岩田亨の短歌工房 -短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎-

短歌、日本語、斎藤茂吉、佐藤佐太郎について考える

足袋を干す歌:正岡子規の短歌

2010年05月30日 | 私が選んだ近現代短歌の一首
正岡子規の短歌作品のなかでもよく知られたものですが、作品鑑賞のときに時代背景を知る必要のある場合の典型のような短歌です。 . . . 本文を読む

佐藤佐太郎31歳:都会暮らしの孤独を詠う

2010年05月29日 | 佐藤佐太郎の短歌を読む
 佐藤佐太郎は小学校卒業後すぐに上京して、岩波書店員となりました。その後しばらく岩波書店裏の小部屋で一人暮らしをすることになります。都市に住む青年の孤独感漂う作品を集めたもの。それが第一歌集(編年順にいくと第二歌集)、「歩道」です。 . . . 本文を読む

齊藤茂吉38歳:命を愛しむ(おしむ)歌

2010年05月28日 | 斎藤茂吉の短歌を読む
「つゆじも」は斎藤茂吉の第三歌集。おもに長崎滞在時代の作品を収録しています。いわば国内留学・国内旅行の体ですが、初めて見る文物はさぞ珍しかったことでしょう。実はそこにある種の難しさがあるのですが。・・・ . . . 本文を読む

齊藤茂吉の二重性(2):西郷信綱「斎藤茂吉」を読む

2010年05月27日 | 茂吉と佐太郎の歌論
西郷信綱著「斎藤茂吉」のなかに<二重性の世界>という章がありますが、それとは別に「斎藤茂吉の二重性」を僕は感じます。「古代と近代の同居・結合」とでも言いましょうか。・・・ . . . 本文を読む

齊藤茂吉の二重性(1):西郷信綱「斎藤茂吉」を読む

2010年05月26日 | 茂吉と佐太郎の歌論
古代文学研究者・西郷信綱の著書に「斎藤茂吉」があります。齊藤茂吉の写生論の内容にかかわるもので、のちに佐太郎に受け継がれていく要素を含むものが垣間見えます。・・・ . . . 本文を読む

雲海に映る影あり わが立てるこの山頂の形するどく

2010年05月25日 | 岩田亨の短歌自註
「運河」誌の「作品批評」でとりあげられた作品です。実際には峠の形だったのですが。・・・ . . . 本文を読む

佃煮:江戸っ子の偉大なる発明

2010年05月22日 | 日本語をめぐって
江戸時代に江戸の新開地の「佃島」で考案された佃煮。江戸っ子の偉大なる発明だとふと思いました。今では「佃島」以外で作られても佃煮ですが・・・ . . . 本文を読む

佐藤佐太郎39歳:キリストを詠う

2010年05月21日 | 佐藤佐太郎の短歌を読む
アダムやイヴを描いた宗教画にしばしば描かれている植物。それはイチジクです。この二つを結びつけて詠ったのは、おそらく佐太郎がはじめてでしょう。・・・ . . . 本文を読む

齊藤茂吉38歳:遠近法は望郷の念か

2010年05月20日 | 斎藤茂吉の短歌を読む
僕は斎藤茂吉を「遠近感を出す」名手。佐藤佐太郎を「時間を切りとる」名手と思っています。その「遠近法」が、茂吉の第三歌集「つゆじも」に多く見られます。・・・ . . . 本文を読む

口語短歌の可能性(2):松村由利子

2010年05月19日 | 口語と文語をめぐって
前の記事で佐藤弓生「眼鏡屋は夕ぐれのため」についてふれましたが、もう一人僕が注目しているのは、松村由利子。歌集「大女伝説」の紹介です。(新カナ、文語・口語混合文体)・・・ . . . 本文を読む

口語短歌の可能性(1):佐藤弓生

2010年05月18日 | 口語と文語をめぐって
僕が注目している歌人の一人に佐藤弓生がいます。「写生・写実」ではないのですが、総合誌で作品を目にされた方も多いのではないでしょうか。歌集「眼鏡屋は夕ぐれのため」の紹介です。(新カナ、口語文語混合文体)・・・ . . . 本文を読む

形状の記憶あるごと 夕波はこの砂浜に刻を重ねる

2010年05月17日 | 岩田亨の短歌自註
「運河」誌上の「作品批評」にとりあげられた一首です。海の波が絶え間なく寄せては返すさまを詠んだものです。・・・ . . . 本文を読む

肥前長崎の歌:斎藤茂吉の汎神論的「写生」

2010年05月16日 | 写生論アラカルト
齊藤茂吉と島木赤彦はともにアララギに所属し、「写生」短歌を唱えました。しかし、その「写生論」には違いがあり、作風も違います。その違いを示す作品をとりあげてみましょう。 . . . 本文を読む

冬の土の乾く歌:島木赤彦の「客観写生」

2010年05月15日 | 写生論アラカルト
齊藤茂吉・島木赤彦ともに「写生派」の歌人ですが、その作風にはかなり違いがあります。島木赤彦の作品には、硬質感があるようにおもうのですが。 . . . 本文を読む

戦争機械化の歌:土屋文明のリアリズム

2010年05月14日 | 写生論アラカルト
土屋文明の「写生」はリアリズムです。社会を鋭く見つめ、事実にこだわろうとする。昭和初年の時期にはやくも、島木赤彦・斎藤茂吉と違った作風が見られます。作風が違うということは、とりもなおさず短歌に対する考えかたが違っていたということで。 . . . 本文を読む