脳溢血で倒れた母親を、疎開先までリヤカーで運ぶ。この映画はただそれだけのストーリーで成り立っている。ただひとつ変わった点があるとすれば、リヤカーをひくのが、失意の時代をすごしていた木下恵介だということ。
この映画はその木下恵介生誕100年を記念して企画されたものだ。監督はなんとクレしんの「オトナ帝国の逆襲」「アッパレ!戦国大合戦」そして「河童のクゥと夏休み」「カラフル」など、常に観客を(というかわたしを)泣かせてきた原恵一。初の実写映画を撮るにあたって原が意識したのは、アニメとは違った“俳優の味”ではないだろうか。
木下を演じた加瀬亮、兄のユースケ・サンタマリア、母の田中裕子、便利屋の濱田岳、いずれもオーバーアクトに至らないように慎重に演出され、しかしやはり泣かせる作品になっている。となりで観ていた妻などボロボロでした。
木下作品の映像がこれでもかと挿入されていて、それぞれが映画内現実とかぶるようになっている。
・母をおぶう息子、感謝する母親という構図は(方向性は真逆だが)「楢山節考」
・戦地に向かう兵士を見送る女教師(宮崎あおい)はもちろん「二十四の瞳」。ちゃんと生徒は十二名いました。
・涙をうかべながらカレーを食う阪東妻三郎(「破れ太鼓」)はそのまま便利屋の演技にシンクロしている。阪妻と濱田岳のシンクロ!
……他にも、出征する息子を見送る母親を描いた「陸軍」と、晩年の作「新・喜びと悲しみも幾年月」を重ねてみせる芸も仕込んであり、なかなか。
映画人として名声をほしいままにしていた木下は、あまりに恵まれていたものだから今では忘れられた巨匠となっている。わたしの世代にとっても最初から過去の人、あるいはテレビ「木下恵介アワー」の人だったのだ。
しかし、ライバルだった黒澤明よりもはるかに多くの後進を育てたように、ほぼ直系の後継者であるかのような原恵一によって完全に復権はなされた。もって瞑すべし。あるいは「まだまだ甘いな小僧」と天国で苦笑しているだろうか。
にしてもつくづく思う。田中絹代と高峰秀子って、すごい。