おはようございます。
今朝は少し雲がありますが、気温は9度あり暖かい朝となりました。
6時40分過ぎに緊急地震情報がテレビに流れたので心配しましたが、皆さんはいかがでしたか?
今日も続きをお送りします。
また虎の子南海様にはいろいろ教えていただきありがとうございます。
30日分早速訂正させていただきました。
なにせ年寄で物忘れが多いのでお許しください。
近江鉄道車両
モハ501形 501~506 クハ1501形 1501~1506 12両
自社の彦根工場で車体を新造した近江鉄道初の全鋼製で、台車や機器類などは手持ち品の流用で行われた。
前面は非貫通の3枚窓の平妻タイプで、車体の長さも17m車となった。
この形式の改造のタネ車は次の通りです。
モハ501←モハ134(車体は西武モハ242) クハ1501←クハ1217 (車体は西武クハ1242)
モハ502←モハ8 (車体西武モハ214) クハ1502←クハ1206 (車体西武クハ1259)
モハ503←モハ7 (車体西武モハ211) クハ1503←クハ1205(車体西武クハ1257)
モハ504←モハ155(車体京急400形ー車番不明) クハ1504←クハ1210(車体京急400形ー車番不明)
モハ505←モハ136(車体京急400形ー車番不明) クハ1505←クハ1207(車体西武クハ1260)
モハ506←モハ205(車体京急400形ー車番不明) クハ1506←モハ205(車体三岐モハ140)
郵便車
昭和59年1月31日限りで郵便荷物取扱が廃止され、モユニ10 モユニ11の2両は彦根車庫で休車扱いになっている。
モユニ10は元西武鉄道モハ232で モユニ11は昭和55年にモハ204(車体京王帝都デハ1707、その他手持ちの品流用)
をそれぞれ両運転台型の改造された。
(1) ED142 彦根車庫 S55.9.12.
(2) ED312 彦根車庫 S55.9.12.
(3) ED312 彦根車庫 S55.9.12.
(4) ED313 彦根車庫 S55.9.12.
本日の写真は、電気機関車ですね。
近江鉄道100周年の資料展の行ったときに貰った記念誌によりますと、箱型2両、凸型5両の計7両が在籍していて、そのうちの箱型のED4001型は、S5(1930)年英国イングリッシュエレクトリック社製でS48(1973)年まで、東京の東武鉄道で貨車を牽引しその後近江鉄道に入線しました。また、ED14型は、大正11年国鉄東海道本線東京・国府津間の電化に備えアメリカのゼネラルボールドウイン社製でS36~40年にかけて廃車となり石灰石輸送に強力な機関車が必要なため近江鉄道が払い下げを受ました。また、凸型は、ED311~315まであり、私は、このED311型の運転台を見たことがあります。
すして、ロコ1101型もあり、こちらは、国鉄阪和線天王寺駅で貨車の入れ替えに従事しその後近江鉄道に入線しました。
最後になりますが、11月30日の2枚めの写真は高宮ではなくそのまま多賀駅で、3枚目が高宮駅です。もう1度訂正をお願いいたします。
追伸:話は京阪になりますが、あの教習用の乗務員用時刻表の尾末には、アルファベットは付くのですか?付くのであればどのアルファベットが付くのですか?教えて下さい。お願いいたします。
コメントと説明ありがとうございます。
写真説明再度訂正しました。
京阪の件ですが、列車番号のことでしょうか?
教習列車は試運転(Z)と同じZ0000Yだったと思います。
末尾の記号は行き先ですので寝屋川信号所のNと淀のYがついていたと思います。
また質問ください。
ありがとうございました。