礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

今一度重臣会談を開こうか(木戸幸一)

2019-10-01 02:08:53 | コラムと名言

◎今一度重臣会談を開こうか(木戸幸一)

 この間、共同通信社「近衛日記」編集委員会編『近衛日記』(共同通信社、一九六八年三月)の紹介をしている。本日は、一九四四年(昭和一九)七月一九日の日記を紹介する。

十九日

 十八日の重臣会議において、原〔嘉道〕枢密院議長より「重臣全部、大命を拝することとしては如何。今日の重大時局を一人にて背負い切れるものでなし」など発言ありしに、考うるに、実際、ひとり原氏に限らず、此の感ありしは、ほとんど重臣全部というも過言にあらず。さて、いよいよ小磯〔国昭〕大将に大命降下することとなり、小磯一人に国家興亡の運命を托し、国民は果して、東條〔英機〕同様、不安を感ずることなきや。否、大いに不安なるに相違なし。かく考え、ふと昨日の米内〔光政〕大将を想起し、往時の板隈〈ワイハン〉内閣の例など連想して、
  国民の米内大将に対する信望は小磯大将より大なるのみならず、海軍における信望に至っては全く圧倒的なれば、此の両人をして連立内閣を組織せしむるは、すこぶる妙なるべし。
と勘案したり。ただ問題は、
  両人の協調如何なるも、現に米内大将が小磯大将を推薦しおる位なれば、さして心配にも及ばざるべし。
と考え、【ママ】

同日午後四時
  平沼〔騏一郎〕男爵邸訪問

 右の連立案を話したるに男は即座に賛成したれば、然らば内大臣に提案すべし、直ちに平沼邸より電話をもって木戸〔幸一〕内府に面会を交渉す。「すぐ来てくれ」という返答あれば、同五時過ぎ平沼邸より一路木戸邸へ赴く。内府また、即座に賛成し、
  今一度重臣会談を開こうか。
 と言いしも、重臣会議の決定をくつがえす訳にはあらず、又、重臣会議は必ずしも満場一致を必要とせず、反対あれば、これを少数意見として上奏すれば可なり。故に会議を再開するに及ばず、秘書官長をして重臣を歴訪せしむれば可なるべし、ということとなり、同六時過ぎより松平〔康昌〕秘書官長歴訪を開始す。
但し、米内大将だけは、発案者たる予〔近衛文麿〕が了解を求むることとなり、同八時過ぎ、麴町三年町の邸に米内大将を訪う〈オトナウ〉。
(註、小磯、米内両大将に大命降下せば、小磯は先輩として総理を米内に譲るやも知れず。米内は前記せる如き心境の下に、かかる場合を考慮して、此問題に賛成せざるやも知れず。もしかかる場合は、米内より内府に対し、 陛下の御内意を伺う事を小磯と協議し、内府より御内意として小磯を首相にとの旨を伝える事にすべし、と内府と打合せたり)

注1 板隈内閣 【略】
注2 当時の世界全体の政局 【略】

同日午後八時過ぎ
  三年町の邸に米内大将訪問

 果せる哉【かな】、米内大将は右の如く一時躊躇【ちゆうちよ】の風ありしも、予の説明にて安心したり。米内氏はなおいう。
東條から入閣を勧誘せられた時、一切政治はやらないと言った手前、海軍大臣以外の大臣は受けられぬ。海軍ならやる自信がある。又、海軍大臣としては、おこがましいが、自分が最適任だ。
  予、
  それならも一度、木戸に御内意を伺う時、小磯の首相、米内の海相という御言葉をいただくよう言って置こう。
 と、米内大将受諾の条件を引受けて辞去、同九時頃、松平侯爵邸 へ行く。秘書官長もまだ歴訪より帰らず。同十時過ぎに至り、ようやく帰邸。秘書官長の談によれば、重臣は皆連立に同意なるも、ただ岡田〔啓介〕大将一人、少しく難色ありと(但し、大将は酔中の人なりし由)。予は秘書官長に「米内は海軍にあらざれば受けず」と、内府に伝達方依頼して帰邸す。時に夜半十二時。

 これによれば、近衛文麿は、七月一八日の重臣会議の翌日の一九日、「ふと」、小磯・米内の「連立内閣」を思いつき、平沼騏一郎の賛同を得た上で、工作を開始する。
 この工作に対する、木戸幸一内府の「今一度重臣会談を開こうか」という反応は、きわめて「まとも」である。しかし近衛は、松平康昌内大臣秘書官長に重臣を歴訪させることで、重臣会談に替えられる、と木戸を説得している。かなり強引な手法である。松平秘書官長の歴訪の際、「ただ岡田大将一人、少しく難色あり」とのことだったようだが、このときの岡田啓介の反応もまた(酔っていたとはいえ)、きわめて「まとも」である。
 近衛文麿という政治家は、こういう小細工は得意だったかもしれないが、直接、東条英機と対峙し、即時、戦争終結を目指すような構想は持てなかった。それができるだけの胆力もなかった。結果として、戦争は、このあと一年以上も続くことになる。日本の不幸というべきであろう。

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