阿部ブログ

日々思うこと

ジャン=ミシェル・バスキアを知るには良い DVD 『バスキアのすべて』

2012年01月02日 | 日記
ジャン=ミシェル・バスキアをご存じだろうか?
彼はモダンアートの伝説的アーティスト。バスキアは、1960年ニューヨーク生まれ。
生きていれば52歳か。そう、彼は27歳で死んだ。麻薬中毒者の彼の死を夭折と言えばそうなるか。
夭折する者は、何かしら美しいし、その残した仕事も後生に長く影響を及ぼす例が多い。

例えばレイモン・ラディゲ。14歳の時に『肉体の悪魔』を書き、ジャン・コクトーに認められ一躍サロンの寵児となった。その後、遺作となる『ドルジェル伯の舞踏会』の執筆を開始したが、刊行は叶わずわずか20歳で死去。バスキアと同様に薬チュウ。尤も彼の場合にはヘロインではなくアヘンだが。
ラディゲの詩集は読んだことがないが、高校生の時に文庫本で読んだ『肉体の悪魔』と『ドルジェル伯の舞踏会』は「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」とは異なるが新鮮・斬新な新感覚を与えてくれた。今でもその文庫本は手に取る事がある。

それと同じフランス人エバリスト・ガロア。彼も21歳で決闘で死んだ。即ち決闘で負けた訳だが、そんな彼は数学を志す者だった。彼、ガロアの功績は偉大だ。それは数学史に燦然と輝く。
既にアーベルによって「5次以上の方程式にはべき根による代数的解法は一般には存在しない」ことが証明されていたが、ガロアの凄いのは「1つの方程式は、その群が、その方程式の係数を含む体に対して、可解群であるとき、かつ、そのときに限って、ベキ根によって、解法する事が可能であるとした点。特筆すべきは「nが>=5」のときに、交代群Anは単純群であるという事実を示した事。
但しガロアの事績を感得するには、群論を知る必要がある。この群論には、群の次数・位数、対称群(これは置換群とイコール)、巡回群、アーベル群、若しくは可換群と呼ばれる興味深い群、そして部分群。それから偶置換、交代群、正規部分群を経て円分方程式、拡大体、ガロア拡大、ガロア関数、ガロア分解方程式に至る道のりがあるが。。。

ラディゲやガロアと同じ夭折の天才アーティストであるジャン=ミシェル・バスキア。
彼の生前の若々しい姿をうつしたインタビュー記録を映画化し、それをDVDにした『バスキアのすべて』を「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」を読了した後に視聴した。

何でもこの作品は、2010年サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門に出品された作品で、ジャン=ミシェル・バスキアを知るには良い作品と思う。

レイモン・ラディゲと同じように有力者の知己と支援を得る。ラディゲの場合はジャン・コクトーだが、ジャン=ミシェル・バスキアは、御大アンディ・ウォーホルであった。
ウォーホルの支援が無くとも、多分バスキアはブレークしたと確信出来る。

夭折したバスキア。彼はニューヨークの落書き小僧から現代アート界のアイドルとなったが、その作品は短い創作期間からは思いもよらない程に量が多い。量をこなさないと質は生まれないと言う事か。
バスキアは、実に900点を超える絵画と1250とも言われるドローイング残し死んだ。

1980年代における現代アーティストの寵児ジャン=ミシェル・バスキア。彼が死んで20年以上経過し、既に時は21世紀であるが、彼の作品は今でもアーティストにインスピレーション、霊感を与え続ける止めども尽きぬイメージの嵐。
バスキアを20世紀で最も重要なアーティストであると言う人も多いが、早く逝った人の在りし若々しい姿をみるにはこのDVDはお勧めである。

ジュノ・ディアスの「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」を読了

2012年01月02日 | 日記
ジュノ・ディアスの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を読了した。

この本は書店では品切れの為、アマゾンの中古本で購入したものだが、ピュリツァー賞と全米批評家協会賞をダブルで受賞している作品だけに一気に読み切った。

感想は、さぞかし翻訳が大変だったろうと言う事。
英語とスペイン語。それと日本発のマンガ、映画、ゲームなどのサブカルチャーの知識、トールキンの『指輪物語』など幻想文学、SFやファンタジーなど、この所謂「オタク系」の分野の臭いと言うか、感触と言うか雰囲気が分からないと読むのも辛い本である。
何しろ「ガッチャマン」や「超時空要塞マクロス」、「AKIRA」などが出てくるのだから~

サブカルには、トント縁のない生活なので、翻訳者と編集者の注釈はとても役立ったし、無かったら読み切れずに終わっただろう。
しかしまあ、あきれる位に同書は暴力とセックスとオタク用語に満ちあふれている。

著者のジュノ・ディアスは、ドミニカ出身で1968年生まれの43歳。現在は、マサチューセッツ工科大学の創作科の教授。
彼には超がつく程に美男子のお兄さんがおり、オスカーとは真逆の楽勝人生を送っているらしいが、この『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は21世紀のアメリカ文学における一つの事件であると評されており、今後の創作が期待される。