打越通信

日記ふういろいろ

大濠ウォーク

2017-04-24 20:48:11 | てくてく
舞鶴公園から大濠公園へ向かう。
広々とした公園内の道の上に晴天の空が広がっていた。
抜けるような空とはこの事なのだろう。
公園は多くの人で賑わっていた。
ジョガーやウォーキングをする人たち、ベンチに座り本を読む人たちなど、福岡の憩いの場所のようだ。
この近くの西公園には3か月ほど暮らしていた時期がある。
メーカー研修とやらで宿舎にあてられた古い旅館に寝泊りしていた。
そのころよく行っていた食堂を探した。
しかし当時と様子も随分と変わってしまい、目当ての食堂は見つからなかった。
そば屋で昼食をとり再び公園を散歩する。



うっそうとした林の中を歩く。
公園内も随分と整備され、ストレッチ用の器具やベンチなどがあちらこちらの設置してある。
緑も今が一番輝いている時期なのかもしれない。



ベンチに座り上を見ると鮮やかな緑がある。



池を眺めると数匹のカメが気持ちよさそうに泳いでいる。
水面から顔を出しとぼけた顔でこちらを見ている。
しばらく見つめあうとスーッと顔を引っ込めて池の底に沈んでいく。
そんな動作を何度も何度も繰り返す。
そんな光景をしばらく眺めていた。



鯉も数匹いて、中には巨大に成長した輩もいて悠々と巨体をくねらせ泳いでいた。
カメとも仲が良いようで近づいてもお互い譲り合っているようにも見える。
歩き疲れて、しばらくベンチで長い長い休憩をこんな光景を見ながら過ごした。
公園を半周して公園の外に出た。
ケータイの地図を頼りに六本松まで歩き、さすがに脚に疲れが出た。
地下鉄に乗り我が家を目指した。
歩数計は17,000歩を超えていた。
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シャクヤク

2017-04-23 20:05:09 | 季節の花
今月は2回の土曜出社、まったく時代が遡ったのような隔週休2日制だ。
こうにも社会の流れに逆行するのも珍しい。
それだけ拘束されても生産性が上がるとは思えないのだが(いやいや逆だ)
そんなわけで熊本にも帰るわけが行かず、せっかくの晴天だったので舞鶴公園まで散歩に出た。
赤坂小学校の横から場内に入り陸上競技場横の道を渡ると、藤棚が見える。



まだまだ5分咲きくらいだろうか藤の花が咲きはじまていた。
藤棚の下でしばらく休憩をしていたが、蜂ような虫がたくさん飛んでいたのでそこを後にした。
階段があり門構えの植物園のような場所があったので入ってみた。
園内はシャクヤク園になっていて、まだまだつぼみのシャクヤクの花がずらりと並んでいた。



先方には今が咲き頃の花が並んでいた。
品種もいろいろとあるようで花の前には名札が示してあった。
何とも豪快で大輪の花はさすが迫力があった。





園内には八重桜が咲いていた。
さすがに盛りは過ぎていたようだが、まだまだ見頃のようだった。
ベンチに座り目を閉じると爽やかな風が気持ち良い。
目を開けると新緑が逆光に生えキラキラとしていた。
爽やかなひと時で日頃の疲れを取るにはい良い一日だった。
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スリランカカレー

2017-04-22 23:51:02 | 食事
ちょいと仕事で郊外まで行った。
この会社で年も近いせいか気が合う同僚と市内までクルマで送ってもらった。
車中でいろいろと仕事の事で話をする。
いろいろな話題が上がってくるが同感できるものが多かった。
やはり考えていることは一緒なのだとホットする。
社内にもこんな人がいることがうれしかった。
仕事柄、IT関係の人の出入りがあるのだが、彼らと話をしていると何故かホットした気持ちになる。
世の中の風が気持ちよく吹いてきた時のような爽やかさを感じる。
彼にもそんな感覚を持った。
そんな彼が
「おいしいカレー屋があるので行きましょう」
と言って連れて来てくれたのがスリランカカレー専門店だった。
博多の街もまだよくわからないが、どうも私のマンションの近くのようだ。
古びた商店街の小汚い階段を上り、店は2階にあった。



店内はいかにもスリランカ風(どんなのがスリランカ風というのかわからないが)だった。
店内はほぼ満席状態で、なんとか2人分の席は確保できた。



ランチメニューにはスリランカ風カレーやドライカレー風など6種類くらいのメニューが出ていた。
飲み物やデザートがついて890円とちょっと高めの設定だった。



カレースープ風の感じだが、なかなかこれがやみつきになりそうな味だった。
博多に来てからあまり外食をしなくなったのでそういう意味もあり刺激的だったのだろう。
さすがに外国色が強い街だからなのだろうか、中国料理や台湾料理、カレー専門店など外国の人がやっている店が結構多いのには驚く。
この店もそんな一つなのだろう。
食の変化を求めて異国独特の味を求めて繁盛しているのだろう。
汗を拭き拭き目の前の彼を見るとインド系の人の顔に見えてしまう。
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一難去って

2017-04-21 20:46:11 | 日記ふう
左脚の痛みについて
「ケンちゃん、すぐに病院に行ったほうが良い」
とブログを見たテラのオヤジが電話してきた。
彼の知り合いが、つい最近、脚の痛みで病院に行ったらすぐに切断という事になったらしい。
話を聞くと足の爪から菌が入りそれが原因だったという。
まあ、私の場合は状況的には違うような気がするが、せっかく心配して連絡をくれたのだから・・・。
そんなわけで前回はね腰の腰痛で行った整形外科に行ってみた。
医師は前回と同じ頭の切れそうな割と若い男性医師だった。
前回撮ったレントゲンを元に簡単な問診をしたうえで、MRIを撮って詳しく調べないといけないというような事を言った。
その場で予約をして、今日が検査の日だった。



MRIなどというものは前回の緊急入院のとき撮ったのかどうか、何せ意識もうろうだったので覚えていない。
だから今回が初めての経験となるのかな。
同僚の女の子に経験者がいたので聞いてみた。
「音楽を聴きながら20分ほど寝てました」
という。
検査の前に
「狭所恐怖症は無いですか?エレベータとかは大丈夫ですか?」
などと検査技師の方が言う。
そういわれればこちらも構えるわけで、女の子が言った言葉を信じることにした。
横になりスルスルと機械の中に入り目を閉じているとそのまま眠りこけてしまった。
だからあっという間の出来事だった。
女の子の言う通りだった、彼女はえらい。



診察室に呼ばれMRIの画像を前に
「年齢からするとかなりきれいな背骨です。腰にはまったく異常はありません」
と言われた。
ということは血管に何かの異常があるということになる。
医師の話ではしばらく様子を見るでも良いし、血流検査をする医療機関を紹介もできるという。



結局、紹介状とCDに焼いたMRIの画像をもらって病院を後にした。
これで良かったのか悪かったのか、再び検査を受ける羽目になった。
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心の風景を求めて

2017-04-17 21:40:52 | 写真投稿
たまにはカメラを持って夜のドライブに出ることもある。
昼間の散歩で天神や博多駅周辺をウロウロしているがこれといった絵が見えない。
どちらを見てもビルの風景しかない。
<ビルを写せば>
と言うが
<建築写真家じゃないのだから>
と一応写真家のような事を口走っている。
歩き回り、都会の生活感あふれる風景や、夕暮れの博多駅のホームの風景なども良いのかなと思う。
幼いころ両親に連れて行ってもらった東京や大阪などの都会の風景というのかな、心の底に目に沁みついている絵(雰囲気)がおぼろげにある。
それを撮りたいと思っているが、なかなかそんな光景は見当たらない。
都会のレトロな雰囲気も少しは残っているようでそれも良いのかも知れない。
旅行で行った旅先の雰囲気はその感情みたいなもので、その時はある程度の興奮状態で撮ってはみても、家に帰りパソコンで開いてみると、なんだこれはというものが多い。
そこいらが難しいところなのだろう。
心の感情が絵の中に描けるようになるにはやっぱり才能が必要のようだ。
ピュアな心と好奇心は持っておかなくては写真を撮る意味はない。
カメラを持つということはそういうことだと思っている。
一眼レフであれコンデジであれ、ケータイでもいいのだ。
自分の心の中にある風景を求めて山でも街中でも歩き回る。
もう少しましな写真が撮れるように歩き回ってみよう。
左脚の痛みに堪えながらだが・・・。
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震災から1年の日に

2017-04-16 17:42:07 | 日記ふう
那珂川沿いにジョグに出る。
すっかり春らしくというか初夏のような季節になってしまった。
さくらもすっかり散り終わり葉桜に化した。
ジョギングロードも新緑がまぶしく季節が変わって少し違う様相になってきた。
走りの方は相変わらず左脚の痛みとの戦いだ。
右脚で100を数えた頃には左脚に例の激痛だ。
しばらく休み、再び100歩、それでも往復約5kmをなんとかこなした。
右手の腱鞘炎もあと少しの痛みがとれれば完治だろうが、やはり時間がかかる。
左脚の痛みもまだまだ時間がかかるのだろう。

マンションに帰り、去年の4月の写真を開いてみた。
熊本自宅の部屋の清掃や引っ越しの写真、新しく入ったマンションの写真などが出てきた。
そしてあの熊本地震の写真が数十枚と出てきた。
壊れた家々や一階が完全に潰れたマンションなどの写真だ。
早起きして行った熊本城の悲惨な写真などが次々と現れた。
転げ落ちた巨大な石垣をさけ石段を上り二の丸広場に出たことを思い出す。
加藤神社から見る熊本城は瓦が剥げ落ち、天守閣の鯱のなく威風堂々の姿ではなかった。
場内にある櫓の下は石垣が崩れ落ち今にも倒壊しそうな姿を見せていた。
数週間経った城下の写真には赤紙や黄紙が貼られた町屋が映っていた。
完全に崩壊した古い町屋の写真、真横に太いひび割れが入ったビルなどがあった。
水道が完全に止まり給水車に並ぶ写真、避難所となった小学校の校庭や体育館など、忘れかけていた(いやいや忘れることができない)思いがよみがえる。
夜の9時過ぎにケータイが騒ぎ出す。



NHKのニュースでは女性アナウンサーが熊本地震発生の一報を入れた。
それからしばらくするとニュースは熊本地震関連の画面に切り替わった。
翌々日の深夜には福岡でも緊急地震が鳴り響き激しい揺れで目覚めた。
夜も眠れず息子夫婦と連絡を取り合い、日の出を待ちきれず熊本に向かったことをはっきりと覚えている。
受けたダメージは広範囲にわたり、深く受けた場所もあった。
今日で本震があった日から1年が経った。
完全復興には20年近い年月がかかるという。
私の左脚の痛みなどそれに比べればへみたいなものだ。
あせらず、くさらず、忍耐強く努力をすれば、あとは時間がなんとでも解決してくれると思う。
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花より食い気

2017-04-15 21:59:32 | people
木曜日から妹の娘が福岡に遊びに来ていた。
彼女は3人姉妹の真ん中で地元の短大を出て社会人2年目になる。
まあ姉妹でも性格は様々のようで、次女というと割と活気があり活発なのかと思うが、割とおっとりした子だ。
幼いころから可愛がってきた分だけなついてくれていた。
まあ今回は私たちを頼りにという訳でなく、娘を頼って来たのだった。
夕方仕事が終わり近くの公園で待ち合わせをして駅中の居酒屋で食事をした。
ここは通勤時代によく同僚たちと使っていた店だったが、久しぶりに来てみるとメニューも雰囲気も少し違った感じだった。
それぞれに飲み物と料理を注文する。
みんな生ビールのなかノンアルビールで乾杯となる。
遅れて娘が合流し、仕切り直しで再び注文となる。
それにしても良く食うし、よく飲む。
まあ成人だからそれも良いだろう。
その日は娘の部屋に泊まるというので久しぶりに娘の部屋に行く。



高層からの眺めは同じマンションでもこうも違うのかと改めて眺めた。
彼女もその日は娘の部屋にお世話になり、私の勧めでもう一泊することになった。
ふたたび駅近くの公園で待ち合わせをして、もつ鍋を食いに出た。
マンション近くの「おおいし」というもつ鍋屋で会食をした。



ふたたび遅れて娘が合流して、これまた食う。
さすがの娘もついてはいけそうにもなかった。
その日は我が家に泊まり、次の日は天神や大名といった若者に人気の店と次々とおつきあいとなった。





まあ、若い子ならではの店でもこんな機会が無いと来ることは無い。
そんな店を何件かはしごして、バスセンターまで送り届けた。
妹の家庭のエンゲル係数が高いことは話に聞いていたが実感した次第だ。
そろそろ年頃だと思うのだが、まだまだ色気より食い気とショッピングといった感じだ。
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さくら散る

2017-04-12 20:53:12 | 日記ふう
朝6時にはすっかり周りは明るくなる。
先日のジョグでは左脚の痛みにショックを受け、これではいかんと思い立ちジョギングシューズを取り出して近くの公園に行ってみた。
桜はすでに満開を超え、風が吹くたびに花吹雪が舞っていた。
ゆっくりと走り出すがやはり左脚に激痛が走る。
それを我慢して走ろうととすると左脚が全く動かなくなってしまう。
しばらく立ち止まり屈伸などして痛みが和らぐのを待つ。
痛みが引いて走り出すが、再び痛みが出る。
それを数回繰り返すが痛みの先には何もなかった。
30分ほどそんなことを繰り返し、ふたたびショックを受け自宅の戻る。
一度医者に見せた方が良いのかな、そんなことを思いながら出社した。
仕事もあいも変わらず、忙しいのやら暇なのやらわからない。
一日が終わるとどっと疲れが出てしまう。
精神的な疲れがものすごい。
問い合わせや同僚からの受け答えに何かと神経を使う。
もうすっかりそんな生活に慣れてしまったのか、やっと仕事に集中出るかと思いきや、今度は集中力が続かなってしまった。
10分も机でパソコンの前で考え事をすると、いつしかふわっと気が緩んでしまう。
そのたびに休憩といって仕事場を離れ一息つきに行く。
たぶんそんな私の行動を上司は良い顔で見ていないことはわかっている。
それでも息が詰まるような雰囲気から脱したいという気持ちの方が強いからしょうがない。
もう歳かなと思ったりもするが、孤独に浸り考え事や読書をするときはそんなことは無いのだから不思議なものだ。
今までは一つの事に没頭できる時間というものが十分に確保されていたのだが。
今では電話や口頭での受け答えで寸断されてしまう。
そのたびに<あれ今どこまでやったっけ>と再び気持ちを切り替えなければならない。
結局、きょうは一日何をしてたんだろうとなってしまう。
環境なのか年のせいなのか、散りゆく桜を見ると何故か悲しくなる今日この頃なのだ。
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休息の場所

2017-04-11 20:52:18 | 日記ふう
博多に引っ越してきて1年になる。
博多にというよりマンション暮らしをして、といったらいいかな。
狭い2Kの部屋では息がつまりそうになる。
平日は仕事に出ているし、夜は寝るだけの生活なのでそんなに苦にはならない。
しかし、休日ともなれば狭い部屋では息がつまり外に安らぎを求めるしかない。
マンションの8階の部屋からの眺めもほとんど緑もなく、ただただビルが建ち並んでいるだけだ。
郊外のちょっと緑がある場所が良かったのかもしれないが、せっかくの賃貸なので都心のちょっと歩けば博多駅や天神といった場所が便利だと思った。
確かに商店街は近くにあるし真下にはコンビニもあり、生活するうえでは機能的でありがたい。
隣とも壁一枚なのだが防音もしっかりしているのでほとんど雑音は聞こえない。
隣にはどんな人が住んでいるのかは未だに不明だし、このマンションもかなりの個数があると思うのだがそれだけの人を一度に目にしたことはない。
何とも不思議でしょうがない。
そういえば出張や通勤疲れでウィークりマンションを借り住んでいた頃もあったので、経験が無いことはなかった。
しかし、いざこうやって暮らしてみると何ともやるせなさを感じる。



福岡もどこに行ってもマンションが連立していて、隣町の竹下にも巨大なマンション群がある。
ここにも何世帯もの生活(人生)があるのだと思うと不思議でしょうがない。
転勤族や一時的に借りている人たちはそれなりに意味があると思うのだが、購入して家族で住む人たちにとってはどうなんだろうと思う。
家族で住むにはそれなりの広さがいるし、それなりの負担がかかる。
構造物はどうしても永久には存在できない。
何れは取り壊して新しくしなければならない。
それを承知で購入して、次々と新しいところに移り住むということも考えられるが、それではいつまでたっても落ち着くところが決まらない。
年齢が行けばバリヤフリーだし、エレベータもあるし、近くにはコンビニもあるし、手に届く所になんでもある狭い部屋が良いのかもしれない。
知り合いの中にもせっかくの戸建てを売り払い、そんな理由でマンションに引っ越していく人も多々いる。
まあ、そんな経験をただ今経験中ということで、今の感想はと聞かれれば
<浮き草のような生活だ>
としか答えようがない。
あの広大な土地がある中国でも、ある一角を整備して高層の住居を作りそこに住もうというわけだから、人間はすごいなと感心するしかないな。
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さくらジョグ

2017-04-09 19:48:09 | ジョギング
朝からジョグに出かけた。
美野島商店街を抜け、那珂川の岸辺に降りる。
ここから竹下駅の先まで川沿いに遊歩道らしき道が整備されている。
まだ朝が早かったのかウォーキングやジョギングを楽しむ人は少なかった。
川沿いには満開の桜が咲いていて、去年の今頃の事を思い出す。



しばらくは歩いて体をほぐし、徐々に軽く走ってみる。
100mほど走ると、左脚に鋭い痛みが出てくる。
しばらく立ち止まり屈伸をしたり左脚を叩いたりして痛みをとる。
再び走り出す。
鋭い痛みが左脚に来るがそのまま走ってみた。
涙が出るような痛みが出て、再び屈伸をして痛みをとる。
そんなことを数回繰り返しながらも片道2.5kmくらいだろうか、遊歩道が無くなる場所まで走ってみた。
脚の痛みも次第にふくらはぎに移り、脚全体の痛みは和らいできた。
やはり筋肉が落ちているのが原因なのだろうか。
折り返し地点でベンチに腰をおろししばらく休憩をとる。



ベンチの横には赤くかわいい花が咲いていた。
カタバミの花だった。
川沿いの遊歩道にはウォーキングやジョギンを楽しむ人たちが多くなってきた。



対岸では犬の散歩がてら花見をしてながら、写メでも撮っているのだろう。
川沿いの道から土手沿いの道に上がってみた。
パナソニックの工場の桜もこれまた見事に咲いていた。
汗をかいたり、呼吸が苦しくなるような運動まではできなかったが、しばらくはこんな調整をしながら体(左脚)を作って行こうと思っている。
走れなくなることはやはりつらい事だ。
病からの復活の最後の仕上げには、これはどうしてもやろうと思っている。
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