待っているということ。この世の中、もし「なにからなにすっかりわかっていたら、半分もおもしろくない」と言う彼女にとっては 、「想像」の翼を広げるこ とができる場所というのは、生きる上での希望に満ち溢れた世界そのものなのではないでしょうか。」

神経がつかれました

2019年08月23日 18時59分11秒 | 日記
 雨の金曜日。今日もこの仕事に応募してしまった自分を、辞退しなかった自分をうらみながら長い六時間余りを過ごしました。やってもやっても頭の体操しているみたいにむずかしいことばかり。次から次へと知らないことばかりで、ひとつひとつ理解するのに時間かかかることばかり。頭が悪くと申し訳ないですって言いながら教えてもらうしかないてす。「この仕事はむずかしいことばかりなので学んでもらうしかない」って言われてしまいました。ほんとにやめておけばよかった。今まで自分宛に届いてもむずかしくて理解するの面倒くさそうなのでスルーしてきたような文章を理解しないといけない。自分のことは脳ミソが受け付けないので理解するの諦めましたが人のことは理解して説明できないといけない。こっちを理解するとあっちは忘れてしまい同時には無理。電話できかれてもとっさに頭の中切り替わりません。神経がつかれました。1日も早く終わりたいのに長いです。8月長いです。やっと終わってもまだ三カ月しかたちません。一週間に一回の一時間でも昼休みの電話当番なんてやりたくない。電話でわからないことをきく時の常識のなさにびっくり。自分常識ないと思ってきましたがいやいやこんなもんじゃない。ひどいのいっぱいいてびっくり。世の中にはまだまだ驚くべきことがたくさんあることを学びましたがもういい。ストレスのはきだめ、余裕なさすぎ。いくところ間違えました。やめたいよう。いやで仕方ないですが資料持ちかえり。理解できない日本語を読んで理解したりあっちもこっちも電話対応できるように復習しておぼえたり。はきそうですが給料もらってしまった分は仕方ない。苦しみぬかないと給料はもらえない。せめて明日だけはまた露天風呂に入って忘れたい。楽しい観劇の思い出し日記を書きたいです。                                         これから自分はどこへ旅立っていけばいいのか。宝塚大劇場では花組公演がスタートしたのか。ちと複雑な気持ち。

きつい、はきそうや

2019年08月22日 18時56分38秒 | 日記
 木曜日、今日も朝から陽射しが照りつけました。駅にたどり着くとげっそり。信号のない横断歩道を最近は車が飛ばして来るのが見えても渡っています。そのうち暴走車にはねられるでしょう。
昔から地元民がテーボーと呼んでいる国道。かつては自転車で走る人の姿がちらほらありましたが今ここを通勤のために渡らなければならないの、わたしだけでしょう。これがほんとにきつい。ここに生まれてしまった宿命。側道は草が伸び放題で巡回バスのバス停は完全に埋もれています。行政は手入れしないのか。少し先は横断歩道すらなかったりひどいなあと思います。車天国。ほんとにひどい。これからどこへ旅立っていこうかと毎日考えますがわかりません。断捨離が一番むずかしい本と写真をもう少し減らしたい。妹が遺した写真まだまだあります。スキャンしてましたがもういいかな。心が傷みますが写真も結局いらないもの。卒業アルバムもしかり。捨てますかね。それには時間が必要。でも家にそんなにいられない、いたくない。安らぎの場所は劇場のシートだけ。仕事がほんとにきつい。合格通知もらってしまったから仕方ないですが逃げ出せるなら今すぐ逃げ出したい。職員が研修受けて一年ぐらいかけてのみ込んでいくむずかしいことだらけを同時に理解して覚えるなんて無理なのよ。わかったような気になっても忘れてしまったりそんなに簡単にはわからなかったりするのですよ。経験者に来てもらえばいいのにって思いますがなかなか来てもらえないのかな。こんなに知らないことだらけなのに電話当番なんて無理だよ。お金に関わる不特定多数を相手にしなければならない仕事は二度とやらない。やってはいけない。怒られの疲れます。前職の、対象者から怒らるのとは全く違う。あとで自分が悪かったと謝られたこともありますがそういうのとは全く違う。世の中にはびっくりするような人がまだまだいるもんだと驚きもものき。非常識だらけでびっくり。理由はわかりませんが役職たちを並べておやじが息巻いているのきこえてきましたがみっともないかぎりだと思いました。サービス業はストレスの吐き出し口。職種は違えどそれぞれ大変。なに言ってもいいって思ってる奴がいちばん胸くそ悪い。就労場所を一歩出たら忘れたいですがパンフレットと資料持ちかえり。明日の朝電車の中で眺めなければなりません。満タンできつい、はきそうや。今朝電車の中でイヤホンの寿命がきてしまい焦りましたが到着駅構内のローソンで無事購入できました。ありがたや。耳によくないとわかっていても朝の電車の中と昼休みに宝塚かミュージカルの音楽きくの、大切な心の逃げ場所。青エンピツを持つ手に力が入りすぎているので腕がはっています。来月スパに泊まる時あかすりとマッサージやりたいな。あと三週間。長いのか短いのか。明日は金曜日。

きびしい夏の終わり

2019年08月21日 23時07分12秒 | 日記
 昨夜はホットアイマスクをすることすら忘れて寝入ったようでした。6時間余り熟睡からの水曜日、朝家を出るときは熱中症になりそうなほどに陽射しが強く、駅までの道のりも暑さと足腰の疲労と車危なすぎる緊張感でぐったりなりました。電車に乗ると寒いこと寒いこと。夕方はボランティア残業したので全く知りませんでしたが郷里近郊は激しい雷雨だったようです。停電もおこった模様。そのため電車の一部区間止まっていることので乗車駅でしばらく停車することを、電車に乗ってしまってからアナウンスされてもう降りることもできなくなり足腰痛いまま耐えるしかありませんでした。結果的におくれて出発した電車はのろのろ運転で定刻より30分ほど遅れて郷里の最寄り駅にたどり着きました。電車に乗って待っていればいつか動いて運んでくれるわけだし関係者は復旧に尽力していたであろうから文句を言ってはいけないのですが電車の中の冷房が寒すぎるので降りられなくなる前に駅構内でアナウンスしてほしかった。腰から下は真冬用の下着をつけているし上は他に誰も着ていない厚手のものを羽織っているのですがそれでも体が冷えて冷えて仕方なくって具合悪くなりそうでした。小学校低学年ぐらいの子どもを連れたお母さんが寒いって言っているのがきこえてきたので寒すぎると感じるのはわたしだけではない。いつばん暑い人に合わせないとクレーム来るんでしょうがこんなん体こわすよ。よくみなさん半袖やノースリーブでこんな寒いところにいられるもんだ。体感温度は人それぞれなので仕方ないのかもしれませんが体が小さく筋肉のないわたしには寒すぎです。関西も寒かったですが寒いね、ほんと寒い。これだけでもなんかここで暮らし続けていくの無理だなって思います。車、車、車におかしくなりそうなっているのはもう今さら言うまでもないこと、かといって今すぐどこへどう動けばいいのかわからずお金は必要なので目の前のことを辛抱してやれるところまでやるしかありません。右の股関節、真夏でこんなに痛いと、電車のシートに坐って床に置いた荷物をとるために前かがみになるとそれだけでぎくっと痛みが走るような状態だと真冬は動かなくなるかもしれません。10年あまり前に経験があります。夏に無理して痛めた股関節が寒さと疲労で夕方になると動かなくなってしまい引きずりながら歩いてことが・・・。そうなったら自転車きびしい。今さら不便な暮らしに戻るのはきびしすぎました。

 仕事もきびしいです。詳しく書けませんがちょっとした一言で全く相手を否定したつもりなんかないのに、あなたの言い方は自分が失くしたように聞こえる、最初からないと言っている、自分が失くしたわけではなく郵便局かもしれない、どこでなくなったかわからないのだからそんなことは言わなくてもいい、用紙をもう一度送ってくれと最初から言っているじゃないかとじいさんに怒られました。ないんですよね、という確認の意味のつもりで言っただけなのに、言い方がよくなかったのか。生きながらえて歳をとると自分もこんな風にちょっとした一言に突っかかるようになってしまうのか、それとも今までも気づかずにやってきているのか。むずかしいですね。不特定多数を相手にする電話はほんとにむずかしいです。こんなにおたおたでわからないことだらけなのに、来月から一週間に一度、昼休みの電話当番のローテーションに入ってほしいと言われてしまいました。窓口もやっている他の二人の非正規雇用の人と同じ給料ですから、窓口は免除されていますからこれぐらいはやってもらわないと・・・って言われてしまえば断ることはできません。お給料減らしてくれていいのでというわけにもいきません。なんかこんなにわからないことだらけ、知らないことだらけなのに、一応窓口当番の手があいていれば助けてもらうことはできるようですが不安です。脳みそのメモリー少なすぎてあれもこれも同時には入っていかないのよ、新しいこと入ると前におぼえたつもりになったことは忘れてしまうのですよ、きつい、ほんとにきつい。吐きそうですが月曜日休んだツケ払いでボランティア残業しないと片付かないです。電車の中で朝持ち返ってきたパンフレット眺めておいてよかったと胸をなで下ろした一日でした。そんなこともまだわかっていないのかって言われそうなことをたまたま朝頭に入れておいてよかったです。今これ以上考えるのはやめましょう。

 明日はまた明日。最高気温35度の予報、蒸し暑くてきびしい終わり。まだ死ぬわけにはいかない。金曜日の締めを乗り切ればまた休みじゃ、あと二日。きびしいね、生きるのきびしい。

 写真は本文と全く関係なくたまたま画像フォルダにあった2年前のまあ様退団公演の大階段燕尾服ダンス。紅さんみて、ライブビューイングだけでしたが朝夏まなとさんのこの場面思い返しています。こんなグチ日記にお写真使ってしまい、まあ様、ごめんなさい。

 

またお給料をもらってしまいました

2019年08月20日 23時01分48秒 | 日記
 先週の金曜日、8月分のお給料が振り込まれていました。本日明細書を受け取りました。たいして役に立っているわけではありませんがさりとて急に辞めることはできないところにきてしまいました。自転車による足腰の痛み、車社会への疲弊も含めていけるところまでいくしかないです。昨夜は真夜中を過ぎてもずっとふわふわとして夢心地で眠ったのか眠れていなかったのかよくわからないまま朝を迎えました。眠れていたとしても2、3時間かな。眠剤を布団に入る直前半錠、2時すぎたったかさらに半錠、そして4時過ぎにさらに半錠、それでもあまり眠れませんでした。これで自転車に乗っては死んでしまうので目覚まし時計と携帯アラームをとめて9時ぐらいまで眠って遅れて出勤すればいいやと思いましたが結局眠ることができませんでした。まだまだふわふわしたまま就労場所に足を踏み入れれば現実。目の前の書類がどんどんたまっていくタイミングではありませんが、さらにあんなこともこんなこともと細かいことを説明されて頭の中が飽和状態になりました。はじめて聞かされたことで、職員にきいてやったはずのことも足りりていなかったことがあってこれはこれを確認して記入してもらわないと困るって言われて、でも今まで知らなかったのよ。同時にあれもこれも無理なのよ。新しいことが入れば前のことは抜けていってしまうのよ。慣れていない職員もぬけぬけ、そのしわ寄せがきます。研修をうけている職員だってそんなにわからないことだらけなのですよ。むずかしい、頭の体操しているみたいでほんとにむずかしい。場所場所によっても少しずつやり方や名称が違っていて、自分のことで郷里で確認しにいったら説明された内容が頭の体操しているみたいでわかったようなわからないような感じでした。余分にお金を支払うわけではないことが確認できたのでよしとします。もう少しわかりやすいやり方はできないものなのかと思いました。前職の対象者たちのような状況に陥る前段階で大変な人たちがたくさんいることを今日になって知りこれまたびっくり。わたし以上にどうしようもないのいっぱいいるんだなあってほんとに驚き。だからこういう仕事をしている人たちもいるのよ、ってわかってほんとに驚き、言われてみればそりゃそうだっていうことなんですけどびっくり。こんなことで驚いていちゃダメなんでしょうね、きっと。なんだかほんとに大変。根詰めてやっていると頭の中ごっちゃごちゃになってきて吐きそうです。つらいなあ、来月5連休を目論んでいるけど後が大変すぎるかなあ。長いなあ、今月まだ8日間稼働しないといけないの。でも他に居場所がないんですよね。家にいないと断捨離他できないことがたくさんあるのですが家にはいられない。足腰が痛むのでお弁当とリポビタンD買ってあとは寄り道せず帰ってきてしまったら弟に早いと嫌がられました。収入の道がなくなればお弁当代だって依存せざるを得ない。だから苦しくても、こんなにいやな仕事でも収入のために辞めることはできない。デカイ家なれどここは自分の居場所ではない。車社会の郷里は自分の居場所ではない。これからどこへ行けばいいのかわからない。今はとにかく稼ぎながら荷物を少しでも減らす努力をするべし。

 ネットにあがっていサヨナラショー関連の記事や写真を見てげんじつとうひ。星組トップコンビ、お二人とも清々しいほど美人。ほんとうはもしかしたら性格そんなにいい人じゃないのかもしれないですがそんなことはどうでもいい。束の間夢をみさせてもらっています。げんじつとうひと潤いは必要。

 明日はさらに蒸し暑い予感。きついきつい夏の終わり、死にませんように・・・。

星組『食聖』『エクレールブリアン』_LV泣き笑いの楽しい千穐楽でした

2019年08月19日 22時44分21秒 | 宝塚
 一時にスタートした星組宝塚大劇場千穐楽イブビューイング、五時半過ぎに終わりました。(開幕直前、カメラの前を横切ったの小川理事長?普通のサラリーマンあるあるでした)。明日から四日間出勤、スイッチを現実に切り替えないといけないのですが胸がいっぱいでぼうっとしています。カーテンコールは七回ぐらいあったでしょうか。組からの花をもらう時、ボロ泣きしている琴さんの涙を紅さんがぬぐってあげたり、広い大劇場が紅色につつまれてなんともあったかい時間と空間でした。ショーで紅さんが長い腕をさっと広げると広い空間がオーラで埋まる光景を大劇場で観ることはもうできないのがふとさみしい。この舞台を自分が守るんだっていう責任感と宝塚への、星組への愛が劇場を包んでいる感じが好きだったんですよね。昨日のSNSでネタバレしていましたがサヨナラショーはせり上がりで紅子さんも登場。高所恐怖症だそうで「早くおろしておろして」って言っておりると舞台をひとつひとつ撫でたり、銀橋に足を一歩踏み入れると慣れない足取りで渡ったり、ゆずるちゃんにかわり正座して客席にお礼を言ったり、「元気がない、2500人もいるのに紅子一人に負けているわよ」とパワフルに客席を仕切る仕切る。「一階席元気~?」「二階席元気~?」「三回席~?、なかったわ」「遠視だからよくみえるのよ。一階席も二階席も立見席もみえるのよ」「ペンライトっていつ使うか知ってる?紅子的には楽しい時に使うのよ」と汗だくになりながら元気いっぱいの紅子さん。客席から泣いたり笑ったり忙しい」の声。その直後にスカーレットピンパーネルの貴公子姿で愛里さんと手をつないで階段おりてくるのだからすごい。最後は専科の汝鳥伶さんと華形みつるさんも一緒に、男役さんは燕尾服、娘役さんは白いドレスに羽根つけた姿で『Another World』の「そーれそれそれ、ありがたや、そーれそれそれ、なんまいだ」で賑やかに終わり、チーンの音と共に幕がおりました。星組生みんなと客席とで楽しく明るく笑顔で終わりたいという紅さんの想いがつまったサヨナラショーでした。

 自分はいつもすみっこにいた。いつか誰かが見つけてくれると信じていた。そのままでほっておかないのが星組。お客様が自分を見つけてくれた。自分が主演男役になれたのはほんとうに奇跡。全部の組そうですがみんながんばっている、いちばんすみっこにいる、花道のいちばんすみっこにいる下級生までみてあげてほしい。宝塚はほんとうに狭き門で選ばれた者はここにいない人たちの想いも背負っている。選ばれた者は伝統を受け継いでいく責任がある。土曜日の昼下がりたまたまテレビでみた宝塚の舞台にランドセル背負ったまま釘付けになった。(それが『雪之丞変化』と『サジタリウス』なの、一路さん時代が好きな自分としてはすごく嬉しい)。初めて両親にチケットを買ってもらい大劇場で観劇した時のことは今もはっきり覚えている。(それが『仮面のロマネスク』なのも嬉しい)。心配ばかりかけてきた両親にもお礼をいいたい。この時宝塚に出会っていなかったら今自分はここにいない。今自分がここにいるのは諦めが悪かったから。諦めなければ夢は叶うということを宝塚は教えてくれた。200周年にいるかどうかわかりませんが、タカラヅカフォーエバーというからには、宝塚は永遠、宝塚は永遠。この舞台からみる景色を今夜夢でみたいと思います。生まれ変わっても宝塚に入りたい。退団が近づいてきて宝塚に入っていなかったら何をしていただろうと考えてみたけれどなにも思い浮かばなかった。100周年の時憧れだったOGさんたちにたくさん会えて幸せだった。

 断片的に思い出すままにニュアンスで書いてみました。言葉が尽きない紅さんでした。タータンの退団公演でいちばんすみっこにいた紅さんを認識できていませんでした。プログラムのいちばんすみっこに写真が載っていたところからでこぼこ道を歩みトップスターになるまで血の出るような努力に努力、努力のいばらの道のりを歩んできたのだろうと思います。宝塚が全てだった。花のみちを歩いて、大劇場にくるだけで幸せだった。初めて大劇場の舞台に立った時中にはいって夢を与えられる人になったのだと心が震えた。でこぼこの道だったけれど幸せだった。こうして主演男役として終えらること、安心して礼真琴に星組を引き継げることがすごく嬉しい。


 『食聖』の最後、「さあ仕事だ、仕事だー」って言った後、赤ちゃん背負いながら客席に背中を向けて仕事するみんなの様子を見回していた紅ことホンパパ。一途に宝塚を愛する気持ちでここまで歩んできて最後は劇団に愛され卒業の花道を総力をあげて飾られる。最初からトップスターへの布石があったわけではなかった人がここまで一途に愛を貫いてトップスターになったって、劇団にとってもすごく幸せなことですね。ほんとに人として尊敬します。舞台の姿から幸せのおすそわけを貰えているみたいで幸せな気持ちになれます。ホンパパ、アイリーンママにおいでっていう表情したのをライブビューイングのカメラがとらえてくれていてありがとうでした。カールとマルギットが結ばれた感、ショーのデュエットダンスもすごく幸せそうな表情を愛里さんがしているのをみると幸せな気持ちになれます。『食聖』、ミッキー・チョウにホンが「オッサン行くぞ」っていうと「今日はなんと言われようともオッサンはついていくぞ」って天寿さんがいったの千穐楽あるあるでしたかね。プロローグ、ホンの「おれより端正」も千穐楽あるあるかな。「そうかいかいかい、千穐楽でもやらせるんかい」も千穐楽あるあるでしたかね。「星なんていらない」「お前にくれてやるよ」ホンは瞳に涙ためてましたね。かなりぐっときている感じでそのまま「アイリーンが幸せならそれでいいんだ」。そのあと琴さん銀橋に登場したリー・ロンロン、涙でぐしゃぐしゃでした。

 大階段おりてきたとき、涙で言葉がすぐには出てこなかった紅さん、「泣くつもりはありませんでしたが」、愛里さんも最初言葉につまってました。カーテンコールで「紅さん、大好きです」っていうと、隣にいるのに前に向かって言うの、って紅さんつっこみ。ラスト二回二人だけで登場した時だったでしょうか、「こんなこと大きな声でいうのもなんですが、相手役があーちゃんで本当によかった」に愛里さんがうつむいて涙を流すと頭ぽんぽん。きりがありませんでしたが、最後は向こうから帰ってきてくださいと呼んでいるので「それでは失礼いたします」でようやくエンディング。なんともあったかい千穐楽でした。紅さんに憧れて宝塚を目指す少女たちがいるはず。宝塚は入ってみると厳しい所だけれどそれ以上に幸せな所。こうして唯一無二の歴史はつむがれていくのですね。

 かつて杜けあきさん、一路真輝さん、高嶺ふぶきさん、姿月あさとさんの退団公演を観劇したとき、幕が下りていく瞬間、これが見納めなのだと思うとさみしかったことを思い出しました。今はこうしてライブビューイングがあるからありがたいです。「東京公演もお待ちしております」と紅さん。ショーの醍醐味はやっぱり生で味わいたい。燕尾服の群舞で男役さんたちがオセロのように反転していくところカメラがきれいにとらえてくれていましたが生でまたみたい。ボレロの美しいフォーメーションを二階席からみたいので締め日の合間をぬって東京公演もいきます。実は二日連続の予定。それまで死ねない。その先もまだ死ねない。9月3日の花組日帰りバスツアーは締め日の二日前なのでキャンセルしました。花組は一回だけ、あとはライブビューイング当選できればラッキー。

 明日の朝には現実に戻らなければなりません。金曜日締め、まだまだ暑いし、車社会の中で自転車に乗って坂をのぼったり下りたりが心身共にこたえてこたえてこのまま死ぬのかなあと思ったり、いやそんなことはないはず。二人のさゆみさんの退団公演を最後まで見届ける、ライブビューイング当選できるかわかりませんが最後の最後まで見届けたい。だから死ねないの。紅子からパワーもらったのでなんとか今週を生き延びるのだよ。

写真はツィッターから拾いました。






宙組『オーシャンズ11』_東京宝塚劇場千穐楽LV思い出し(1)

2019年08月18日 22時54分49秒 | 宝塚
2019年7月21日(日)つかの間の夢のひとときでした

https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/c/9ad41c3b3377113caa91f8736cd07caf


アドリブの場面

桜木みなとさんのベネディクトが突然部屋に入ってきた星風まどかちゃんテスに言い訳する場面。どかちゃんがドアを開けるとベネディクトの子分たちがいっせいに腕立て伏せ。ベネディクト「ベスの希望を叶えていたんだ」。この日をもって退団された愛白もあさんのベス「腕立て伏せ100回」。まどかちゃんテスも書類を床において腕立て伏せをしたの、驚きました。アドリブにこたえられだけの余裕が出てきたのかなあと思いました。もちろんテスとしてのしっかりとした居方があったうえでのアドリブ。トップ娘役として頼もしくなってきました。ベネディクトもやらないわけにはかない、仕方ないなといった表情で腕立て伏せ。



寿つかささんのソール演技指導「お客様当ホテルへの長期ご滞在、誠に有難うございました。貴方との素敵な出会いに・・・愛してるぜ・・・(指差し投げキス)」。真風さんダニー、覚えられなくって「なんでしたっけ?」って素で聞き返していたと思います。一瞬素になるときの表情が可愛い女子。オーシャンズ11メンバー、「素敵な」が覚えられず抜けました。

キキちゃんのジョンソン先生、黒髪にリュックを背負ってせかせかせかせか、小池先生の真似だったとは・・・。ベネディクト「さっさと病院へ連れてってくれ」、ジョンソン先生「はい!はいはいはい、もっかい言いなさい」、ベネディクト「さっさと病院へ連れてってくれ」、ジョンソン先生「はいっ!その方がよっぽどクリアに聞こえる!はいはい」でせかせかせかせか。その直後白衣を脱いでスーツ姿になるところがこの上もなくかっこいい。


 こうしてついついアドリブ場面のことを書き残しておきたくなってしまうのですが、アドリブの場面が浮ついたものにならなかったのは、真風さんダニーとキキちゃんラスティの舞台を回していく力がきちんとあったからこそ。5月に大劇場で観劇したとき、この舞台を回していくのは相当な力が要求されるのだろなと思いました。詐欺師たちが集まって手段を選ばずのし上がってきたベネディクトに一泡ふかせるために金庫からお金を盗もうとするわけだから正義ではない。冷静に考えたら、お前ら泥棒じゃない、むしろエッ??っていうところを違和感なく楽しく魅せていくのって大変なこと。真風さんダニーは軽やかだったと思います。キキちゃんラスティはうさんくさい奴だけど実にカッコよく、ほんとうはダニーを友達と思っているわけでもなんでもないのかもしれないけれど楽しんでやろうっていう感じでダニーの案にのっていくコンビ感、二人で仲間をけしかけて大仕掛けをしていくプロセスを楽しんでいる感じが抜群でした。ポーラとのイチャイチャぶりもなかなか。余裕と貫禄で男役としての円熟味を感じさせてくれました。キキちゃんにはトップスターになってほしいけど、真風さんをまだまだみていたい、二人のコンビがすごくいいので複雑なところ。

 プロローグ、銀橋で真風さんが囚人服からいつの間にかスーツ姿になっているところ。ライブビューイングでは暗転して囚人服を脱いでいるところを確認できました。さらっと、かっこいいですね。

写真は5月21日の宝塚大劇場。壁掛けの写真、いつもうまく撮れず雰囲気だけ。


























先行抽選に申し込んじゃった

2019年08月18日 21時51分36秒 | ミュージカル・舞台・映画
ホリプロからのメールマガジン配信で今年の12月に『スクルージ』が上演されることを知り、締め日の合間をぬって休めそうなタイミングで先行抽選に申し込んじゃいました。郷里に帰省してしまったので都心に暮らしていた時のように電車に乗り一時間余りで行けるわけではないので、かなりエネルギー要るしお金もかかります。それでも死なないために、また市村正親さんスクルージに会いに行こうと思います。タータンは出ないし、大きくなってきたので憲ちゃんのティム坊もないだろうなと思うとさみしいですが、日生劇場でしかみることができないので、大好きな日比谷に行こうと思います。弾丸ですが日帰りもできなくはないんですよね。でもせっかく行くならスパに一泊はして美術館にも行きたいな。希望をもって生きる・・・。

旅の思い出_安曇野・松本(2)

2019年08月18日 14時27分47秒 | 小さな旅の思い出
「1984年5月13日(日) 晴れ、時々くもり

6:10 起床・朝食

8:10 ユースホステル出発、犬にほえられる。柏矢町駅まで徒歩。

9:11 柏矢町発

9:37 松本着 市内見学 アルプス山岳公園、山岳館、松本城、明智学園、
     駅内商店街にて山菜そばを食べる

15:10 松本発

17:55 △△△発


20:02 〇〇着


 今日も暑い一日だった。トレーナーもジーパンも汗でぐしょぐしょ。松本駅からアルプス山岳公園まで歩いた。ざっと1時間半。
標高700メートル余り、足ががくがくになった。木々に囲まれて芝生が一面に植えてある。山々が目の前に広がり、町が一望できる。シャーベットを飲んでのどをうるおす。
山岳館をざっと見る。
登山用具、写真などが展示してある。
長谷川恒男コーナーもあった。どこでおぼえた名前か忘れてしまった。調べてみよう。
公園から下って松本城を目ざした。
道に迷ってしまい、歩き続けること一時間余り、かなりしんどかった。
松本城の天守閣に登る。
階段がおそろしいほど急だった。暗くて夏はとても涼しい。窓が少なかった。
写真撮影、水を飲んでのどをうるおす。
一面芝生で整えてある。
松本城から明智学園まで徒歩5分余り。洋風の概観を撮影するのみ。
松本駅へ歩いて戻る。
自分のために、天然石の道祖神を買った。
お父ちゃん、お母ちゃんにはおそろいの湯吞茶碗。
△△△行に乗り今ぼうっと窓から外を眺めている。
少し涼しい、雨が降ってきそうだ。
山に咲いている山吹の花、とても懐かしい気持ちになる。いつかこの花をお話のなかに書きたい。
何度も信州に来ているけれど、ちっとも山の名前がおぼえられない。
ただ眺めているだけ。

安曇野ではもう田植えを始めていた。
〇〇ではいつだったかな。
道祖神があちこちにあった。
ほほえんでいたり、手を取り合っていたり、怒っていたり。
色のついた道祖神もある。
化粧神というそうな。
道ばたに咲いているたんぽぽがきれいだった。
家の庭に咲いている紫色の小さな花もひっそりと咲いていた。
歩くともっとたくさんみつけることができたかもしれないな。時間がなかったからいたしかたない。
田んぼの中の道をとろとろと自転車で走るのもいいものだ。
碌山美術館へ行く時、かなり道にまよってしまった。
つたのからまるレンガ造りの建物はいつもいい雰囲気だ。
ロマンチック・タクシーの運転手らしき人が写真を撮ってくれた。
わさび田は花の咲く時期は終わってしまっていた、残念。
途中東光寺で化粧神を見る。
一日の無事を祈った。
柏矢町駅前でコーヒーを飲む、おいしかった。
ユースホステルまでゆるやかな坂道、しんどかったな。
道の脇を水が流れていた。
まだあちこちで鯉のぼりを立てていた。
ユースホステルに着くと、ベッドを整えてごろんと横になった。気持ちのよいひととき。
自宅へのTELも忘れなかった。
そして夜、
お風呂で足を洗ってすっきりした。
念願のあずみ野ユースホステルで夜を過ごす。


帰宅後の記

念願だった信州への一人旅、やっと果たすことができた。まだあまり人もいなくて落ち着いていた。いい旅でした。
以前行った時には目に入らなかった道祖神も見ることができて嬉しい。
気ままな旅はいいものです。
上高地もゆっくり歩いてみたい。
そろそろ東北への旅の計画も立てよう。

 5月17日 PM6:58」







 両親のためにと買ったおそろいの湯吞茶碗は、9年前父が亡くなったあと整理したような気がします。父が亡くなったあと部屋に散乱していた衣類の中には、わたしが誕生日や父の日に横浜そごうで選んで贈った下着や甚平もありました。すべて整理しました。モノより思い出。モノは買っていけないのだと学びました。

 数年後にのたうちまわるような苦悩の日々が訪れることなど知る由もなく、生きることは試練の連続なのだと、生きることは闘いなのだと、生きることは苦しいこのなのだと知る由もなく、家族は幸せなものだと信じていた若き日の自分語りでした。


 あづみ野ユースホステル、往復はがきで予約しました。概観、部屋の様子だとはもう全く思い出すことができません。今はあづみ野パストラルユースホステルと名を変え、じゃらんネットで予約、一泊9千円ほどのようです。相部屋でこの値段はちと高いかな?!





星組『エクレールブリアン』_「ひとり星の上で」

2019年08月17日 16時02分59秒 | 宝塚

「僕はどこへ
 行けばいいのだ

 僕の愛は
 はるかな銀河の果てに

 ひとり星の上で
 僕は旅に出る
 銀の舟に乗り
 幸せ求めて

 新しいひとつの
 光を目指して
 僕は飛んでいく」 





「酒井澄夫(作・演出)

 エクレール・ブリアン(華麗なる煌めき!)

 このショーの発想は、ジルベール・エコーのシャンソン「ひとり星の上で」にあります。
 
 なんとなくベコーのファンであった僕は、昔からこの曲には心ひかれていました。この度、星組のショーと聞いて、なぜか、最初に紅さんの顔と共に浮かんだのがこの曲でした。遥か宇宙の彼方からやってきた紅ゆずるが、この舞台に降り立ち、夢を伝える・・・そんな発想から、このショーは生まれました。

 夢を振りまき、新しい星に飛んで行く・・・。そんな想いで、このショーを創っています。」

(公演プログラムより)


 華やかなプロローグのあと、星空をみあげながらひとり銀橋にすわって歌う紅さんの姿が、8月11日の観劇時は一階席からだと近くに感じられてそれはそれで幸せでした。優しさ、愛おしさ、切なさ、さみしさ・・・、色々な想いが込められている歌声、沁みました。生きているのも悪くないよ、ってそっと背中をさすってもらえたような、あったかい時間でした。出会えた奇跡に感謝。