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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

とうとう日本は世界で孤立してしまった

2016-05-08 03:31:09 | コラムと名言

◎とうとう日本は世界で孤立してしまった

 この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
 本日は、『原爆投下は予告されていた』から、五月八日から一二日までの日誌を紹介する(一二〇~一二六ページ)。

 五月八日 (火) 曇後晴
 午前零時、勤務に上番する。下番者田原候補生の報告は、「昨夜午後十時のニューディリー放送によりますと、昨日(七日)、米軍B29約四十機が九州地区の航空基地を空襲し爆撃したと放送がありました」というものであった。
 何百機という単位から四十機ということで、黙って報告を聞いていたが、もしこれが広東にと考えると大変な数だ。九州地区の航空基地とは、南九州の鹿児島と南部宮崎一帯だけなのだろうか。
 上番してから静かな時間がつづく。もちろん昨日同様、壕内はただ一人の勤務で、厠も走っての往復ということになる。
 午前八時、田中候補生が上番して来て、上下番の挨拶をやっていると、急にそのときニューディリー放送が放送を開始した。
 ――こちらは、ニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によれば、昨日(五月七日)、北フランスのランスというところの米軍アイゼンハウワー司令部で、ドイツ軍が無条件降伏文書に署名致しました。繰り返し申しあげます。…………。――
 これでとうとう日本は、全世界の中でまったく孤立してしまった。ただ一国ソ連だけが、不可侵条約で中立を守ってくれているようだが、この国はどうもわからない気がする。これからはソ連を除いて全世界が相手だ。中でも一番手強いのは米国だ。
 下番後、横になって眠り込んだとき、先に下番した田原が、「班長殿、空襲です」といって起こしてくれた。P51が五機、低空飛行で飛行場からわが陣地や棕櫚葺き〈シュロブキ〉の小屋に向けてブス、ブスと銃撃を加えて来る音が聞こえる。自分の内務班には小銃一丁すらない。武器なしでは敵には向かえない。
 田原に、「鉄帽すぐかぶれ。むやみにうごくな」と指示する。自分も鉄帽をかぶった。
「警戒警報は何時か」
「はツ、警戒警報と空襲警報とがほとんど同時で、十分くらい前の午前九時ごろであります」
 おそらく低空飛行でやって来て、広東地区近くの監視網のどこかに引っかかったのだろう。田中は大いに奮闘していることだろう。【中略】
 いま、自分は李白の国にいる。自分も庭先一杯の月光を真っ白い霜のように見て、李白と同じ月を見ながら日本内地のことを思う。本当に空襲、空襲で大変だろうなあ、頑張ってくれと思う。
 広島の祖母はじめ家族たちはみんな元気だろうか。広島の空襲を聞かないが気になる。従兄〈イトコ〉たちも、力兄さんはじめ久兄さん、正兄さん、弘兄さん、みんな戦場だ。あちこちでみんな頑張っているのだろう。みんなの武運長久を祈る。

 五月九日 (水) 晴
 午前零時、勤務に上番する。下番者田原候補生の報告によると、「昨日午後四時半ごろより午後六時すぎまで、P38三機は陽江から海晏、広海、平沙、斗門、珠海、香港、九龍を経て最後、海三にと南方の海岸線を西から東に慎察飛行を致しております。また情報としましては、午後十時のニューディリー放送では米軍P51約七十機が、昨日、千葉県の航空基地・軍需工場を空襲し銃爆撃をしたと放送しました」
 七十機もといって、自分はびっくりした。おそらく内地では息する暇もないくらい大変だったことだろう。たった五機でも、しばしの間が非常に長く感じたのに。そのとき、珍しいことを田原から聞いた。
「昨年、静岡商業に入学し、すぐ毎日、軍需工場へ動員ということで行きました。自分は同じ工場に行くよりも、兵役志願の方がお国のためになると思って志願しましたが、いま内地の軍需工場は、かなりのお年寄りの方の指揮によって、中学生や女学生が働いているはずであります」
「えっ女子まで」
「はッ、女子まで動員命令が出るんだと聞いておりました。女学生以上の女子はみんなです」
 その少年、少女たちの中に敵弾が投ぜられたとは。【中略】
 午前六時半ごろ、隊長より電話。「異常はないか」と聞かれ「異常ありません」と答える。
 午前七時ごろ、隊長が入って来られて、
「突然、変な電話をかけてすまん、すまん。妙な夢を見てね。情報室の真上に爆弾投下され、中の者が生き埋めになったので、びっくりして起きてすぐ電話したんや」
 隊長の夢の中には、まだ昨日の爆撃のことが残っていたのだろう。
 午前八時、勤務下番し、田中候補生と交替する。下番後、今日はゆっくりと睡眠がとれる。夕方から今日も昨日同様、入浴と洗濯をする。雲多く、ただ今のところ月は見えない。

 五月十日 (水) 晴
 午前零時、勤務に上番する。下番者田原候補生より、「昼間勤務の田中候補生の申し送りでありますが、午後二時ごろから陽江、広海、平沙、斗門、珠海、香港、九龍、海三と、昨日の偵察通りにP51三機が海岸線の各地を空襲し、銃爆撃を致しました。それから田中候補生が、釈迦ヶ岳から何も連絡がないのが不思議だといっておりました」
「超短波警戒器は二機、三機の場合、とくに低空飛行の場合はまったく写らんことが多いと聞いているから、不思議でもなんでもない。新しくできた白雲山の超短波警戒器は試験中で、実際にはまだの模様だ。ところで情報の方はどうか」と闘くと、「ありません」と答えた。【中略】
 午前八時、下番する。上番の田中候補生に、「どうも俺の勤務時間を、敵さん知ってるようだ。敬遠して来ないよ」と冗談を言う。もっとも一勤の午前零時から午前六時ごろの深夜の空襲は前例がないようである。
 下番後は昨日同様、ぐっすりと眠る。夕方も入浴、洗濯、夕食と、田中と一緒にする。

 五月十一日 (金) 晴
 午前零時、勤務上番する。下番者田原候補生に勤務中の異常の有無と情報を聞く。「勤務中は異常ありません。情報についてでありますが、十日午後十時のニューディリーの放送によりますと、米軍B29四百機が昨日、北九州工業地域と瀬戸内海沿岸の徳山、岩国、呉、松山の各工業地域を空襲し、焼夷弾爆撃をしたニュースが入っております」
「えッB29が四百機、焼夷弾を投下したって」声が一瞬、出ないのではと思うくらいに驚いた。
 内地の工業地帯は、よほど最新式のところは別だが、鉄筋コンクリート造りや鉄骨造りの工場はごく一部でほとんど木造だ。工業地域といっても、すぐそばまで木造の長屋の住宅が社宅と称して、何棟も何十棟もずらりと並んでいるのが普通だ。その住宅までやったなと憤りを感じ、敵に対して怒りを覚える。
 それにしても、米軍の発進基地はどこだろう。そして、どんな編隊を組むのだろう。一団すぎればまた一団と、雲霞〈ウンカ〉のごとくやって来て、どれもポロポロと鳥が糞を落とすごとく焼夷弾を落とされたのではたまったものではないだろう。
 B29の大群とあれば、通過するまで退避壕の中などに退避するのが普通で、壕から出て見れば大火とは。報告を聞いただけでも身の毛がよだつ。今回も岩国から広島を飛ばして呉に。呉から松山に。なぜ広島は残しているのだろう。
 情報室勤務はただ一人。隣りの部屋にだれもいない。ベルもなく静寂そのもの。
 午前三時、厠に行く。飛行場の方からエンジン音が聞こえるではないか。もう全部、台湾に行ったと聞いたように思うのに、帰って来たのでもあるまい。まだ残してあったのだ、最後のために。エンジン音は敵機の音ではない。数十機以上だ。
 午前六時、気になってまた厠に行く。夜の底が白くなって夜明けも近い。どうやら一機ずつ飛び立っていくようでもある。格納庫だけでなく、地下壕でもあるのだろうか。あるいは修理中の飛行機を纏めて発進させているのだろうか。音のみではっきりはわからないが、まだ友軍機があったという嬉しさは格別だ。
 午前八時、勤務異常なく下番する。田中候補生に勤務を引きつぐ。下番後はすぐ内務班で蚊帳〈カヤ〉の中に入って横になる。
 午前九時、田原にまた起こされる。「班長殿、空襲警報です。起きて下さい」鉄甲〈テツカブト〉をかぶって待機する。
「退避! 退避!」の声かつづく。
 一番近い退避場所は壕の中だが、あそこは勤務場所だ。それに昨日のニュースのように焼夷弾でも投下されれば、消す作業はここの方が早い。遠くの方で爆音が聞こえるような気もする。近くの高射砲陣地からの射撃もまだだ。とうとう三十分もたつ。そのうち警報解除となり、朝のせっかくの眠りを中断されたが、十時半ごろからまた横になる。

 五月十二日 (土) 晴時々曇
 午前零時より上番する。下番者田原候補生より報告を受ける。
「勤務中、異常ありません。情報でありますが、十一日午後十時、ニューディリー放送によりますと、米軍B29百機が阪神地方を空襲し爆撃しました。別のB29六十機が北九州地方を空襲し爆撃しましたとのニュースが入っております」
 よくも空爆がつづくと、感心させられる。昨日の四百機と、今日の百六十機は別のものと考えるべきだろう。一体B29は何機あるのだろう。ドイツ軍の降伏により、欧州戦線の飛行機も全部こっちの方に回したのだろうか。今日も情報室勤務はもちろんただ一人。隣室も勤務者全然なし。【後略】

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