阿部ブログ

日々思うこと

3次元積層技術による人工関節ビジネス~ナカシマメディカル~

2014年07月28日 | 雑感
岡山にナカシマメディカル(株)と言う会社がある。個人的には、平成のプロジェクトXのように思える。

ナカシマメディカルは、ナカシマプロペラのメディカル事業部を分社化し、2008年9月に設立された企業。資本金1億円、従業員数は175名。同社は、膝や肘などの各種人工関節、骨接合材料(髄内釘、固定プレート)等の医療機器の開発・製造・販売を生業としている。親会社のナカシマプロペラは、1926年創業で、船舶用のプロペラメーカーとしての加工技術を応用して、1987年に当時の厚生省より医療用具製造許可を受け、チタン合金製の人工関節の開発に着手。1995年にはメディカル事業部を立ち上げ、2001年にはメディカル棟を完成させた。2004年にR&Dセンターを岡山リサーチパーク内に開設するとともにISO13485の認証を取得し、2006年に人工関節のCEマーク(EU地域で販売される指定製品に貼付を義務づけられている安全マーク)を取得。このR&Dセンターでは、主に人工関節との接合のため最適な形状に患者の骨を削る手術支援ロボットなどを開発。2008年には、革新的医療技術の実用化を促進する先端医療開発特区、所謂スーパー特区(5年間)に採択されている。
このスーパー特区では全国から143件の応募があり、そのうち24件が採択された。ナカシマプロペラは唯一の民間企業として、産総研や理研などと伍してプロジェクトの中核研究機関の役割を担うことになった。ナカシマメディカルの研究テーマは、「生体融合を可能とする人工関節の患者別受注生産モデルの構築と、人工関節の超寿命化」である。スーパー特区の有利な点の一つは、規制を担当する厚生労働省、独立行政法人_医薬品医療機器総合機構と開発段階から薬事相談等が可能になる事である。

ナカシマプロペラが、中核事業であるプロペラ製造からメディカル事業を開始したきっかけは、異業種交流会でプロペラ工場を見学した医師から、「チタン合金でプロペラを製造できるのならば、生体親和性の高いチタン合金と曲面加工技術で人工関節を製造できるだろう」との意見をもらった事が発端。人工関節のシェアの大部分は欧米メーカーが占めるが、ナカシマプロペラは、骨格も生活様式も異なるアジア諸国の人々のための人工関節の開発を目指す事とした。全国で膝の関節痛で悩む人は1000万人以上と推測されており、歩行困難となる人の最後の手段としてアジア人向けの国産人工関節が必要とされていると考えた。しかし現在でも人工関節のシェアの過半は未だ海外製品である。
同社は、船舶用プロペラで世界30%のシェアを持つプロペラメーカーで、0.01ミリの誤差にも対応できる研磨技術を持つ。人工関節と言う全く畑違いの分野への進出であったため、当初は、「プロペラ屋がなぜ人工関節を作るのか」、「本当に使えるのか?大丈夫なのか?」との反応が多数で、製品が売れない日々が続いた。しかし、欧米の人工関節より優れた、精緻な人工関節の開発を継続し、遂に人工関節を完成させた。

2008年の分社化後、ナカシマメディカルは2010年に人工関節の研究や開発力を強化するため、今までのR&Dセンターの2倍以上の規模となる先端イノベーションの拠点を整備した。敷地面積3210㎡、鉄骨2階建て延べ1768㎡。この拠点では、基礎研究から臨床研究、医師の手術トレーニングまで一貫して対応できる環境を持ち、革新的な医療機器の研究開発を行っている。2011年、海外勢から国内シェアを奪う為に、医療機器商社(株)日本エム・ディ・エム(東京都新宿区)と販売提携し、骨接合用品のうち、骨折した部分を固定するため体内に埋め込むプレートや棒状のネイルなどの供給を開始。また国内だけでなく、販売承認が容易な香港において、人工指関節、肘関節の輸出を2009年に開始。2011年には中国本土での人工肘関節の販売承認を取得している。

ナカシマメディカルは、スーパー特区以降、積極的に産官共同研究に取り組み、地元の岡山大学、岡山理科大学とナカシマホールディングスが2009年に包括協定を結んだのを嚆矢に、東京大学、京都大学、名古屋大学などや、独立行政法人系研究機関と共同研究開発を実施している。また同社が主体となって「人工関節の機能高度化研究会」や「知能化医療システム研究会」などを立ち上げこの研究会活動から、多くの共同研究が生まれている。特に「人工関節の機能高度化研究会」には16機関、42名が結集している。この連携活動は、行政組織も認めるところとなり、2009年には「平成21年度おかやま産学官連携大賞」を2012年には「第4回ものづくり日本大賞中国経済産業局長賞」を受賞している。

ナカシマメディカルの共同研究については、最初に大阪大学の中野教授と骨細胞の応力環境下での働き適合する異方性孔構造設計、即ち人工関節への配向化した孔や溝構造の導入による力学特性に優れた骨組織の誘導に関する研究を実施した。その後、2009年に岡山県工業技術センターと人工股関節を長持ちさせる技術の開発に着手。人工股関節の可動部分にある球形の骨頭表面を電子ビームで加工し、体液を潤滑油のように働かせて摩擦を減らすことにより、摩耗を遅らせることを可能にした。2010年には、京都大学富田教授の研究成果をもとに、ビタミンEの添加により耐久性を高めた人工膝関節用の摺動部材を開発。人工骨が擦れ合う部分に使う超高分子量ポリエチレンをビタミンEの添加により酸化しにくくし、既存品の製品寿命(10~15年)より更に10年程度延ばすことを可能とした。
この成果により、厚生労働省から医療用具としての承認を受け、岡山大学病院で臨床使用が開始された。2010年に製造販売を開始。

また東京大学工学部、岡山大学医学部、千葉大学医学部、コアテックとの共同で人工膝関節の埋め込み手術に使うロボットを開発。このロボットは、患者の骨のコンピュータ断層撮影画像情報を3次元データ化してロボットに転送し、医師が皮膚組織を切開後、ロボットのアームが露出した膝の骨を高い精度で削る優れもの。医師の手だけで手術する場合には15㎝ほど皮膚を切り開く必要があったが、ロボットだとその切開部分は半分で済み、患者の負担を軽減できる。2011年には、旭川医科大学と北海道大学との共同研究に基づき、チタンの他にジルコニウム、ニオブ、タンタルを用いた合金を採用し、人工関節部材の生体適合性を確認、高めるとともに耐食性を向上させた。また、人工股関節の表面の一部に深さと幅が0.5mmの溝を設けて熱酸化処理を行い、溝の部分に骨の主成分の一つであるアパタイトを形成し易くした。これで骨との結合性を高める事に成功。

2012年は、最初に共同研究した大阪大学中野教授と人工股関節装着後の骨の強度を高める技術の開発に着手。人工股関節の表面の太ももの骨と接する部分に溝(幅、深さとも0.5ミリ)を20本ほど入れ、人工関節を装着すると、周囲の骨が成長(再生)し結合するが、溝の向きを骨の成長方向に合わることで強度を高めた。再生した骨の量が増加するとともに、強度に関わるアパタイトが健常な骨と同様に規則的な配列となることを可能にした。

これ以降の共同研究には、
・日本に2台しかない大面積電子ビーム照射装置による、インプラントの平滑化と表面改質、及び同時加工プロセスに関する研究(岡山大学、宇野教授)
・低コスト化を実現する摺動部材の研磨プロセスに関する研究。これはナノオーダーの研磨技術を適用し、平滑化と表面改質を行うもの(東京大学・割澤准教授)
・人工関節の機械的特性評価。これは各種規格・基準に基づく審査に対応した整形インプラントの検証と妥当性確認に関する研究(岡山理科大学・金枝教授)
・3次元骨形状・アラインメントを考慮した手術プランニングソフト、つまり医用画像を使用した骨形状の高速3次元再構成と、ナビゲーション&手術ロボットシステムの連携に関する研究(東京大学・光石教授、中島准教授)
・人工関節の設計技術とそれを用いた生産システムの構築、即ち医用画像による3次元骨CADモデルによるインプラント形状の最適化に関する研究などがある。

バイオマテリアルでは、生体との結合能・親和性を向上させる材料の開発や、人工関節の耐久性を向上させる研究開発を行っている。チタン=ニッケル合金、チタン=コバルト合金などの生体適合性、つまりニッケルやコバルトが生体内で微量に溶け出す事が知られており、有害との指摘もある(東京大学・生田教授)との指摘に対しては、専門ではなく、正しく答える事が出来ないとの回答だった。生体適合性は重要な問題である。
ナカシマメディカルでは、人工関節の形状精度の向上と低コスト化を目指すと共に、人工関節の高機能化を実現する技術開発を行っている。その他では、手術前プラニングシステムやナビゲーション技術を開発してり、更に高精度かつ高効率な手術が可能となるような医療システムの構築を目指している。