◎戦中の俳句界と小野蕪子
今月になって、神田神保町の一誠堂書店で、小堺昭三著『密告――昭和俳句弾圧事件』(ダイヤモンド社、一九七九)を購入した。古書価二〇〇円、消費税一〇パーセントが付いて二二〇円。
さっそく一読した。衝撃的な内容の本であった。戦中、俳句の世界に対して、こうした政治的弾圧がおこなわれて事実を、まったく知らなかった。その俳句界の内部にあって、みずからの野心のために、政治的弾圧を主導した小野蕪子という俳人がいたという事実も知らなかった。蕪子は、「ぶし」と読む。本名、小野賢一郎(一八八八~一九四三)。
俳句を趣味としている人々は多い。新聞、雑誌には読者のための投稿欄があり、ペットボトルのお茶にも俳句が紹介されている。タレントが作った俳句をプロの俳人が酷評することで知られているテレビ番組もある。
このように俳句は、庶民の芸術として愛好されている。しかし、多くの俳句愛好者は、戦中、俳句の世界に対して、異常ともいえる政治的弾圧が加わっていた事実を知らないだろう。いや、今日、俳句の世界において主導的地位にある俳人でも、かつて俳句の世界で、この本に書かれているような醜い争いがあり、そのために命を落とした俳人もあったという事実を知らない(知ろうとしていない)ということがあるのではなかろうか。
この本で、著者は、桑原武夫の『第二芸術論』に言及している。おそらく桑原は、戦中の俳句界に起きた醜い出来事を把握していたのであろう。その上で、こうした俳句批判、俳句界批判をおこなったに違いない。桑原の『第二芸術論』は、昔、河出書房の市民文庫版で読んだことがあるが、もちろん、そのときは、そんな事情はわからなかった。
この『密告』という本の内容は、ともかく衝撃的である。俳句に関心をお持ちの方々に、ぜひとも、おすすめしたい。俳句に限らず、何らかの形で、「表現」的活動をおこなっている方々にも、おすすめしたいと思う。