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胎児の人体をつくりつつある「心」なるものは、無限に聡明であり、習わず修めずして自ら知っているところの「神秘なる智慧」なのであります。

2019-12-25 10:17:31 | 日記

谷口雅春先生は

神の智慧について説明をされた後

次のようにまとめて書いておられます。

この「神秘なる智慧」こそ

「人間の本体」「人間」そのものであるのです。

つまり

“神の子”であり、“生命の実相”なのです。

神想観においては

この「神秘なる智慧」そして「意識ある生命」に対して

絶対他力で無条件全托をいたします。

これが成し終った段階で

「真理キリストの復活」があるのです。

(参考 神癒への道 谷口雅春著 日本教文社)

<胎児の人体をつくりつつある「心」なるものは、無限に聡明であり、習わず修めずして自ら知っているところの「神秘なる智慧」なのであります。>

【ところで「意識(こころ)ある生命」と申しますと、直ぐ我々は、「心」と云うものを、脳髄の作用のように考えたがりまして、「心」が先か、「脳髄」が先かで迷うのであります。しかしながら母親の胎内で、胎児の人体が構成せられている状態を観察いたしますと、無論、母親の脳髄は、胎児の内臓をどう云う様に造ろうなどと考えてやっているのではありません。また胎児自身にも、まだ脳髄が完全に出来上っていませんから、胎児の脳髄が自分の身体をどう云う風に造ろうかなどと考えている訳でもありません。また世界の人体のどんな優秀な脳髄も、いまだ嘗て脳髄の一片を製造する方法を知らないのであります。そうすると胎児の人体をつくりつつある「意識(こころ)ある生命」の「心」なるものは、どんな人間の脳髄よりももっと無限に聡明であり、習わず修めずして自ら知っているところの「神秘なる智慧」だと云わなければならないのであります。】

この「神秘なる智慧」こそ

“神の子”であり、“生命の実相”なのです。

<「人間の本体」「人間」そのものなのです。>

【この「神秘なる智慧」そして「意識ある生命」こそ「人間の本体」「人間」そのものでありまして、それにまかせ切るとき、この複雑な人体が製造されるのであります。】