つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

淘汰の始まり

2009-10-08 | Weblog
前にもまして自然災害は強大になり、
頻繁を記す。知ってはいても、その暴挙ぶりには
いまさらながら驚く。
気は清浄なるものとして回転する。
隅々まで清浄なるもので円滑となって
摩擦となることが無いのだが、少しでも歪ができてしまうことによって、
未来が狂い、予定道理にいかなくなる。
地球ができて、安定期にあるころ、その回転は変わることがないために、絶対
となり、正しいとなって、未来(明日)が予定道理確定していた。
ある時期には、こういうことが起こり、この時期にはこういうことが起こる、といったように、予めわかっていた。それは、狂いも無く回るエネルギーの運動によるためである。狂いも無く巡ってくるものであるために確定していた。だから、
明日が確実に信じられる為に、生命は安心を持って生きていけるようになった。
そのために、回転(変化)に合わさったエネルギー(生命)が創られていった。
昼と夜の変化は、男と女をつくり、暑さと寒さをつくり・・・というように、
すべてが相対するようになっていった。すべて、それぞれに対応するものとして創られていった。

歪は誤った人間の気であり、その気の排除に地球という生命体が
起こす行為、自然災害(天災地変)、人間の作った悪のエネルギーは自然淘汰されていく。いままた、その期にある。
コメント
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