岩田亨の短歌工房 -短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎-

短歌、日本語、斎藤茂吉、佐藤佐太郎について考える

出羽越後会津下野伏見灘 こころは遊ぶ酒を飲むとき

2009年09月30日 | 岩田亨の短歌自註
短歌を詠み始める前、酒を飲み歩いたことがあります。そのころに詠んだ歌です。焼き鳥のうまい店、日本酒のうまい店、サルーンのような店ではテキーラの一番強いやつをこっそりわけてもらったり。その店の「顔」のようなものがありました。・・・ . . . 本文を読む

雪よ林檎の香のごとく降れ:北原白秋の短歌

2009年09月28日 | 私が選んだ近現代短歌の一首
北原白秋。すぐれた歌人であり詩人でもあります。「春の鳥な鳴きそ鳴きそ・・」の歌も有名ですが、僕は「林檎の香・・」の歌が相聞歌の傑作だと思います。現代歌人では岡野弘彦の「白きうなじ・・」でしょうか。僕の「相聞歌考」です。 . . . 本文を読む

齊藤茂吉の短歌、老境の歌

2009年09月26日 | 斎藤茂吉の短歌を読む
佐藤佐太郎に「茂吉晩年の歌」という文章があります。(「角川書店・短歌を作るこころ」佐藤佐太郎著 P114)斎藤茂吉の最終歌集「つきかげ」のなかから38首抄出されて解説が加えられているのですが、面白いことに茂吉を敬愛してやまなかった佐藤佐太郎が批判的に評論しているのです。それは・・・ . . . 本文を読む

泥酔する歌:佐藤佐太郎の短歌

2009年09月24日 | 佐藤佐太郎の短歌を読む
佐藤佐太郎に意外なユーモア性があったというお話。ただ、普通考えられるユーモアとは次元が違うような気がしますが、まあ「居ずまいをただした、正座したユーモア」。でもそこに佐太郎の人柄の一面がでていると思いますが・・・。 . . . 本文を読む

かろうじて焼け残りたる楼閣の鐘のなるとき池の水うごく

2009年09月18日 | 岩田亨の短歌自註
学生時代に岩手県平泉を訪ねたことがあります。毛越寺(もうつじ)という平安後期の浄土庭園の池が残っていました。その時のことを回想しながら詠んだ作品です。・・・ . . . 本文を読む

悲しみの器の歌:岡野弘彦の短歌

2009年09月17日 | 私が選んだ近現代短歌の一首
1960年代末、学生運動の激しいとき、岡野弘彦は学生を相手に夜遅くまで話し合ったそうです。大学の「学生担当」だったのでしょうから、いわば学生をなだめる側にまわったことになります。ところが岡野弘彦の心の中はただ、「なだめる」のではなかったようです。 . . . 本文を読む

幾百の鳥の飛び交うこの森にいまだ見ぬものその墓どころ

2009年09月13日 | 岩田亨の短歌自註
何のことはない会話が思わぬ発見につながり、そこで一首の短歌が出来る場合があります。「言われてみればその通り。でも気付かなかった」。そんな新しい発見をして表現できること。これも短歌の魅力かも知れません。・・・ . . . 本文を読む

薔薇の芽の歌:正岡子規の短歌

2009年09月11日 | 私が選んだ近現代短歌の一首
短歌における「写生」を唱えた正岡子規。「薔薇の芽の歌」はあまりにも有名です。時代は明治。今から見ればとりたてて新しさがある訳ではありませんが、当時としては画期的だったでしょう。そのあたりのお話です。 . . . 本文を読む

人としてこの世に生を受けたからはせめて禁忌をひとつこわさん

2009年09月05日 | 岩田亨の短歌自註
中学生のころ、「歴史に名を残す人間になりたい」と口ずさんだことがあります。そのときある人にひどく叱られたことがあります。短歌と何の関係もないようですが、そうでもないのです。今でもその夜のことを鮮明に憶えています。「何のために短歌という文芸に携わるか」という根本問題にかかわります。ちょっと大袈裟な話になりますが。・・・ . . . 本文を読む

傷口に白く濁れるワセリンをぬり込む陽光淡き日の暮れ

2009年09月03日 | 岩田亨の短歌自註
僕のカバンの中にワセリンが一瓶入っていました。切り傷・擦り傷・やけど、何でも対応できて重宝しました。これも病気療養に入る前ですが、夕方にこのワセリンをてに塗り込むことが常でした。それをそのまま詠んだのですが、意外と評判がよくて、「星座」誌上の選者の選ぶ秀歌の欄に初めて掲載されました。歌集にも収録しましたが、そのあとまた意外な評価がありまして・・・。(僕の作品自註を読みたい方は<カテゴリー・岩田亨の短歌自註をクリックしてください。一覧が表示されます。) . . . 本文を読む