礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

鹿児島県警情報漏洩事件と警察庁長官狙撃事件

2024-06-12 02:19:29 | コラムと名言

◎鹿児島県警情報漏洩事件と警察庁長官狙撃事件

 インターネット上で、「不当逮捕ではなかったのか?」という記事(集英社オンライン、2024・6・10配信)、および〝【疑惑の県警】報道機関を強制捜査し、内部告発した取材源を特定!鹿児島県警「前代未聞の暴挙」は憲法違反だ〟という記事(Slow News、2024・6・10配信)を読んだ。ともに、「鹿児島県警情報漏えい事件」について解説した記事である。現段階において私は、こうしたインターネット情報以上の情報を持ち合わせていない。しかし、この事件が、かなり根の深い事件であることは、すでに明らかであろう。その理由は、次の三つ。

1 警察官ないし警察署の不祥事に関わる事件である。
2 鹿児島県警の捜査が報道機関に及んでいる。
3 前生活安全部長の逮捕に、警察庁が関与している可能性がある。
 
 この事件の報道に接して、1995年3月の警察庁長官狙撃事件を思い出した。よく知られている通り、警察は同事件の真犯人を特定できなかった。事件の真相は、いま以て明らかにされていない。
 警察庁長官という警察のトップが狙撃されるという重大事件にもかかわらず、その犯人が特定できないなどということがありうるのか。――
 種々の情報を総合すると、警視庁刑事部は、事件が老スナイパーNの犯行であることを、ほぼ突きとめていた。しかし、警察庁と警視庁公安部が、老スナイパーNの犯行として事件を立件することに反対し、結局、事件の真相は闇に葬られることになった。犯人を特定できなかったのではなく、あえて、犯人を特定することを避けたものと思われる。
 警視庁刑事部が、事件が老スナイパーNの犯行であること突きとめていたにもかかわらず、警察庁と警視庁公安部が、事件の真相を闇に葬ろうとするなどということがありうるのか。――
 今回の「鹿児島県警情報漏えい事件」では、逮捕された元生活安全部長は、6月5日、鹿児島簡易裁判所における手続きの際、「県警職員が行った犯罪行為を県警本部長が隠蔽しようとしたことがあり、いち警察官としてどうしても許せなかった」という爆弾発言をおこなった。
 警察庁長官狙撃事件において、警視庁が事件を老スナイパーNの犯行として立件した場合、おそらく、老スナイパーNは、元生活安全部長の爆弾発言に匹敵するような、あるいは、それを上回るような爆弾発言をおこなった可能性がある。警察庁や警視庁公安部は、そうした事態が生じることを危惧していたのではないか。警視庁が、老スナイパーNの犯行としての立件を断念したのは、ある意味で賢明な判断だったかもしれない。なお、今月2日の当ブログ記事「長官狙撃事件への関与を主張していた中村泰受刑者の死亡」を、併せて参照いただければ幸いである。

 今日の日本の司法体制の下では、犯罪でないものが犯罪と見なされる一方で、犯罪が犯罪でないと見なされることがある。今回の「鹿児島県警情報漏えい事件」は、その両方の側面を持っている。今後の推移に注目したいと思う。

*このブログの人気記事 2024・6・12(8位になぜか長崎医科大学事件、9・10位は、ともに久しぶり)

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