レンレンのひとりごと…

毎日のお弁当・手作り料理・手しごと・おでかけ。そして、ひとりよがりな日常のプチエコと黒猫万君との日々…。

国宝 平等院鳳凰堂は極楽浄土そのもの

2019-01-10 |   ├ 京都・福井

京都宇治といえば平等院。
10円玉に描かれている鳳凰堂、やっぱり同じアングルで撮っちゃいました╰(*´︶`*)╯

藤原氏ゆかりの寺院である平等院は特定の宗派に属さない単立の寺院。
本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通。
浄土式庭園と鳳凰堂を初め阿弥陀如来座像などの国宝が多数。
修学旅行では訪れなかったので、今回が初めての訪問でした。
順路に沿ってご紹介しますね♪

 

 

表門前広場

まずは表門前広場から門をくぐり寺務所で拝観料600円を支払います。
拝観料には国宝がずらりと展示された平等院ミュージアム鳳翔館の入館料も含まれています。
10円玉に描かれている鳳凰堂は別途拝観料が必要です。

表門(北門)は伏見城から塔頭・浄土院に移された門を昭和32年(1957)に更に移しました。
江戸時代初期に建てられたといわれてます。

 

 

源頼政、終焉の地・平等院 扇之芝と観音堂

扇之芝は、治承4年(1180)、宇治橋の合戦で平家軍に敗れ、流れ矢に傷ついた頼政がこの芝までたどり着き、「埋もれ木の花咲くこともなかりしに身のなる果てぞ悲しかりける」と辞世に句を残し自刃した場所と伝えられています。
つまりここで亡くなったという事。
松の下の芝生が扇状に三角でした。

 

 

扇之芝の奥にあるのが観音堂。
重要文化財に指定されています。
平等院創建時、本堂があった場所に鎌倉時代前期に建てられた観音堂。
道場的な空間にふさわしい簡素な造りと共に、垂木を地円飛角の二軒(垂木が二重になっている)とし、天平(8世紀中頃)以来の格式高い様式に倣っています。

 

 

極楽の宝池に浮かぶ宮殿 鳳凰堂

平安時代後期、天喜元年(1053)に、時の関白藤原頼通によって建立された阿弥陀堂。
正面から見た姿が翼を広げた鳥のように見えることと、屋根上据えられた1対の鳳凰から、江戸時代始めより「鳳凰堂」と呼ばれるようになったそうだ。
ご本尊の阿弥陀如来坐像は、仏師定朝の作で現存する唯一確実な像。
平安時代後期、天喜元年(1053)に納められました。
鳳凰堂、阿弥陀如来座像とも国宝となっています。
阿字池は、梵語の不生不滅を意味する「阿」の字の形になっている池です。

 

 

屋根の上の鳳凰はレプリカで、本物は鳳翔館に保存されています。
真裏に位置する羅漢堂から見るとよく見えました。

 

 

ご朱印

鳳凰堂の優美な景色を眺めた先にあるのが「集印所」。
こちらでは鳳凰堂と阿弥陀如来像の2種類の御朱印を頂けます。
しなやかで流れるような筆差さばきです。

 

 

鳳凰堂の御朱印

 

ご本尊の阿弥陀如来の御朱印。

 

 

鳳凰堂の解体で

一見、休憩する東屋?
歴史がありそうな木材とコンクリートの基礎。
六角堂は明治(1902~1907)に行われた鳳凰堂の翼廊の解体・修理の際に出た廃材を利用し休憩所と一緒に建てられたそうだ。
結局、何の建物なのか不明…。

 

 

鐘楼

吊り下がっている梵鐘はレプリカ。
本物は国宝となっており、鳳翔館で拝観できます。
梵鐘は姿形の平等院と謳われ、音の三井寺(園城寺)・銘の神護寺と合わせて「日本三名鐘」に数えられています。

鐘楼が建っている位置は、ちょうど茶房籐花と平等院ミュージアム鳳翔館(画像なし)が並んで建っています。
鳳翔館の館内は撮影禁止。
その分、カメラを構えることなく思う存分国宝や重要文化財を肉眼でしっかり拝むことが出来ました。
半地下に進む館内の壁が30センチくらい、いや以上あって凄かった!
やっぱ日本の宝が納められているだけあって重厚でした。



茶房藤花でお茶した記事はこちらから
✔ 宇治平等院で宇治茶をいただく~平等院茶房 藤花

 

 

現存する秀吉による「薬医門」最古の建築

平等院 旧南門は、伏見桃山城から移築されたといわれ、平成22年に行われた再塗装工事の際に主要部材の殆どが赤樫の巨木と判明。
秀吉による城門「薬医門」の現存する最古の建築だそうだ。

 

 

平等院塔頭 浄土院

浄土院は浄土宗の寺院です。
明応年間(1492~1501)に浄土宗の僧・栄久上人が平等院修復の為に創建したと言われています。

 

 

浄土院の養林庵書院は慶長6年(1601)に加傳和尚が伏見城から移築したと伝えられています。
国の重要文化財に指定。

 

 

浄土院羅漢堂は、寛永17年(1640)建立。
内部の鏡天井に描かれた龍のの彩色画がお見事だそうだ。

 

 

左が通圓家 初代太敬庵通圓の墓。
通圓家初代は、古川右内といい源頼政の家臣でした。
頼政から「政」の字を貰って太敬庵通圓政久と名乗り、平治の乱の、宇治橋の東詰に庵を結びました。
治承4年(1180)頼政が以仁王を奉じて平氏打倒の兵を挙げると、頼政の元へ馳せ参じて宇治橋の合戦で平家の群と戦い、討ち死にし遂げました。

源頼政の家臣だった通圓家の初代は、頼政から「政」の字を賜り「太敬庵通圓政久」と名乗り、宇治橋東詰に庵を結びました。
治承4年(1180)宇治橋の合戦で平家の群と戦い、討死にしました。

現在も宇治橋にある「通圓茶屋」は800年以上もの歴史がある、世界水準でも超老舗。
狂言「通圓」や吉川英治作『宮本武蔵』にも登場してます。

そう言えばお店の前を通った時、古くて間口の広いお茶屋さんだなぁって思ったのよ。
なんでも江戸時代の町家で「昔から賑やかな往来の人々が出入りしやすいように」と建てられたそうだ。
あ~ぁ、その事知っていれば何が何でも通圓さんでお茶していたのになぁ…。

 

 

平等院塔頭 最勝院

最勝院は承応3年(1654)に住心院の僧が平等院に移り、その庵を最勝院と言ったことが起源と言われています。
最勝院は平等院の塔頭で、天台宗系の単立寺院です。
本尊は不動明王。

 

 

76歳の時、辞世の句を残し境内の扇之芝で自害した源頼政の墓。

 

 

不動堂には災難除不動尊として信仰を集める不動明王が安置されています。
左手に集印所があり、ご朱印をいただく事が出来ました。
いつでもいただけるのか伺うと、お隣の浄土院も含め不定期だそうです。
運が良ければ、平等院2種類、浄土院、最勝院の4種類の御朱印をいただく事ができるようです。

 

 

池殿地蔵尊
平等院の浴室の守護仏だったといわれる南北朝時代の池殿地蔵が祀られています。

 

 

鎌倉時代の春日型 石灯籠。
看板があったけど痛んで読めなかったので詳しいことはよく分かりません。

 

 

詳細

平等院
京都府宇治市宇治蓮華116
https://www.byodoin.or.jp/
TEL : 0774-21-2861
拝観時間 : 8:30~17:30(庭園)
休業 : 年中無休/茶房籐花:火曜日
拝観料 : 大人600円、中高生400円、小学生300円(庭園+平等院ミュージアム鳳翔館)
備考 : 国宝・世界遺産、専用駐車場無し(近隣にコインパーキング有り)
アクセス : 宇治西・宇治東IC

山号 :朝日山
院号 :平等院
宗派 :特定の宗派に属さない単立の仏教寺院
本尊 :阿弥陀如来
開山 :明尊
開基 :藤原頼通
創建 :永承7年(1052年)

 

 

 

 

1泊3日初秋の旅~福井編
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