ヴァンフォーレ甲府熱血サポーターへの道!!

山梨に住むユタカのブログ。地元ヴァンフォーレを応援してこのブログもなんと16年目を迎えました。コロナに打ち勝とう!

歴代マイベストイレブン発表~CF~

2020-05-19 | Weblog
ヴァンフォーレの歴代マイベストイレブンを発表しています。最後のポジションはセンターフォワード部門です。



【第3位】須藤大輔選手
在籍:2003年~2007年
甲府リーグ戦試合出場:126試合23得点
☆5年以上在籍
☆100試合以上出場
☆2007年ナビスコカップ得点王

センターフォワード部門第3位は須藤選手。須藤選手は桐光学園から東海大学を経て2000年に水戸ホーリーホックに入団しプロデビューを飾ると、そこでの活躍が認められて2002年には湘南ベルマーレに移籍。湘南では1シーズンプレー。22試合に出場した後の2003年にヴァンフォーレにやってきます。当時松永監督が指揮していたチームで須藤選手は1年目からレギュラーとして活躍。2トップのパートナーに小倉選手がおり、彼とのコンビネーションが冴え渡って36試合7得点を挙げる活躍を残します。2年目はバロン選手と小倉選手&山崎選手が主に2トップを組んだために出場機会が限られ24試合に出場。2005年もバレー選手をトップに置き、長谷川選手と石原選手が両脇にいる3トップが機能したために須藤選手はベンチからの切り札として出番を窺います。それでもシーズン終盤戦に出場機会を掴み、第42節のアウェー札幌戦では後半ロスタイムに2得点を奪うなど勝利に貢献。それがその後のJ1・J2入れ替え戦出場に繋がりました。2006年も常時出場が難しく15試合出場に留まるものの、須藤選手がヴァンフォーレで一番輝いたのは2007年シーズンのことでした。エース候補のアルベルト選手の調子が上がらず人材不足に悩まされた1トップの人材にチームは須藤選手をチョイス。リーグ戦は23試合4得点に終わったものの、ナビスコカップでは8試合6得点と爆発。大会得点王に輝くなど存在感を発揮しました。その活躍が認められてJ1のヴィッセル神戸が彼に目をつけて契約を結びます。神戸では2シーズンプレー。その後は2010年7月に藤枝MYFCに移籍しますが半年間で退団。2010年限りで現役引退を発表しました。現役引退後は指導者に転向し、2011年から2014年まで山梨学院大学サッカー部を務め、2018年6月からはJ3のガイナーレ鳥取の監督に就任。現浦和のレオナルド選手を擁しチームを3位に引き上げるもJ2昇格を逃し、須藤監督は家庭の事情から退団。現在はYBSやDAZNでサッカー解説者として活躍されています。

須藤選手は183cmの体格を活かしたポストプレーとゴール前への飛び込みがうまい選手だと思います。体全体を使って相手を押さえ込みながら前線でボールを収め、パスをはたいてそこから厚みのある展開に繋げていけるので攻撃の起点になれます。また味方のサイドからのクロスボールにタイミング良くゴール前で合わせていけるのも彼の良さで、低いボールでも泥臭くヘディングでゴールにねじ込むことも多かったですね。また基本のプレースタイルは労を惜しまないタイプで、前線で相手ボールホルダーを追っていき精力的なチェイシングを敢行。よく動いてチームプレーも厭わずゴールへ気持ちのこもったプレーもしてくれることから、みんなが疲れてくる終盤の時間帯に起用されるとより彼の良さが活きましたね。須藤選手のヴァンフォーレでのキャリアはライバルたちとのポジション争いが熾烈だった印象で、バロン選手やバレー選手など強烈な外国籍選手の影に常に隠れているかたちとなっていました。我慢のシーズンが続きましたが、決して腐ることなく虎視眈々と出場機会を窺うことができるのも彼の精神的な逞しさが感じられるからだと思います。低迷していた状態から成長していくチームのなかで決して不動の存在にはなれなかったものの彼がいることで確実にFWの選手層が厚くなったこと、J1昇格に貢献してくれたことも評価したいと思います。近い将来指導者としてヴァンフォーレを指揮する可能性にも期待したいですね。


【第2位】バレー選手
在籍:2005年~2006年、2015年
甲府リーグ戦試合出場:90試合43得点

第2位はバレー選手。プロになる前は学校に通いつつスーパーの店員をしていたという異色の経歴の持ち主で、ウルグアイからブラジルの数々のクラブを経て大宮アルディージャへの期限付き移籍で2001年に来日。1年で退団しますが、その2年後に大宮に再び加入。J2在籍2シーズンで40試合以上出場しゴールを量産すると、2005年から活躍先をヴァンフォーレに移します。加入してすぐにスタメンの座を獲得すると190cmの大柄な体格を活かして前線の攻撃の起点となり、ゴリゴリと重戦車のように進んでいく推進力でチームを引っ張ると、38試合で21得点という好成績を記録。柏とのJ1・J2入れ替え戦では第2戦でのダブルハットトリックを含む計7得点を挙げてJ1昇格に貢献。その活躍によって彼の知名度が一気に広まりましたね。ヴァンフォーレが初めてJ1の舞台に挑んだ2006年も変わらずチームのエースに君臨。川崎や横浜&鹿島などの強豪クラブからもゴールを奪い、FC東京や古巣大宮からも2得点ずつを記録するなど30試合に出場し14得点をマークしました。彼の活躍もあってチームはJ1残留に成功。ヴァンフォーレでの活躍が評価され、2007年は前年シーズン3位に入ったガンバ大阪が彼を獲得。ガンバ大阪1年目はJ1得点ランキング2位に入る20得点を記録。2年目も順調に得点数を伸ばしていましたが、夏に中東のクラブから破格のオファーがありUAEのクラブに移籍を果たします。その後はUAEやカタールのクラブを渡り歩き、2013年に再び来日。清水エスパルスに入団します。清水では半年間で16試合4得点という成績を残すものの、その年の夏に中国クラブからのビッグオファーに傾き途中退団。中国で2シーズンプレーした後の2015年5月、ヴァンフォーレに9年ぶりの復帰を果たします。22試合8得点を挙げてJ1残留に貢献。来季に向けた戦力として彼のチーム残留が検討されますが、高年俸の影響や在籍していた以前の頃のハングリーさが失われていると判断されて契約更新を見送られ、このシーズン限りでの退団が決まります。その後はブラジルのクラブに移籍。現在は現役を引退し、代理人ビジネスを展開しているようですね。

バレー選手の印象はとにかく ‘ゴツい’ 。190cmと長身ですが、どちらかと言えばポストプレーなどでゴール前でヘディングを狙っていくタイプではなく、強靭なフィジカルを駆使してガツガツ力強く進んでいく重戦車タイプ。相手マーカーをなぎ払って強烈なシュートを決めるプレーには頼もしさがあり、彼にボールを預けたらなんとかしてくれるという期待感もありました。なにより個人的にはあのダブルハットトリックの凄さを現地で体感しているので、自分にとって彼は偉大な存在というイメージしかないですね。ヴァンフォーレをJ1初昇格に導いてくれた最大の功労者として、そしてJ1という未知の舞台に我々サポーターとともにチャレンジしJ1残留の目標を達成できた仲間として、ゴールを量産した成績も含めて彼を評価しセンターフォワード部門第2位に選出させていただきました。昇格を決めた試合のバレー選手の嬉し涙は今でも忘れませんよ。


【第1位】ハーフナー・マイク選手
在籍:2010年~2011年、2020年
甲府リーグ戦試合出場:63試合37得点
☆2010年J2得点王
☆2011年Jリーグベストイレブン
☆現役選手
☆元日本代表選手

センターフォワード部門第1位に輝いたのはハーフナー・マイク選手。マイク選手は横浜F・マリノスユースから2006年にトップチームに昇格するも、なかなか出番が訪れずに2008年には福岡&2009年途中からは鳥栖に期限付き移籍し試合数&得点数の結果を挙げて経験を積みます。しかし横浜に戻っても出場機会が得られないことを悟ると完全に離れることを決意し、2010年ヴァンフォーレに完全移籍する道を選びます。シーズンスタートはケガの影響もあって出遅れるもののケガが癒えたらスタメンの座を奪って徐々にピッチで存在感を示し始め、チームが彼を攻撃の軸にする戦術にシフトチェンジするようになってからさらにゴールを量産。31試合で20ゴールを決め、見事J2得点王を獲得しました。チームはJ2優勝&J1昇格とマイク選手にとって最高のシーズンになったと思いますね。ヴァンフォーレが2度目のJ1昇格を決めた2011年シーズンは三浦監督のもとでさらに重要な攻撃のピースとして君臨。チームはバタバタし途中での監督交代もありましたが、佐久間新監督が就任してもエースとしての立場は変わらず。J1の舞台でもゴールを量産し、32試合に出場して得点ランキング2位日本人トップの17得点を記録。Jリーグベストイレブンも受賞するなど大活躍の年でした。また同年9月にはW杯アジア3次予選の北朝鮮戦でA代表デビューを飾ると、10月の予選タジキスタン戦で2ゴールと活躍。A代表歴は現在までで18試合に出場し4得点を決めるなど、代表での活躍によって一気に彼の知名度がアップした感じですね。ヴァンフォーレ在籍2シーズンで63試合に出場し37得点と好成績を収めるとそのシーズン限りでヴァンフォーレに別れを告げ、海外クラブからのオファーを受けてオランダのフィテッセに羽ばたいていきます。オランダリーグで2年間実績を積み上げ、2014年7月にはスペインのコルドバに完全移籍。憧れていた夢のリーガエスパニョーラの舞台でしたが思うような活躍ができないまま半年間で契約解除となり、フィンランド生活を経て再びオランダリーグに戻ります。ADOデンハーグでは2年間プレーし一定の成績を収めると、ポドルスキ選手を獲得し大型補強を進めていたヴィッセル神戸に2017年夏に入団。その後は仙台やタイのクラブに期限付き移籍していましたが、求められていた結果が残せずに退団。フリーの状態となり開幕前のヴァンフォーレのキャンプに参加しながら自身のアピールを精力的に続けていき、地道な姿勢が認められて晴れて2020年シーズンに臨むチームの一員となりました。

自分にとってマイク選手は様々な貴重な体験をさせてくれた先生のような存在ですね。2010年にヴァンフォーレに加入するとJ2優勝や得点王、翌2011年はJ1で得点ランキング2位&Jリーグベストイレブンにも輝くなど、今までヴァンフォーレでは味わったことのない未知の体験をサポーターにさせてくれました。なによりヴァンフォーレで活躍して日本代表に選出され活躍したことは素晴らしいことで、ここで頑張れば代表監督が見てくれていて&メンバー入りを目指せることをマイク選手が実践してくれたと思います。身長が194cmと長身ながらも当時はムキムキしていないどちらかと言えば細身の体型。俊敏性もあり、アウェーのC大阪戦ではドスドスとドリブルしているように見えて実は相手マーカーが追いつけないスピードを発揮するなど意外性を披露。またジャンプ力もあったので、ハイボールをジャンプで胸トラップしてそのままゴールを決める離れ業もみせていました。欧州に渡って現地の激しい当たりに負けない屈強なフィジカルを身につけたために、そちらでは通用しても日本に帰ってきたら展開の早さについていけない場面が神戸や仙台で多々あったのは事実だと思います。日本のサッカーに適応できる肉体改造が終わったから正式契約に至ったと思うので、今シーズンが再開したら往年のマイク選手のプレーが蘇ってくれていることを期待したいですね。ヴァンフォーレにいながらそこでのレベルをはるかに越えたレベルのプレーをみせてくれたこと、またヴァンフォーレで頑張れば日本代表や欧州リーグ挑戦もできるんだぞということをヴァンフォーレを応援している子供たちに夢見させてくれたことなどを評価して、ハーフナー・マイク選手をセンターフォワード部門第1位とさせていただきました。




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