実は、私は若い頃、今は亡き弟とともにモータースポーツに夢中でした。
私はラリーに弟はレースにのめり込んでいたものです。
ご存知の方も多いと思いますが、今は亡きキャロッセやクスコで有名になった加勢裕二も幼なじみで家も近くでしたのでいつも三人で近くの峠や妙義山で練習していたものです。
その後「チームやまびこ」というJAF加盟クラブのラリーチームを結成してモータースポーツに参戦していたのです。
当時は日本のモータースポーツの黎明期でした。
私の弟は一般大学に合格したのですが、どうしてもレースができる自動車大学に行きたいと親に迫り、一浪してレース部のある某自動車大学に進学したのでした。
当時はまだフォーミュラージュニア(FJ)のカテゴリーでして、日本におけるフォーミュラーカーレースが始まったばかりでしたが弟は18歳で免許を取ると同時に競技用ライセンスを取得して学生でありながらFJに参戦していました。土屋栄治と言います。私と加勢は弟がレース参戦の時は当時の富士や筑波のピットサービスでサポートしていました。
そんな中で、土曜日の夜になると関東地区の草ラリーにも参戦して連戦連勝し「ラリーあらし」なんて呼ばれたこともありました。
そのくらい、無敵のラリーチームでした。その後、全日本クラスに参戦して大活躍し全日本競技の主催チームとしても有名になったのです。
加勢はその後「キャロッセ」や「CUSCO」のブランドでモータースポーツ業界で大成功したのですが若くして逝ってしまったのは本当に残念です。
弟と加勢が最初に全日本に参戦したときには、加勢が弟のナビゲーターをつとめました。懐かしい思い出です。CⅡバージョンのフルチューンを自分たちでくみ上げました。当時のレビンの2TGエンジンやランサーなど何度も分解してはくみ上げ、足回りを作ったり、テストしたり本当に楽しい時代でした。
その後「やまびこ」には若くてフレッシュな多くの仲間が入り、全国に遠征しました。
昔の懐かしい思い出です。ある晩、買ったばかりのレビンとセリカの新車をテストするために加勢が運転して弟が隣に乗り峠道を攻めていました。私とスタッフは峠の上でタイムを計っていたのですが、いつまでたってもセリカがゴールしません。心配して下りていくと二人が峠道から泥だらけで闇の中から顔を出してきました。よく生きていたものです。
不死身の奴らだと思っていたのですが、あっけなく病で逝ってしまいました。
最近、昔の仲間からこのブログを読んで連絡が入ります。
『イニシャルD』の世界は僕たちの青春なのです。
少し気になるのは、ガソリンスタンドのバカ息子が私なのかな?
豆腐屋がコンニャク屋なのかな?
そしたら、ヒーローは誰なんだ?
どう思うかね? シンヤクン
最近は昔の仲間を思い出しては冥福を祈っています。
私はラリーに弟はレースにのめり込んでいたものです。
ご存知の方も多いと思いますが、今は亡きキャロッセやクスコで有名になった加勢裕二も幼なじみで家も近くでしたのでいつも三人で近くの峠や妙義山で練習していたものです。
その後「チームやまびこ」というJAF加盟クラブのラリーチームを結成してモータースポーツに参戦していたのです。
当時は日本のモータースポーツの黎明期でした。
私の弟は一般大学に合格したのですが、どうしてもレースができる自動車大学に行きたいと親に迫り、一浪してレース部のある某自動車大学に進学したのでした。
当時はまだフォーミュラージュニア(FJ)のカテゴリーでして、日本におけるフォーミュラーカーレースが始まったばかりでしたが弟は18歳で免許を取ると同時に競技用ライセンスを取得して学生でありながらFJに参戦していました。土屋栄治と言います。私と加勢は弟がレース参戦の時は当時の富士や筑波のピットサービスでサポートしていました。
そんな中で、土曜日の夜になると関東地区の草ラリーにも参戦して連戦連勝し「ラリーあらし」なんて呼ばれたこともありました。
そのくらい、無敵のラリーチームでした。その後、全日本クラスに参戦して大活躍し全日本競技の主催チームとしても有名になったのです。
加勢はその後「キャロッセ」や「CUSCO」のブランドでモータースポーツ業界で大成功したのですが若くして逝ってしまったのは本当に残念です。
弟と加勢が最初に全日本に参戦したときには、加勢が弟のナビゲーターをつとめました。懐かしい思い出です。CⅡバージョンのフルチューンを自分たちでくみ上げました。当時のレビンの2TGエンジンやランサーなど何度も分解してはくみ上げ、足回りを作ったり、テストしたり本当に楽しい時代でした。
その後「やまびこ」には若くてフレッシュな多くの仲間が入り、全国に遠征しました。
昔の懐かしい思い出です。ある晩、買ったばかりのレビンとセリカの新車をテストするために加勢が運転して弟が隣に乗り峠道を攻めていました。私とスタッフは峠の上でタイムを計っていたのですが、いつまでたってもセリカがゴールしません。心配して下りていくと二人が峠道から泥だらけで闇の中から顔を出してきました。よく生きていたものです。
不死身の奴らだと思っていたのですが、あっけなく病で逝ってしまいました。
最近、昔の仲間からこのブログを読んで連絡が入ります。
『イニシャルD』の世界は僕たちの青春なのです。
少し気になるのは、ガソリンスタンドのバカ息子が私なのかな?
豆腐屋がコンニャク屋なのかな?
そしたら、ヒーローは誰なんだ?
どう思うかね? シンヤクン
最近は昔の仲間を思い出しては冥福を祈っています。
まっ!“コンニャク”は“豆腐”と違ってしぶとく壊れないんで、二人の分までガンバって!オイラがヒーローかな?・・・
加勢さんと一緒に廻った「やまびこコンペ」時々思いだし笑ってます!
また皆で集まりたいですね。