この辺りは、現在の八木用水で云えば中流域から下流域にはいろうとするところと(わたしは勝手に)思っているのですが。
画像でお分かりになると思うのですが、住宅をぬって流れる八木用水になってきていると。
農業用水を供給するという、(のち、子の時代に与えられた苗字:桑原)卯之助の高い志のもとに開鑿された八木用水だったのですが、
いまや、その役割は終わりをむかえようとしているように(わたしは)思いましたが。
八木用水(古市1・古市小学~安佐南区役所附近)
広島ぶらり散歩「八木用水」編
画像でお分かりになると思うのですが、住宅をぬって流れる八木用水になってきていると。
農業用水を供給するという、(のち、子の時代に与えられた苗字:桑原)卯之助の高い志のもとに開鑿された八木用水だったのですが、
いまや、その役割は終わりをむかえようとしているように(わたしは)思いましたが。
八木用水(古市1・古市小学~安佐南区役所附近)
広島ぶらり散歩「八木用水」編
広島菜を作っていると習ったような記憶があるので
すが…
水門が河川との間にあるのかどうかは
わかりませんが、用水路は洪水時にそ
れなりに水の逃げ場として役立ちます
よね。長岡の自宅では、福島江という
用水路があるのですが、洪水時は水を
そちらに誘導して、都市内部の水量を
緩和させています。農業用水としての
使命は無くなったとしましても、貴重
な存在と言えるんじゃないかと思いま
す。大雨の時などの様子を見てみますと
わかります。どのように使われているか。
以前はこの辺りにも畑や田んぼが多くあったと思うのですが、いまは住宅地がほとんどになっているようです。
(市内での?)広島菜の栽培地区がこの古市の西側にあたる東野・川内地区にはまだ多く残っているようですが、この地区は川内用水がその役割を担っているようです。
不勉強なので、正確には答えられませんが・・・
現在の八木用水の用水は、太田川発電所から全量供給されていますので、そこを止めれば
云われるようにゲリラ豪雨というような大量の雨の時は排水路になるのかもしれませんね。
八木用水を歩くのももう1回ほどで全部みれるのではないかと思っていますので、
八木用水の将来像を少し考えている時なのです。
受益者負担の原則だけでは、維持管理が立ち行かなくなってきているのではと思っていましたから・・・