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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

マラリアは一か月後に再発することがある

2016-05-13 02:53:40 | コラムと名言

◎マラリアは一か月後に再発することがある 

 この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
 本日は、『原爆投下は予告されていた』から、五月一三日から一七日までの日誌を紹介する(一二六~一三四ページ)。なお、『永田町一番地』は、五月一四日のあと、六月四日まで、日誌が飛んでいる。

 五月十三日 (日) 晴
 午前零時、上番す。夜の帳【トバリ】の中から情報室に入ると、まさに地獄から極楽の真ん中に、真夜中から真昼間にもどされたような気がする。下番者田原候補生は、メモを手にして報告してくれる。
「昨日(五月十二日)午後九時のNHKの放送で、(一)陸・海軍省は大本営陸軍報道部と同海軍報道部を統合し、大本営報道部を昨日付で設置しました。(二)また農商省が、空襲に対する農民の士気を高めるため食糧増産防空指導要領を各地方長官あてに通牒しました。(三)大蔵省が会計事務の簡略を狙い『官吏の給料は三ヵ月分前払い』とすることに規則を改正し、五月分から実施することになったと放送しました」【中略】
 午後四時上番、下番者田原候補生よりつぎの報告をうけた。
「本日午前九時、P51五機が、南部の九龍、香港、珠海などにおいて海上艦船に銃爆撃を加え、さらに海岸線を西に平沙、広海、海曇、陽江と西に西にと各地の海上船舶も銃爆撃を加え、脱去致しております」
敵さん、最近だいぶ元気を出して来たようだ。午後七時、上山少尉が部屋に入って来られる。一週間一勤をやっていることは一週間も会っていないのだ。隊長は今日は見えないようなので、隊長とも一週間以上会ってない。
 午後十時、久しぶりに聞くインドのニューディリー放送が流れる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によりますと、本日、米軍艦載機九百五十機は九州南部の航空基地を空襲し銃爆撃致しました。繰り返し申しあげます。…………。――
 艦載機とはグラマンやカーチスなどのことだ。グラマンは昨年の西江作戦のときにお目にかかったが、小型でずんぐりした型の戦闘機兼爆撃機だが、九百五十機とは恐れ入った。一体、何隻の航空母艦から発進したのだろうか。
 たまたま情報室におられた上山少尉に、
「ニューディリー放送に誇張はないでしょうか。また、事実にないことを放送することはないでしょうか」と質問した。上山少尉は、
「放送の誇張とか真実かどうかは、その時点、時点ではわからぬが、その後の経緯を見ると、誇張であるか真実であるかはかならずわかる。ニューディリー放送は、ただ今までは誇張という感じを受けたことがないように思う。もちろんこれは敵側放送で、非常に早く米軍筋のニュースを放送してくれる。今日の九百五十機では、誤差が二十機前後上下するかもしれぬが、まず間違いないだろう。それと大本営の発表なら、○○地点を空襲し、敵側に多大の損害をあたえましたと放送するが、ニューディリー放送は空襲の事実のみを放送し、被害損害は相手側でないとわからないことで、事実までを放送しているので一応評価している」といわれた。
「有難うございました」とお礼をいう。上山少尉は急に、
「貴様、たしか先月、マラリアで発熱したな。あれはここでは大体一ヵ月後にまた熱発を起こしている。一度かかって二回目をやると、大体毎月発生してしまう。中には二十八日型とか二十九日型とかあるそうだ。ここは総員の半数が患者であり、南支軍内マラリアの最高の患者保有部隊で、わずか百数十名の人員に軍医殿も二名も配属されている。貴様、充分に体に気をつけてくれ。夜勤したら充分睡眠を取ってくれ」といって部屋を出ていかれた。自分は「有難うございます」とお礼をいう。本当に気をつけなけれぼならない。
 午後十一一時、下番する。

 五月十四日 (月) 晴
 午前九時起床。田中が八時に下番してぐっすりと眠っているので、音を立てないように行動する。朝食後だいぶ溜まったメモ日記を思い出しながら書いていると、早くも正午。【中略】
 午後四時、勤務に上番する。下番者田原候補生の言によると、本日は平穏無事とのことである。自分が上番してからもベルなし。
 午後十時、ニューディリー放送が流れてくる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によりますと本日、米軍B29四百八十機は名古屋地方を空襲し爆撃致しました。繰り返し申しあげます。…………。――
「名古屋地方は久しぶりだが、四百八十機のB29とは」と上山少尉は、額に手を当てて考えこんでおられる。
高射砲出身の自分は、すぐ高射砲のことを思って、四百八十機のB29なら撃って撃って撃ちまくれば相当数撃墜できるのではと思ったが、そんな冗談めいたことをいえる状態でないので黙っていた。
 昨日、上山少尉に質問したら、意外に丁寧に説明を受けたので、今日はこの間から気になっていたことを聞く。
「先日、岩国、徳山、呉、松山と焼夷弾攻撃を受けたのですが、自分の出身地の広島だけ、なぜしないのか不思議です。京都や奈良、鎌倉は、敵さんながら心得たもので、日本の歴史から見て文化財の宝庫であり、人類の貴重品地帯だから空襲しないようですが、広島は五師団の師団司令部があり、歩・騎・砲・工・輜重【シチヨウ】の各部隊もあるうえに、宇品〈ウジナ〉港という陸軍部隊の乗船基地もあって、子供のときから軍都だと思っていたのにまだない。こちらはニューディリーとスピーカーの声を聞くたびに、今度は広島ではないかと気になります。たぜしないのでしょうか」
 上山少尉は手帳を繰っていたが、
「いやあるよ。三月六日にB29の編隊が、一隊は関東東部から山梨、静岡を、一隊は豊後水道から入って、大分、広島、岡山、淡路島、高知に抜けているから、広島はあるにはある。が、今年に入ってから、さらに昨年から都市別空襲の記録を全部整理しているが、ほかにないのが不思議だ。貴様のいう通りだ」
「はツ、どうもあいすみません。自分は三月六日にはまだこちらに勤務しておりません。失礼致しました」
 上山少尉の言葉で安堵したようであり、またその三月の爆撃は? 軍施設中心? 都市部中心? 都市部であれば大手町は市内の真ん中だし、家の物は大丈夫だったろうか、と変な心配をする。【後略】

 五月十五日 (火) 晴
 午前八時半起床。先ほど下番して帰った田中が、内務班に帰って横になったと思っていたが、もう完全熟睡だ。【中略】
 午後四時、勤務に上番する。下番者の田原候補生の報告では、「まったく今日は静かで手持ちぶさたの一日を送りました」と。
 午後五時、隊長が入って来られた。久しぶりだが、何だか元気がないように見えた。その隊長が、
「マラリアにおれもとうとう仲間入りした。こればっかりはどうにもならず、三日間寝かしてもらった。軍医に聞くと、半数以上からさらに患者が増えて七十パーセント近くまでなったそうだ。残りの者がならぬようにする方法を軍医に聞いたが、蚊に血を吸われないことがまず一番というので、情報室内でもときどき蚊がいるようだから、蚊取線香をくゆらしたらどうかといったら賛成してくれた。この部屋も隣りの部屋も、当分くゆらしたら、この壕の中には入ってこないだろう」
 隊長が話されているうちに、衛生兵が各人の机ごとに一箱ずつ蚊取り線香の箱を配ってくれた。
情報室では、隊長の机の下と自分の机の下に一本ずつ火をつけて煙をくゆらした。今日も夜間勤務はまったく静かだ。
 午後十二時、下番する。下番して壕から出て見る空は、月が見えないが、満天の星は金の砂銀の砂を空一杯にまきちらしたように輝いている。

 五月十六日 (水) 晴
 午前零時過ぎに下番して床に就いたときには別に何とも思わなかったが、午前三時ごろから、なんだか急に寒くなった。なんでこんなに今日は寒いんだろう。どうしたんだろうか。
 午前五時、毛布を巻きつけてもなお寒い。これは大変、またマラリアだ。再発だ。先日も上山少尉に注意されたところだ。なぜ注意を受けながら、自分自身考えなかったのだ。キニーネの数量を多くのむとか。われながら、この間と同じ経過なのでよくわかる。大切なときに二人の若い子に負担をかける。
 午前六時、自分がゴソゴソしていたのか、二勤に上番予定の田原が、「班長殿、どうされました?」と聞く。「またマラリアだ」と答えるのがやっとだ。さっそく体温計を借りに行ってくれる。
熱は四十度二分だ。水を洗面器に汲んで来て、手拭を冷やして頭においてくれる。【中略】
 田中が帰って来た。
「班長殿、勤務の方は心配ありません。午前八時から午後八時までを田原が、午後八時から午前八時までを自分の勤務時間とします。一応前回同様、計画しましたのでゆっくり休んで下さい」といって、彼も洗面器の水を替え、手拭を水で冷やして頭においてくれる。よい部下たちを持ったものだと感謝する。
 いやいややられても文句はいえないが、進んでやってくれるので有難い。マラリアという病気は、この前とまったく同じ経過をたどるのは驚くほかはない。
 同じ六畳吊りの蚊帳の中に二人並んで寝る。横になったと思った田中は、もうぐっすりと眠り込んでいる。
毛布一枚を敷き、毛布二枚をかけているが、まだ汗は出てこない。自分も寝るに限ると目を閉じる。
 いつのまにか自分も眠る。自分は夢を見ていたようだ。自分を育ててくれた祖母が、杖を手に大手町九丁目のお稲荷さんのところを歩いていたとき、たまたま鷹野橋電停の辺り〈アタリ〉にB29の爆弾が落ち、爆風が北から南に。爆風でお祖母【ばあ】さんはその場に倒れる。そこで目が醒めた。この間、上山少尉から聞いた三月六日に広島がB29にやられた話が熱に浮かされて思い出されたのか。お祖母さん、どうか元気でおって下さい。【後略】

 五月十七日 (木) 晴
 午前六時、田原は起床後一番に蚊帳をせぱめて床上〈ユカウエ〉を掃き、さらに部屋の内外を掃除してくれる。この子たちは、一度指示したことはちゃんとやってくれる。さぞかしよい家庭環境に育った子たちであろう。
 朝食を無理して食べるが、半分しか食えない。熱はまだ四十度もある。熱さましの薬を飲んだ方がよいのではと思って田原に聞きにやらせる。下熱剤を飲んでも、マラリアの場合は効果はない。ちゃんと温【ヌク】うして寝とったら、もう二日か三日で治ると、衛生兵はいったそうだ。
 午前八時、田原は勤務につき、田中は内務班に帰って来る。帰って来た田中は、一番に水を替え、頭を冷やしてくれる。
 蚊帳を広げ、褌一枚で横になったら、いつもの通りすぐ眠る。私も目を閉じる。どうか病気で寝ているときは空襲がありませんようにと、神仏にお祈りする。そのうおに自分も眠ったのか。
「勇治や熱が高い? 頭は痛くないか」と祖母が枕元で声をかける。自分の住んでいた叔母の家、広島の大手町九丁目の家は、二階が四部屋、一階が食堂の板の間を入れて五部屋、自分の部屋は一階の玄関の土間の横の六畳問で、玄関側は壁で仕切られているが、表の道路側は格子戸〈コウシド〉を経て表通りに面している。もちろん障子戸があるから、直接外は見えないが、外の声はよく聞こえる。その表の道では、子供たちが唱って〈ウタッテ〉いる。
 ♪ここはどういう細道か
 天神様の 細道よ
 ちいと通らして おくれんか
 用のないのに 通らされん
 今日はこの子の 墓まいり
「通らつしやい 通らつしやい」
「去【イ】にしなは こわいぞ」
 かん高い子供の声は、眠っている自分に突きささる。お婆さんが頭の手拭をとって、水で洗ってまた頭においてくれる。水滴が顔に落ちる。
「班長殿御気分はいかがですか?」田中候補生だ。あッ、あれは夢だったのか。
「手拭をどうもありがとう」と、現実と夢とが一緒になって両方に礼を言っている。
「いま何時だ」
「午後七時です。タ食が来ましたので、先に食べたところです。お昼にもよく眠られてましたので、声をかけたかったのですが、タ食は、ぜひ食べてください」
「有難う。ちょっと体温計を貸してくれ」
 まだ四十度近くもある。無理して食事を半分も食べる。昼に食べなかっただけ余計に食べられるようだが、案外と食べられないものだ。
 また横になって目をつむる。何で天神様の細道で、今日はこの子の墓参りなんだろう。宮参りなら意味がわかるのに。しかし広島ではこう歌う。それに通りゃんせ通りゃんせと、最初の出だしに歌うのをどこかで聞いたが、あれと広島の歌とは曲がちょっと違う。よく似ているが。熱のあることは戦争を忘れさせてくれるのか。娑婆〈シャバ〉に未練を残すから、こんた夢を見るのだろうか。マラリアは自分に一ヵ月分の休養の時問をあたえてくれるのか。
 午後八時、二人の若い候補生一人は勤務に上番し、一人は下番して帰ってくる。夜はすべての照明はなく厠行きも薄い月明かりと勘でフラフラと歩いてゆく。電池もなく蠟燭もなく本も読めず、下番者は体を拭いて横になって眠るだけ。

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