ヴァンフォーレ甲府熱血サポーターへの道!!

山梨に住むユタカのブログ。地元ヴァンフォーレを応援してこのブログもなんと19年目を迎えました。ACL効果でJ1昇格だ!

歴代マイベストイレブン発表~監督~

2020-05-20 | Weblog
歴代マイベストイレブン発表の大トリを飾るのは ‘監督’ 部門です。


【第3位】松永英機
在籍:2003年~2004年
甲府リーグ戦成績:計88試合(34勝25分け29敗)(J2)

監督部門第3位は松永監督。松永監督は日本代表の強化委員などを経て1999年にJ1ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)の指揮官に就任し1シーズン監督を務めます。その後は清水エスパルスの強化担当やサテライト監督を歴任した後、ヴァンフォーレには2003年にやってきます。当時のヴァンフォーレは前年に3年連続の最下位を脱出し、ようやく浮上への第一歩を踏み出した時期でした。しかし資金力や戦力は依然として乏しく、暗中模索の状態が続いていました。そこで松永監督はチームのテコ入れを図るべく、札幌でプレーしていたFW小倉選手の獲得を希望し交渉の末に実現。元日本代表選手の移籍を成功させます。サッカーをあまり知らない人でも名前を聞いたことのある知名度の通った人気選手が地方のスモールクラブに加入したことで、長らく低迷していたクラブにも県民の注目度も高まっていき、この年からホームゲームの観客動員数が大幅に増えていきます。活気が集まってきたサポーターの力を後押しにして、成績もJ2で5位に入るなど確実な成長をみせるヴァンフォーレ。松永監督は小倉選手を攻撃の軸にして加入2年目の須藤選手を2トップのパートナーに得点力をアップさせ、クラブを上位に定着させるチーム作りを成功させました。就任2年目も倉貫選手や藤田選手などテクニック力のある選手を中心にサイドへ展開していくサッカーで多くの勝ち点を積み重ねるものの、エースのバロン選手が鹿島に移籍し途中退団したことも含めて負傷者も多く出したことから失速し、7位に終わりました。松永監督は2年契約を終えて2004年限りで契約満了により退任。2005年にバトンを受けた大木監督は松永監督が2年間で培ってきた戦力や経験を活かしながらチームを指揮し、その年に見事にJ1昇格を達成させました。J2下位~中位に低迷していたチームの戦力を上位に定着できるところまで引き上げてくれたこと、そして大物選手獲得に成功し観客動員数をこれまでより飛躍的にアップさせ、翌年のバレー選手獲得に繋げた経営面での貢献も含めて、ヴァンフォーレをJ1昇格に結びつけた影の功労者として松永監督を監督部門第3位に選出しました。


【第2位】大木武
在籍:2002年、2005年~2007年
甲府リーグ戦成績:(J1)19勝12分け36敗
(J2)35勝22分け31敗
計155試合(54勝34分け67敗)

第2位は大木監督。清水エスパルスのコーチを務め2002年にヴァンフォーレにやってきた大木監督のミッションは、3年連続最下位と低迷していたチームの再建。清水からアライール選手をレンタルで連れてきて、藤田選手や倉貫選手&石原選手など伸び盛りな若手選手を積極的に起用するなど工夫したチーム采配をみせ、最下位から脱出し順位を7位に引き上げることに成功します。ヴァンフォーレで結果を残したことで古巣の清水に帰還し監督に就任。しかし清水では思うような成績が上げられずに1年でチームを去り、川崎のユース監督を経て2005年に再びヴァンフォーレで指揮を執ることを決断します。2002年に自ら変革したチームにプラスして2年間経験を積み上げた松永監督の実績を引き継ぎ、新加入バレー選手を中心としたチーム作りを敢行します。一時は6位まで順位を下げるものの途中から3トップを採用して息を吹き返し、終盤の追い上げなどもあり3位でフィニッシュしJ1・J2入れ替え戦の出場権を獲得します。入れ替え戦ではバレー選手が大暴れ。2戦合計8対3で柏を粉砕しクラブ史上初のJ1昇格を決めます。柏相手に圧倒的な力で勝利できたのも大木監督が推し進めた攻撃サッカーがチームに浸透していたからで、それに加えて選手たちに重要な試合でも緊張せずに思い切ってやる自信を植え付けたのも大木監督の手腕だと思います。初挑戦となった2006年は選手たちが動きながら細かくパスを繋ぎ、フィールドの片側のエリアを突破していくクローズという戦術をJ1の舞台でも実践し、強豪クラブ相手でも恐れずに自分たちのスタイルを貫いていきます。資金力ではリーグのなかで断トツに少なかったチームをJ1残留に導けたことは快挙と呼べるような偉業で、J1で2年目となる2007年も引き続きヴァンフォーレで指揮を執ることになります。しかしこの年はエース候補の外国籍FWが終始不調だったことにプラスして2年目ということで相手からの対策も進んだことから思うように勝ち点が伸ばせなくなり苦しみます。結果が出ないことから次第に選手たちからも自信が失われていき、チームは17位でJ2降格。大木監督はクラブが降格した責任をとって辞任を発表。大木ヴァンフォーレ時代が終わることとなります。その後は日本代表のコーチを務めて2010年南アフリカW杯に参加。その後は京都や岐阜の指揮官となり、今年(2020年)からはロアッソ熊本の監督に就任しています。

大木監督はやはり初めてJ1の舞台に連れていってくれた偉大な指揮官といった印象ですね。2002年もそうでしたが、彼が指揮を執ると必ずと言っていいほどにチームの成績が良くなっており、ヴァンフォーレとの相性が良かったと思います。そして独特ながらも魅力的で攻撃的なサッカースタイルを導入し、見るものを魅了したのも評価の高いポイント。通常なら規模の乏しいJ1初挑戦のクラブは守りを固めて勝ち点1でもできるだけ稼いで残留を狙うのが一般的なセオリーなのですが、それをせずに自分たちの攻撃的なスタイルを貫いてそれで結果を出したのは凄いと思います。ヴァンフォーレ在籍4年でチームに残してくれた財産はとてつもなく大きいもので、その挑戦によって得た経験がクラブの礎となりました。ヴァンフォーレのパイオニアとしての評価から監督部門第2位に選出させていただきました。


【第1位】城福浩
在籍:2012年~2014年
甲府リーグ戦成績:(J1)17勝27分け24敗
(J2)24勝14分け4敗
計110試合(41勝41分け28敗)

映えある監督部門第1位に輝いたのは城福監督。世代別日本代表監督としてAFCU-17選手権で優勝を果たすなど若手育成が評価されると2007年からFC東京の指揮官に就任。ムービングフットボールと呼ばれるボール保持率を高めるスタイルを導入して一躍名を上げます。2010年に解任されたあとは解説や評論家活動に勤しみ、2012年から満を持して現場に復帰。ヴァンフォーレの新監督に就任します。J1から降格しJ2で再出発を図りたいチームは経験豊富な城福監督に再建を託し、序盤は人もボールも動く攻撃的なサッカーをチーム全体で進めるものの、安定感に欠いたためになかなかコンスタントに勝ち点3を積み上げられずにいました。そこで城福監督は1トップのダヴィ選手にチーム全体が合わせていく戦術に変更。するとダヴィ選手は水を得た魚のように躍動しゴールを量産。安定した勝ち点積み上げもできるようになり、周りにダヴィ頼みだとやり方を批判されることもありましたが、しっかりと良い成績は残していき24戦負けなし記録も含む24勝14分け4敗で見事J2優勝&J1昇格の目標を達成させます。J1に上がった2013年は前年の戦術をベースに戦っていきますが、エースのダヴィ選手が退団したことも含めて深刻な得点力不足に陥り、リーグ中盤戦で8連敗を喫するなどチーム状態は絶不調になります。チームのスランプを乗り越えるきっかけとなったのが城福監督が決断した3バックの採用。有事には両ウイングバックも下がって守備に参加することで5バックを形成。それがチームの堅守を生み出しました。それからはこの3-4-2-1システムがヴァンフォーレの戦術の基本となり、2014年も失点数を抑えて勝ち点を稼ぎJ1残留に必要な勝ち点ラインの上を目指す堅実なサッカーで2年連続のJ1残留を達成。プロヴィンチアと呼ばれる地方のスモールクラブがJ1に居続けられる基礎を作り、それを置き土産にチームを勇退。今シーズン限りでの退任が発表された残りの試合では城福監督の功績を評価するようなチャントが歌われ、最終戦のセレモニーでは多くのサポーターが感謝の意を示し、彼の別れに涙を流しました。ヴァンフォーレ退任後は1年の休養を挟み、古巣のFC東京監督に就任。しかしFC東京ではうまくいかずに7月に解任され、日本サッカー協会の活動を経て2018年からサンフレッチェ広島の監督に就任。現在も指揮を執っています。

個人的にFC東京でカリスマ性を発揮する監督の存在を知っていたので、とても良い人材がヴァンフォーレに来てくれたなという第一印象でしたね。J2に活躍の舞台を移し数年かけて若手選手を成長させてJ1昇格にチャレンジしたいと思っていたクラブ側。しかしチームの和を大切にしてダヴィ選手に生き生きとプレーしてもらえるように合わせていった他の選手たちの団結力が2012年のチームにはありましたね。贔屓の選手を作るのでチーム内に亀裂が生まれやすい危険なやり方なのですが、それをうまく調和させた城福監督の存在感と手腕は見事だったと思います。またヴァンフォーレがJ1にいたときには自分が心の奥底でやりたい攻撃的な戦術があったと思いますが、チーム事情を考慮して勝ち点を稼げる確実な守備的システムに舵を切った城福監督の決断力も評価できます。自分の戦術の引き出しを増やす経験をヴァンフォーレではできたと思いますね。それによって堅実性を増したチームは城福監督体制下で2年連続のJ1残留を記録し、彼が去った後にバトンタッチした佐久間監督も2シーズン連続の残留に繋げられたと思います。城福監督が持つカリスマ性で1年でのJ1復帰やJ2優勝&2013年からのJ1定着への足がかりを作ってくれた存在として、指揮を執った3年間の実績は素晴らしく、ダンディーな彼の魅力や派手なガッツポーズで我々サポーターを魅了してくれたことも評価して、監督部門第1位に選出しました。




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