gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

ペテロの告白(解説含む)

2016-06-18 23:01:58 | 日記
<マタイによる福音書第16章>
(16・13―20)ペテロの告白
(13)イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」
(14)彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだと言っている者もあります」。
(15)そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」
(16)シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
(17)すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
(18)そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉(よみ)の力もそれに打ち勝つことはない。
(19)わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。
(20)そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、、弟子たちを戒められた。

(参考 新約聖書略解 日本基督教団出版局)
・イエスの生涯における大きな山であるペテロがイエスをキリスト(メシヤ)であると告白した記事である。本書は、ペテロの告白ののち、マルコ、ルカが記していないペテロの信仰を賞賛し、彼の信仰の上に新しい教会を建てると言われたイエスの言葉を記している。このマタイの補足(17-19説)は、おそらくシリヤ地方の教会で行われていた口伝によって書かれたものであろう。
・13 ピリポ・カイザリヤの地方は、ヘルモン山のふもと、ユダヤ北端の村で、初めのバネアスという地名をかえて、分封王ピリポが、自分の名を付けたゆかりの地。《人々は人の子を》まず遠回しに人々の意見について問われる。
・14 ヨハネ、エリヤはメシヤの出現に関係の深い人物と考えられていた。エレミヤはメシヤ時代とは特に関係のある人物とは考えられていなかったが、マタイは最大の預言者のひとりとして、彼の名を加えている。
・15 弟子たちをここへつれて来た目的は彼らにこの質問をするためであった。信仰告白はイエスへの責任ある応答であって、他人の問題でなく、告白者自身の問題である。
・16 責任ある答えは簡単にはできない。ほかの弟子たちは人類はじまって以来の最初の問いに対して、どう答えていいか躊躇していたとき、ペテロは、《あなたこそ、生ける神のキリストです》と答えた。ペテロの答えは、そのまま彼の信仰告白である。われわれはペテロの後継者と自称するローマ教皇の僕でなく、ペテロの信仰告白につづく者である。17~19節はマルコにもなく、本書にだけ記されてある記事。ペテロの告白は彼自身の責任において告白されたがイエスは彼にその告白を可能にさせたのは、《血肉ではなく、天にいますわたしの父》であることを教えられた。《バルヨナ・シモン》バルはアラム語でむすこ、ヨナの子、あるいはヨハネの子の意である。《血肉》ユダヤ人は神に比べて人間を言うとき、この表現を用いた。
・18 この時イエスはシモンにペテロという名をお与えになられた。ペテロはアラム語のギリシャ語訳で、ケパすなわち岩という意味である。その名にふさわしい勇気のある使徒になることを望まれた。《わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てよう》「この岩」はペテロという人物でなく、ペテロの信仰告白をさしている。イエス自身は果たして《教会》という言葉を用いられたかどうか明らかでないとしても弟子たちの交わりが新しいイスラエルとして固まってゆくことを願われたにちがいない。《黄泉の力》ゲヘナの代わりにハデスの語が用いられているが、前者は被審判者の苦しみを後者は死者の住む場所を強調する語に多く用いられている。天国に対抗する死(虚無)の力も教会に打ち勝つことはできない。
・19 ペテロに《天国のかぎ》を授けられた。ローマ教会は、この言葉をたてにペテロの後継者である教皇の手に万人の生死を決定するかぎが握られていると主張しているが、イエスはペテロを天国に忠実な家令として「かぎ」、すなわち権威を授けられたのであって、その権威はイエスからペテロに授けられたのであって、ペテロと信仰告白を同じにするすべての人々にも、イエスから同じに授けられるのであって、イエスとわれわれとの中間にペテロだけの権威の存在を認められたのではない。《つなぐ》《解く》ユダヤのラビの熟語であって、ある行為を許可するとか禁止するとかいう意味である。
・20 信仰によらない付和雷同を好まれなかったからである。

リュックかついだ一日散歩の途中で国語研究会にも参加

2016-06-18 22:01:53 | 日記
今日は
国語の研究会に行ってきた。
ウォーキングを始めたら、
活動範囲が増えてきて、
昨年度は出席が少なかった出るべき会合に
出席できる余裕ができてきたのだ。
でも物事を処理する方法が
もたもたしないで
合理的で素早くできるようにもなっている。
国語の研究会では
発表者の良さが私に
以前よりわかるようになっていることに気がついた。
体調も歩くことで本当に良くなり、
リュックをかついだ散歩といった感じだ。
リュックを朝からかついで一日散歩をする中で、
清掃やら数学の個人指導の予習とか、
みんな済ませてしまう感じであって、
家でやるのは
個人指導に実際とブログ投稿のみなのだ。




リュックかついだ一日散歩の途中で国語研究会にも参加

2016-06-18 22:01:53 | 日記
今日は
国語の研究会に行ってきた。
ウォーキングを始めたら、
活動範囲が増えてきて、
昨年度は出席が少なかった出るべき会合に
出席できる余裕ができてきたのだ。
でも物事を処理する方法が
もたもたしないで
合理的で素早くできるようにもなっている。
国語の研究会では
発表者の良さが私に
以前よりわかるようになっていることに気がついた。
体調も歩くことで本当に良くなり、
リュックをかついだ散歩といった感じだ。
リュックを朝からかついで一日散歩をする中で、
清掃やら数学の個人指導の予習とか、
みんな済ませてしまう感じであって、
家でやるのは
個人指導に実際とブログ投稿のみなのだ。