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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

われわれ記者は刑事より忙しかった(堀長隆)

2019-11-26 03:23:53 | コラムと名言

◎われわれ記者は刑事より忙しかった(堀長隆)

 雑誌『座談』第二巻第三号(一九四八年三月発行)から、「帝銀毒殺事件楽屋話」と題する新聞記者七名による座談会の記録を紹介している。本日は、その三回目。
 座談会に出席した記者七名の名前は、冒頭で明記されているが、個々の発言については、名前ではなくA~Gのアルファベットが用いられている。このうち、発言者名が推定できるものについては、アルファベットの下に、〔 〕で、社名と氏名を入れておいた。

 刑事はだしの活動
記者 初期の活動は犯人の予想をどの程度まで探るかといふことでやられたんですか。
 まあ、さうですな。
 みんな警視庁を受持つとる猛者〈モサ〉連中ですからね。聞込み方や何かは刑事と同じ なんですよ。目撃者の談を取つたり、近所を洗つたり、生残つた者の話を取つたり、いろいろやつたらしいですね。
〔朝日新聞・堀長隆〕 あの事件が起つてから三日間くらゐの新聞記事といふものは、それぞれ、その日その日の盛上つてくるものがあつて、面白かつたと思ふんですが、われわれの気もちは、われわれは刑事ぢやないけれども、さういふ気もちで捜査をしてをつたといへますね。
〔毎日新聞・三谷博〕 刑事(デカ)が、われわれのゆく前に新聞記者が先きにいつてくれちや困る、なんて言つてましたね。
〔読売新聞・井形忠夫〕 ところが、この事件については新聞記者のはうが早いですね。
 小切手ね、あの時も現場へいつたら目白署の刑事がゐて、新聞記者は絶対に入れないといふんです。そのうちガラガラッと扉が開いたから、僕も入つちやつた。見ると本庁の刑革は一人もゐなくて、僕の顔見知りはゐない。さうやつてるうちに、小切手が紛失してるといふことを聴いた。それが新事実なんですね。だから、相手の意表を衝いて刑事以上の感を働かして飛んで歩いたんですよ。
 とにかく今度は、われわれが自分で探偵の如く捜査するといふことが一つ。それから刑事のあとを迫つかけて刑事の動向を探るといふことが一つ。もう一つは、各社の仲間同士の動向を探るといふこと。(笑声)だから、われわれは刑事よりも忙がしいですよ。
記者 それで何か面白いことはなかつたですか。
 病院ではあつたやうですね。
 事件発生から二、三日経つて、新聞社のはうにも容疑者といふのが判つて来たわけです。さうすると容疑者の写真といふものがぢやんぢやん入つて来る。これは人相書〈ニンソウガキ〉と似てるナと思つても、果してこれが真犯人かどうかといふことは判らないので、病院に収容してある生残りの四人に見せて、首実検してもらはなくちやならないと思つたんですよ。ところが、 病院は入口にポリ公が張つてて、中へ入れない。どうして中へ入らうかといふ苦心が大変だつたですね。
 うちでは医者に化けたわけです。医者に化けて、医者の着る白い着物を着て、聴診器を持つたまではいいんですがね、とにかく中へ入つちやつたんです。とにかく入つたけれども、医者なら聴診器を当てなきやならんでせう、ところが、やつぱり職業意識で聴診器を当てることなんか忘れちやつてね、そばにゐたお巡りさんに質問しちやつたわけですよ。(笑声)それで化けの皮が剝がれて、つまみ出されちやつたんです。もうひと息といふ所でしたがね、惜しかつた。(笑声)
 うちぢや、おもては巡査が張込んでるから入れないんです。それで裏へ廻つてみたら、黒いカーテンが張つてあつて、内部の様子が見えないんすね。それで便所は棟が別になつてるから、これは便所へ入るほかはないと思つて、隙間から見てたら、村田正子といふ娘が便所に立つたんです。占めたツと思つて便所の所へソーツと飛込んだまではよかつたんですが、彼女は終つて帰る所で、たうとう摑みそこなつたんです。(笑声)
もう一つは、入院してる者の同級生といふのがゐましてね、これを利用したんです。見舞の花束を持たせて、その花束の中へ容疑者の写真と、こつちで訊くべき要点などを書いた紙をぶちこんで、同級生をおだててやつたんです。これは或る程度成功しましたね。
 それと同じやうなことだけど、俺の所の今井君を三菱銀行中井支店へ入らせた時は一応成功したね。彼は雑誌社から新聞へ入つたばかりで、慣れてないんだ。あの中井支店へは病院と同じで、刑事や各社が写真をワンワン持つてくるわけだ。それで今井君に、お前、帽子をとつて、オーヴアをぬいで、チヤンとテーブルへ向つて仕事してるやうな恰好でゐろ、誰も顔を知らないから、黙つて入つてろツて言つたんだ。それで今井君はストーヴに当りながら、銀行員みたいな顔をして聴いて、俺の昕へどんどん電話でネタを入れてくれたんだ。いま朝日が写真を持つてきたけれども、似てませんとか、読売が引伸ばして持つて来たのは、とてもよく似てますとか、刑事が持つて来たのは全然ダメですとか、みんな判つちやふわけだ。(笑声)それで、よしよし、といふわけでやつてたんだがね、あれはなかなかいい穴だつたよ。だけども、あそこは今度閉店しちやつたから、ダメになつちやつた。(笑声)
 ところが、今度のは容疑者があまりにも多過ぎて困りましたね。うちは全国に通信支局がありますから、容疑者らしきものを送つてくるのが山積しましてね、整理するのが大変でね、係りの者が悲鳴を揚げてましたよ。
記者 新聞に容疑者の写真が出ないものですから、読者には一向ピンと来ないんですけれども。
 あの写真を出させたら、新聞が全部埋つちやひますね。
 結局、田舎の警察から問合せがあると、その問合せ自体が指名手配になつて東京に伝はるわけですよ。それが緊張してる本社に伝はると、事が大きくなりましてね。
 地方の動きがさういふやうになつて来たのは、やつぱり三日目か四日目からでせう。
 さう。それまではさうぢやなかつたな。
 やつばり都内の動きが中心だつたね。
 四、五日のところは捜査本部と同じやうなことをやつてたわけだ。【以下、次回】

 Cの発言中に、「俺の所の今井君を」云々とある。この今井君というのは、たぶん、日本経済新聞記者だった今井金吾(一九二〇~二〇一〇)のことであろう。だとすれば、Cは、日本経済新聞の神林春夫ということになる。
 また、Dの発言中に、「うちは全国に通信支局がありますから」云々とある。この「うち」というのは、たぶん、共同通信のことであろう。だとすればDは、共同通信の杉山俊次郎ということになる。

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