安城市緑町 ミドリペットクリニック0566-77-6047

目標毎日更新
動物病院の日常、広報、呟き
午前9:00-12:00 午後4:00-7:00
休診:日曜祭日、水午後

福田恆存と國語問題ⅩⅨ

2013年11月25日 | 歴史
 昭和33年に福田さんは「聲」という同人雑誌に「私の国語教室」を連載されます。それは翌35年12月に新潮社から単行本として出版されました。
36年1月に読売文学賞を贈られ、6月に新潮文庫に入れられ大いに普及しました。これが正統表記を勉強しようとする人にとってバイブルの様な存在となりました。
その後昭和58年中古文庫に入り、現在は「文藝春秋」を出している文春文庫で入手可能です。本協議会の市川浩さんの分かりやすい解説が付いています。
ところで昭和35年の「私の国語教室」によって、國語問題についての正論を吐く批評家としての福田さんの位置は揺るぎない物となりました。
この年に「國語問題早わかり」という論文もあり、これは文藝春秋から出ている福田さんのanthology「日本を思ふ」という中に収録されています。
これも國語問題とは一体何なのか、一読に値するものです。
その後昭和41年に国語審議会に関し文部大臣に対して連年、1年に2、3編の國語問題についての論文を、
国語改革派(破壊派?)陣営に対して、厳しい警告を発しその非を戒める論文をジャーナリズムに発表しています。
昭和42年以降は発言の機会が少なくなり、52年4月に「諸君」に「国語政策に関し総理に訴ふ」というのを書いたのが10年ぶりでだったでしょう。
その時の総理が福田赳夫さんでありました。この50年代にこの國語問題協議会で時折福田さんは講演されています。
実はある日、私も福田さんと同じ演壇に立って拙い報告をした覚えがあります。
「國語国字」という本協議会の雑誌の記録によると昭和52年3月27日三百人劇場においてであると言うことが分かります。
この時福田さんはメモを忘れてきたとおっしゃって
  「あまりに酷い慣用句の誤用例について記録してきたのだけど、そのメモを無くしちゃって…」
といって何度もポケットを探りながら遂にメモ無しで話を終えられた事を覚えています。

☆お知らせ
営業日の午後12時~午後4時は、手術、治療業務のため留守番電話にしている場合があります。
11月の予定:


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 福田恆存と國語問題ⅩⅧ | トップ | 福田恆存と國語問題ⅡⅩ »
最新の画像もっと見る

歴史」カテゴリの最新記事