中区中島町の平和記念公園に移植されている「被爆アオギリ2023年版」です。
※1945(昭和20)年8月6日当時基町の広島逓信局中庭(爆心地≒1,300m)で被爆しました。
柵に囲まれた中には、
西側(正面からの画像で左側)に小さいほうの被爆アオギリ、中央に2004(平成16)年台風で倒れた大きい方の被爆アオギリ、
東側に被爆アオギリ2世の三本が現在植えられています。
被爆した傷痕を包むように成長していった被爆アオギリたちの生命力に(植物というものの)敬意をはらいながらしみじみとみることができるのが冬場なのです。
(裕編集の)被爆したアオギリ2023年
※1945(昭和20)年8月6日当時基町の広島逓信局中庭(爆心地≒1,300m)で被爆しました。
柵に囲まれた中には、
西側(正面からの画像で左側)に小さいほうの被爆アオギリ、中央に2004(平成16)年台風で倒れた大きい方の被爆アオギリ、
東側に被爆アオギリ2世の三本が現在植えられています。
西側の小さい方の被爆アオギリをみました | 中央の大きい方の被爆アオギリをみました |
被爆した傷痕を包むように成長していった被爆アオギリたちの生命力に(植物というものの)敬意をはらいながらしみじみとみることができるのが冬場なのです。
(裕編集の)被爆したアオギリ2023年
1月7日(安芸区のわが家付近)天候:(雨上がり?)曇ってきました
8.5℃、57%
医師は筋肉が付いて丈夫になるよって言われました。
アオギリの木を見ながらそんな事を思い出しました。
自然治癒力の凄さ逞しさを感じております。
葉が落ちて余計に目が其方に向いていきます
逞しく有れと。
被爆したアオギリの写真を見せていただきありがとうございます。
広島のアオギリの子孫が東京にも何か所か植えられて成長しています。杉並区と東大和市の木は見たことがあります。
今度広島に行ったときは、現地の被爆樹を忘れずに見たいと思っております。
子どもの頃大けがされたのですね。
医師の手当てがよく、成長過程で元気だったからなのでしょうか後遺症が無く治癒されたのですね。
アオギリたちと同じ処、逓信病院で勤務中被爆された沼田鈴子さんは、建物の下敷きになり両足(大腿部から)切断手術を受けたが、絶望感から自殺を考える日々だったそうです。
そんなときこの被爆アオギリを見て生きていく大切さを知り、のち(被爆の)語り部をされていました。
そのような出来事もあったことを考えさせられるアオギリの傷痕なのです。
被爆アオギリ二世の苗を、
修学旅行などで平和記念公園を訪れた学校が希望すれば配布しているそうですから目に留まったのでしょうね。
元々の逓信病院(現在の郵政グループ広島)には、被爆したアオギリは(平和記念公園に移植されているので)無く、被爆アオギリ二世が植樹されているのですよ。
http://masuda901.web.fc2.com/page2bx32h.html