へんないきもの日記

今日も等身大で…生きてます😁

ウルトラマラソンを斬るー!⑧ コースは単調・・・しかし、くりやま100km

2013-10-25 06:52:03 | 旅とランニング
 数ある海宝シリーズの中でも、私が好きな大会・・今は無き大会で非常に残念だけど。

 海宝氏が主催する大会は、特に女性に人気がある。それは前夜祭でほぼもれなく当たる(最近は、参加者も増えてますから、どうかわかりませんが。)ランニング関係グッズ・・・そして、出される食事の美味しさ、エイドの素晴らしさ・・・にある!

 特にエイドは、個人主催でもここまでできるんだから、どうかオフィシャルな大会も見習ってほしい(これは特に宮古島に言いたいのだが・・)と思う次第である。

 コースは、というと北海道特有の直線道路が続き、それが精神的にしんどい。

 しかし、それに勝る前夜祭のバイキング・・・そして海宝氏特有の制限時間16時間・・・朝5時にスタートして真っ暗な午後9時まで待っていてくれる・・・という精神・・・!!

 そういえば、こんなエピソードも・・・ゴール間際の坂を上る手前の平地の国道で、犬が現れた。大型犬である。通常、このようなシチュエーションンでは、走らない方が無難なのだ。走ると犬も追いかけてくる。追いかけてくるだけならいいのだけど・・・しかし、ここはゴール手前、走らないわけにはいかない。仕方なく全力で走る。やっぱり犬も全力で?走ってきた。野犬に追われるかたちとなった。
 
 この事をゴール後、言っても仕方ないけど?海宝氏に言ってみた。すると・・・「モノ好きな犬もいるもんだ。」という答えが返ってきた。

 海宝氏は本当に心の広い人でありました!
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ウルトラマラソンを斬るー!⑦ 天国と地獄・・阿蘇カルデラ

2013-10-24 06:42:38 | 旅とランニング
 ほぼ時を同じくして出場したのが、阿蘇カルデラスーパーマラソン・・・

 この大会の名の通り、実際に走ってみると、カルデラの意味がよくわかる。カルデラとは、どんな地形か?と聞かれてすぐに答えられない人は、どうかこの大会を走ってみてほしい。身をもって体感できるから。

 阿蘇周辺の山々がコースのため、キツイと思われがちだが、実はコース的には、そんなにタフではない。それがカルデラに込められた秘密である。

 キツイのは前半の高森の国道から左手に入ってうねうねと続く登り・・・しかし、これも阿蘇名物の赤牛を眺めながら歩いて登り、自分より後から来る人を見れば、精神的には、むしろ「楽しい」?

 そう、カルデラは頂上に行けば平らなのである。だから登ってしまえば、あとは平地か下りなのである。

 とは言え、やはり小刻みなアップダウンは続く・・・

 時期的には6月の梅雨入り直前だが、標高があるだけに、それほど「暑さ」を感じない。

 この大会も初めて参加した時が一番成績が良かった。(注:まだこの頃、18年くらい前はウルトラ人口が極端に少なかったせいでもある。)

 ギリギリセーフくらいの7位で無事、表彰台に登り、2kgの地元の米をゲット!!

 ただし、表彰台に上ったのはこの限りで・・・あとは関門アウトが3回という、まさに天国と地獄の大会である。

 完走のポイントは・・・中間地点(実際には50kmをはるかに過ぎているが)からスタートする50kmの部の人たちがスタートする前に、ここを出発することだ。つまり、5時間半くらいで到着し、エイドでうどんやおにぎりを食し、トイレを済ませて6時間以内にはスタートする・・・

 そうしないと、そこから先、関門に追われる身となる。

 そう、なぜかこの大会は、ひたすらに関門設定があり、時間に追われまくる大会なのだ。

 その理由は・・・ボランテイアの安全確保にある。いつまでもボランテイアを山頂に残し、暗くなってから山から降ろすのは危険、という判断らしい。

 そのたびに後ろからボランテイアスタッフを乗せた車がやってきて狭い道をかわすのだが、最近の車は音がしないから、盲人伴走の方は「非常に疲れる。」と言われていた。

 本当は、景色を堪能し、地元の方々とお喋りして楽しく駆け巡りたいのだが、実際は、そんな余裕はない。出だしから「真剣勝負」で臨まないと関門アウト。

 なんと、今年は・・・40km過ぎで関門アウト(笑)


 かね返せ~(笑)

 以上

 もう、この大会は・・・走るまい。
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ウルトラマラソンを斬るー!⑥ 仏の里・国東半島

2013-10-23 06:40:02 | 旅とランニング
 もう、この頃になると、どの大会が先だったかわからない。それくらい、全国の100kmに「手当たり次第」参加していた。

 おそらく、国東半島は、かなり前から出ていた大会だろう。もう、今では影も形もなくなった?が、私の好きなコースである。

 かなりすたれたスパ・リゾートをスタートゴールに海沿いを走るコースは、やがて山の方の集落へと向かう。途中、まっくらな手掘りのようなトンネルをくぐる。トンネルの中を走るのは初めての経験だった。

 この大会は、9月から10月なのだが、たいてい天気が良く、空気も乾燥し、非常にのどが渇く。50kmの折り返しコースだから、だいたい自分の順位がわかる。

 3回くらい参加したであろうか。初めて参加した時は、女子2位か3位でゴール後の完走パーテイーで表彰された。パーテイーは屋外でバーベキュー方式だった。

 スパ・リゾートなので、ゴール後、温泉にも入れる。

 2回目の時は、相部屋宿泊で、ここで北九州のウルトラマラソンクラブのMさんと一緒になり、後日、クラブに入会した。

 3回目は、コテージ宿泊だった。この頃になると、クラブに入ったおかげで知り合いも増え、ゴール後は別なコテージに集まり、北九州参加組で宴会した。

 このコースも、やはり11時間かかった。初挑戦、初100kmの大会にサロマを選んで正解だった・・・とつくづく思う。

 ただ、不思議なのは・・・ずーっと一人で練習してきて、のちにあちらこちらのクラブに入って・・・実は一人で練習していた時の方が「速かった」。これは事実である。

 自分にはウルトラマラソンしかない・・・といった逼迫感みたいなものがあったのだろうか・・・
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ウルトラマラソンを斬るー!⑤ 四万十川の思い出

2013-10-22 06:53:58 | 旅とランニング
 次に私が参加した100kmのレースは、四万十川だったと思う。

 九州から自分で車を運転し、大分の港からフェリーに乗る予定だった。が、九州道は、なぜか大分方面へ向かう道路が片側一車線になり、さらに大分市内に入ると、みなさん遵法精神旺盛で時速40キロ・・・予想外の事態に。結局、予定していた港にたどりつけなかった。(笑)

 瞬時に、他の港から同じ時間帯で四国へ向かうフェリーがあったことを思い出し、急きょ、そちらの港へ向かう。ギリギリセーフ・・・で間に合った。

 が、しかし、券売機の横で店員が言うには、「本日はクルマは満席、人ひとりなら大丈夫です。」というので即、券を買った。じゃあ、クルマはあそこの駐車場に置いておけばいいんですね・・・と言って愛車のそばに戻ってハタと気付いた。

 宿泊費を浮かすためにクルマで来たことを・・・そうだ、クルマを持って行かぬことには本日の宿はないのだ。私の本日の宿は、この車だったんだってことを・・・即、券売機のおばちゃん、いやおねーさんにお断りしようと向かったところ、なんと、あちらから走ってきた。「お客さん、お客さん、大丈夫、クルマも1台入ります。」なんと、つめたら乗れるようになったらしい。「もう出航だから早く、早く・・」

 と、せかされ、車をフェリーに無事乗せたところで降板が閉じられた。高知行きのフェリーは私を車内に乗せたまま出航した。

 九州からは近くて遠い四国は土佐の中村市・・・

 宿となるグランドにクルマを止め、ウエルカムパーテイーへ!

 ウワサ通り、期待どおりだった。アーケード内の会場は、立食形式だったが、土佐の名物、カツオのたたきが食べ放題、おまけに後ろには生ビールサーバーと飲兵衛にとっては天国だった。

 あまりの感激に、コースそのものはよく覚えていない。

 沈下橋のような橋が何か所もあり、清流も四六時中目にしていると飽きてくる・・・帰りは、真夜中に起き、フェリーに乗って午前3時に九州に上陸し、そのまま運転して職場に向かう~という強行軍であった。

 四万十川の思い出はカツオのたたきと生ビールの泡とともに消えた・・・
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ウルトラマラソンを斬るー!④ なぜか回を重ねるごとにタイムが遅くなる・・・野辺山

2013-10-21 06:52:02 | 旅とランニング
 サロマの次に私が挑戦したのは、長野県は八ヶ岳のふもとで行われる野辺山100kmである。正式名称は、「星の里八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン」と、確かそんな名前だったと思う。とにかく、長くて覚えられないんで、我々ウルトラ仲間の間では「のべやま」と呼んでいる。その大会も、今朝、ランナーズを見て気付いたのだが、来年で20回目を迎える。今や、ウルトラの大会の中でも老舗中の老舗的大会なのだ。

 その野辺山に第2回か3回の時に参加した。

 福岡から羽田に飛び、そこからあずさ2号かなにかに乗って行った。実に遠かった。

 ツアー会社にすべてお任せの宿だったが、数ある宿の中で、レストラン併設のしゃれたペンション風のホテルにあたった。

 チェックインの際、明日のゴール後の夕食のメインは何にしますか?と聞かれ、迷わず、「肉」と答えた。果たして100km走った後、見事、ステーキをたいらげ、赤ワインもおいしくいただいた。(なかなか他の人は、これが出来ないようである。本当に丈夫な我が胃袋には、ただただ「感謝」である。)

 さて、平坦で走りやすかったサロマに比べ、ここの大会は、実に起伏に富み過ぎていた。さらには、阿蘇の80km前後に訪れるような登りが後半に控えている。

 だから、その後2度走ったが、この大会は走れば走るほどタイムが遅くなる。コースを知れば知るほど、後半の登りを歩いてしまおう、と脳が勝手に思うらしい?

 初めての野辺山は12時間11分でゴールした。サロマより1時間半も余計にかかった。同じ100kmでも、コースによってこんなに違うんだ、と思った。フルでは1時間半も違う、なんてありえないことだ。

 でも、ゴール近くなってからの登りで50km参加の男性を抜くのは、ある意味「快感」だった。

 2回目の時は、確か、旅館風の宿で相部屋だったと思う。ゴール後、みんなで旅館の壁を伝って部屋にゴールした(笑)女性数人の部屋で、その中に滋賀出身のIさんもいた。実に話題のおもしろい人だ。そして、萩でエイドをしているNさんもいた。彼女を通じて、萩の大会要項をもらった。

 すでにこの時は、100kmのレースも10本くらいこなしていたと思う。そんな中、国内で最長の250kmレースがあると風の便りで聞いた。それが萩往還250kmだ。でも、どうやって申込書を手に入れたらよいのかわからない。そんな中、初めて大会に関係する人と接触できたのだ。やはり、人生は「出会い」である。

 でも、私が250kmに参加するようになったのは、もう1年後、100kmを始めてから2年後のことである・・・
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