ON  MY  WAY

60代を迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされ生きる日々を綴ります(コメント表示承認制です)

社会人となった教え子に会う

2011-04-04 20:33:11 | 「育」業
たまたま立ち寄った日曜日の家電量販店。
できてから、一度も入ったことがなかったよなあ、なんて思いながらのぞきに入った。
さすが、店内は、暗い。
きちんと節電を行っているということがわかった。
また、店員は、マスクをしている。
インフルエンザ等の対策か、と思い、節電といい感染対策といい、徹底しているなあと思った。
そのとき、
「先生。」
と、突然、一人の男性店員が声をかけてきた。
マスク越しに私を見つめる目に、見覚えがあった。
「おお、Sさんではないか。」
Sさんは、私が担任をした最後の教え子たちの一人であった。
その後私は、学級担任をすることはなかった。

私は、彼らの5年生時代を担任した。
6年生の担任もしたいと強く思っていたが、当時の校長から、次は学級担任ではなく、教務主任をやるように言われ、泣く泣く彼らと離れたのだった。
たった1年間だったが、やんちゃな子が多かった。
望んでいた知的な学級は作りきれなかったが、個性的な子が多く育ったと自負している。
「お馬の子、そこのけ、どこのけ、あそこの毛?」なんてバカなパロディを作る子もいた。
遅刻しても、堂々と教室に胸を張って手を振りながら入ってくるようになった、かつて気の弱かった子。
給食のご飯が残りそうになると、おにぎりにして平らげたりした。
みんな、結構伸び伸び生活できていたと思うのだ。
立ち話をしながら、そんな思い出が次々と語られていった。
当のSさんは、バスケットボール大好き少年であった。
今も、チームを作って活動しているとのこと。
また、専門学校では、優秀な学生1名に与えられる名誉な賞をいただいたこともあるのだと言っていた。
頼もしく成長した姿だった。
「どう?この仕事は、学んだことを生かせるし、おススメの商品を説明したりしてお客さんと話したりするし、あなたに合っているんじゃないの?」
「ええ、ボクもそう思います。」

小学生だった教え子が、社会人となってこうして立派に成長している。
自分の足ですっくと立って、生きている。
このことは、この仕事をしている私にとって、心からうれしいことである。
最近沈みがちだった心に、明るい灯をともしてもらった気分である。

コメント
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