♪あなた知ってる?~広島~

広島から離れた事柄も取り上げますが、
HP「広島ぶらり散歩」編集履歴は変わりません。

安芸区:久井原橋

2018年11月21日 08時53分52秒 | 瀬野川町附近
安芸区上瀬野町の瀬野川に架かる旧西国街道「久井原橋」です。
※1径間(橋脚がない)。鉄筋コンクリート桁橋です。
瀬野川に対して斜めに架けられています。


(こんかい久井原橋は通学路になっていることを知り)橋の手摺は低いです。

(更新した)久井原橋

11月21日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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安芸区:山陽本線橋りょう(大山)

2018年11月20日 09時01分34秒 | 瀬野川町附近
安芸区上瀬野町の瀬野川に架かる「(大山)山陽本線橋りょう」です。
※3径間の鋼製桁橋で上・下線別橋です。

10月17日撮影に行きましたが黒い土嚢が積み上げられている光景が目に入りました。

山陽本線下り貨物が来ましたが先頭を撮影できず


(更新した)山陽本線橋りょう(大山)

11月20日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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わが家の柚子ことしは野猿もがっかり?

2018年11月19日 19時04分49秒 | いまだ初心者園芸
先日朝早くからわが家の下屋をゴトゴトと歩いていた野猿、
ことしの柚子の生り具合を偵察していたのかもしれませんが。

わが家の柚子はもともと柚子なりとと云ってもそれなりにしか実を付けませんが、
ことしは不作のようで、
女房が採取したら残りは少なく柚子湯に出来るほどの実りはないようです。
わたしよりも実りを楽しみにしている?野猿たちはがっかりすることでしょう。



(過去のわが家の)ユズ
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安芸区:瀬野川上流橋々をみる

2018年11月19日 08時58分44秒 | 瀬野川町附近
7月6日の西日本豪雨で、
(わが町を流れる)瀬野川で4橋が倒壊した事を新聞報道で知ったのです。
災害後二ヶ月して中流域を歩き倒壊3橋を撮影しました。
災害後三ヶ月経ち少しは落ち着いたかと思い、上流域で倒壊したという1橋を撮影に出かけることにしました。

上流域の橋々を撮影し頁を編集した2006年当時は自転車で上っていき撮影しましたが、
今回は、女房運転の車で(旧西国街道に)連れて行ってもらうことにしました。 



まず、ここで取り上げた(国道2号)久井原橋をみました。
橋は無事でしたが画像でお判りになるでしょうが、瀬野川堤防壁に大きな被害がおよび仮復旧されていました。

(更新した)(国道2号)久井原橋

(裕編集の)瀬野川の橋一覧

11月19日(安芸区のわが家付近)天候:雨上がりの曇り

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廿日市市:聖蹟二十五拝・碑

2018年11月18日 08時51分51秒 | 記念碑等
廿日市市宮島町の厳島神社境内の長橋の陸側に建立されている「(第二十番)聖蹟二十五拝・碑」です。

※明治の探検家・松浦武四郎は、
天神(菅原道真)信仰に篤く、全国の天神社25ヶ所を参拝し、
「聖蹟二十五拝」の石碑と鏡を奉納しました。
厳島神社には、長橋の陸側に、1884年に奉納の第二十番石碑があります。


この石柱があることは気が付いていましたが、何なのかはわからなかったのです。
宮島観光協会のweb siteに
『松浦武四郎(探検家、伊勢の人)が全国の天神社25ヶ所を参拝し、「聖跡25拝」の石碑と鏡を奉納しました。』とありましたので、その奉納石柱なのだとわかりました。

(裕編集の)(厳島神社)聖蹟二十五拝・碑

11月18日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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廿日市市:(厳島神社)長橋

2018年11月17日 10時26分49秒 | 橋梁
廿日市市宮島町の厳島神社境内に架けられている「長橋」です。

※長橋は、大国神社脇から後園に通じています。
(現在は使用されていません。)
安土桃山時代に架橋されたそうで、後園にあったという御供所からこの橋を渡って神饌が社殿内に運ばれたそうです。

今回、「安芸の宮島」編を見直した時に、
厳島神社の配置図を付けたらそれぞれの位置関係がわかるだろうと配置図を編集しました。


(裕編集の)(厳島神社)長橋

11月17日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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廿日市市:(厳島神社摂社)天神社

2018年11月16日 09時17分38秒 | 神社寺院
廿日市市宮島町の厳島神社境内に鎮座している「天神社(厳島連歌屋天満宮)」です。

※1556年厳島の合戦で聖地を穢した事に心を痛めていた毛利元就(1497-1571)の指示で、
その子・毛利隆元(1523-1563)が建立。
国の重要文化財。


2007年10月6日撮影


(裕編集の)天神社(厳島神社 摂社)

11月15日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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廿日市市:鏡の池(厳島神社・天神社南)

2018年11月15日 08時47分43秒 | 「その他」編
廿日市市宮島町の厳島神社境内にある天神社付近の「鏡の池」です。
*厳島神社境内に三つの鏡の池の内のひとつです。
 先にこのブログで二つ紹介しましたので最後の鏡の池です。
ここの鏡の池も満潮時には海面に没します。

2008年撮影した時は砂がたまり、鏡の池がわかりにくくなっていましたが、
その後砂が取り除かれたようで姿を現していましたので撮影しました。


(裕編集の)鏡の池(天神社横)

11月14日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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廿日市市:諌鼓(かんこ)型燈籠

2018年11月14日 08時33分21秒 | 「その他」編
廿日市市宮島町の厳島神社境内に建立されている「諌鼓型燈籠(諌鼓鶏型燈籠)」です。


「諌鼓型燈籠」と「康頼燈籠」

*2007年からこの灯篭のことがわからなかったのです。
2006年天橋立智恩寺でみた「智恵の輪・石燈籠」の変形の燈籠かなと思っただけだったのです。ことし、播州赤穂に行った時、大石家家紋二つ巴をみたので、この灯篭の模様が三つ巴で陣太鼓の模様にもなっていると思ったのです。
灯篭の上は宝珠ではなく鶏かなと思ってNET検索していくうちに、東京都神社庁の「諫鼓鶏(かんこどり)」にであったのです。

(裕編集の)諌鼓型燈籠

11月13日(安芸区のわが家付近)天候:はれ

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廿日市市:康頼燈籠

2018年11月13日 08時36分28秒 | 「その他」編
廿日市市宮島町の厳島神社境内に建立されている「康頼燈籠」です。

昨日このブログで紹介した
「平康頼は平家にとらわれて鬼界ヶ島にながされました。日々故郷の年老いた母恋しさに歌を詠んで過ごしていましたが、その和歌を千本の卒塔婆に書いて海に流しました。その一本がここの石に流れ着き、おりからゆかりの者がこれを持って都の母のもとへ届けたそうです。
のち、許された康頼はお礼に燈籠を寄進した」と平家物語に出てくるそうです。


「康頼燈籠」と「康頼卒塔婆漂着石(鏡の池)」


(裕編集の)康頼燈籠

11月13日(安芸区のわが家付近)天候:くもり

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