岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

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僕のメシの喰い方(2)

2020年02月24日 00時40分33秒 | 紀行文・エッセイ
僕のメシの喰い方(2)

 僕が胃を全摘したのは2005年8月だった。手術は胃を全摘して、胃の周囲のリンパを全部取り出した。その結果、僕の胃はなくなり、直径2・5cmの細い管だけが残った。食道が小腸へ直結したのだ。食道も小腸も通常は直径3cmだが、僕の場合は手術の縫合の糊代があるので通常より細い。

 そこで些細なことで腸閉塞になりかける。飲み込む力が弱いからだが、年齢とともにその傾向が強まってきた。食べられないものが増えて来た。

 先ず豚カツはダメ。チキンカツは食べられる。海藻、イカ、タコ、コンニャクは100回噛めば食べられたが近年では食べられなくなった。握り寿司は一貫を100回噛めば食べられたが、2分の1貫を100回噛まねばならなくなった。

 最近は原材料の質が低下して、バターロール、食パン、でも詰まりかける。小麦の粒子が粗くなり、バターの量が減った。コンビニのサンドイッチはダメで、喫茶店のサンドイッチも口に入れなければ食べられるかが分からない。一番安全なのは、コンビニのオニギリ。何とも味気ない。

 食べながら、食べられるもの、食べられないものを、判別してゆく毎日だ。だが飲食できるようになったものもある。

 手術直後は飲めなかったビールが飲めるようになった。食べられなかったカレーも食べ方にコツがあることが分かった。食べられるものを書き出してみると健康食が多い。これが一つの楽しみ。退院するときに「岩田さん自身の食生活をお楽しみください」と書かれた、食生活のマニュアルを渡されたが、その通りになった。

 手術から15年。もう癌の再発はないだろうと医師はいう。外科への通院の必要もなくなった。これが一番だろう。

 なるべく食べられるものを試しながら、探してゆくのを楽しんでゆきたい。

・一息にビール飲み干す夢をみき術後1年胃のなきわれは・

 かつてこういう歌を詠んだが、これも状況が変わって来た。ただ口の中でよく噛むので、噛んでいる最中に、話しかけられるのは困る。食べながらの談笑ができない。これも命と引き換えにしたと考えて、割り切って行こうと思う。

*最近同じく胃の無い知り合いが、食べ物をつまらせて呼吸困難になって亡くなった。そこで自らの心得と考えて、この一文を書いた*




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