◎漁師が百合若を見つけ筑紫へ連れ帰った
河原宏『伝統思想と民衆』(成文堂、1987)第三章「中世における民族意識と民衆文化」の「二 元寇と神国思想」から、「2 元寇の文芸への反映」の項を紹介している。本日は、その三回目。
戦い終って百合若は疲れから、無人島へ上って眠込んでしまう。そこで家臣別府〈ベップ〉兄弟は悪心をおこし、百合若を戦傷がもとで死んだといいふらし、船団を率いて帰ってしまう。こうして百合若は一人、孤島に置き去りにされた。
帰国した別府は功により、朝廷から筑紫の国司に任ぜられる。国司では不満な兄の別府は、その代りに「天下一の美人」、百合若の御台所〈ミダイドコロ〉を手に入れようと企てる。
御台所はこの求婚を、夫出陣の時から始めた千部の写経がまだ二百余部残っているからと婉曲にひきのばし、しかし百合若の死を聞いて絶望のあまり飼っていた鳥たちを放してやる。その中の一羽、鷹の緑丸は海を渡って百合若のいる島へ着く。
百合若は緑丸に、木の葉に血で歌を書いて結いつけ、国へ送り帰す。御台所は緑丸が運んできた木の葉に夫の生存を知り、再び紙、墨、硯、手紙などをつけて飛び立たせるが、魔はその重さに耐えかねて海に墜ちて死に、死骸が島に流れつく。
やがて壱岐の漁師の舟が小島に漂着し、そこに鬼とも人ともつかない異形〈イギョウ〉の生きものを見つけ、漁師はそれを舟に乗せて筑紫へ帰る。
国司の別府は異形の生物が着いたという評判を聞き、都へ上って見世物にしようと、苔丸と名づけてとどめておく。誰もそれが百合若だとは気がつかない。復讐を志す百合若もそれとは名のらない。
年あけて正月、筑紫の庁で、弓の競技会が行なわれる。下人として控えていた苔丸は、出場する侍たちの弓の腕前を手きびしく批判した。それを聞きつけた別府は苔丸に弓を射てみよと命ずるが、与えられた弓はすべて弱すぎて折れてしまう。
そこで、かつて百合若が使い、それ以来誰一人引いた者のない鉄の弓を与えると、ここで苔丸は鉄の矢を番って〈ツガッテ〉別府に狙いをつけ、われこそは百合若大臣なりの名のり出る。
こうして百合若は別府を討ち、壱岐の漁師をはじめ恩人に賞を与え、緑丸の霊を弔ってめでたし、めでたしとなる。〈193~194ページ〉【以下、次回】
文中、「別府兄弟」とあるのは、別府太郎と別府次郎のふたりのことである。
なお、「鉄の矢を番って」とあるところは、「鉄の矢を番いて(番ひて)」とあるべきところか。