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後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

山林の中の小屋の大掃除に行きました

2013年12月31日 | 日記・エッセイ・コラム

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上は中央高速道路の初狩サービスエリア(下り線)から見た昨日の富士山です。

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上は中央高速道路の釈迦堂サービスエリアと境川サービスエリアの間で見える南アルプス主峰連山の景色です。農鳥、間の岳、北岳が見えます。

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上は韮崎から釜無川岸西の広域農道から見える八ヶ岳です。主峰の牛首岳が右手に見えます。

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上は山林の小屋に上がる悪路から見た昨日の甲斐駒岳です。

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昨日は家内と6年生の孫一人を連れて甲斐駒山麓の山林の中の小屋の大掃除に行きました。

抜けるような青空で途中の道から山々が鮮明に見えました。富士山と南アルプス主峰連山と八ヶ岳と甲斐駒が道順にしたがって次々と現れ、心を奮い立ててくれます。

小屋に着いてから家内と孫は落ち葉焚きを根気良くして、小屋の外を綺麗にしてくれました。

私はチェーンソーを用心深く使って薪切りをしました。

小屋の中で質素な昼食を摂り、午後には壊れて大穴の開いた煙突を取り外しました。家内がハシゴに登ってくれたので次回は煙突修理が完成しそうです。帰りにホームセンターに寄って新しいステンレス製の煙突を買って、帰ってきました。

空気が新鮮な山林の中の小屋で労働をしていると何故か楽しく、そして浩然の気が養われるのです。

晴れ晴れした気分で年の暮れの一日を過ごしました。

そんな様子を示す写真を下にお送りいたします。

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小屋の傍まで上がると雪が残っていました。

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家内と孫が根気良く焚火をして落ち葉や小枝を綺麗にしてくれました。

Img_9122 私はチェンソーで薪切りをしました。

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最後に老朽化して大穴の空いた煙突を取り換えるために身軽な細君がハシゴに登り、壊れた煙突を取り外しました。帰りに新品の煙突を買って、次回に修理を完成する予定です。

上の写真は孫が面白がってハシゴに登っている様子を撮った写真です。


今年のこのブログの掲載記事を振り返って(4)宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」

2013年12月31日 | 日記・エッセイ・コラム

宮沢賢治は悲しい、美しい物語を沢山書きました。

その物語の基調低音は「他人の幸福のための自己犠牲」というものでした。

彼は法華経の精神をそのように理解し、実行しようとして苦しんだのです。

38歳で亡くなるまでの短い人生を苦しんだのです。

随分と昔に亡くなった人ですが、彼の作品は時代を越えて現在の日本人の

心に澄んだ美しい鐘の音を打ち鳴らし続けています。

このブログでも賢治の鳴らしている鐘の音を聞こうと何度も記事を

書いては掲載してきました。

以下に過去2年間に掲載し記事の一覧を示します。それぞれの記事の

後ろに掲載年月日が示してあります。

記事の題目を眺めて、ご興味のあるものをバックナンバーから探して

ご覧頂ければ嬉しく思います。

そして今年は特に「銀河鉄道の夜」を詳しく書きましたので、下に2編の

記事を再録致しました。どうぞ貴方自身の「銀河鉄道の夜」を探す旅に

お出かけ下さい。

今日は大晦日です。この一年お世話になり有難う

御座いました。

皆様の幸多い新年をお祈り申し上げます。

後藤和弘(藤山杜人)

==下は宮沢賢治についての2012年と2013年の掲載記事です==

宮沢賢治の作品を気楽に読む・・・注文の多い料理店、風の又三郎、

オッペルと象、ドングリと山猫、よだかの星、、、掲載年月日:13/10/27

あなたの「銀河鉄道の夜」、私の「銀河鉄道の夜」(2)北十字、鳥捕り、

豪華客船沈没など 13/10/26

あなたの「銀河鉄道の夜」、私の「銀河鉄道の夜」(1)星祭りの夜の

カンパネルラの水死と再会 13/10/25

宮沢賢治、「銀河鉄道の夜」・・・あなたの銀河鉄道、私の銀河鉄道

 13/10/24

「風の又三郎」・・・あなたの又三郎、私の又三郎 13/10/24

金子みすずの童謡詩と鯨の戒名  13/04/10 

みにくいヨタカの姿・・・宮沢賢治の童話「よだかの星」の鳥
13/04/04

宮沢賢治の作品を気楽に読む(11)完結編:注文の多い料理店、

風の又三郎、オッペルと象、ドングリと山猫、よだかの星、、、12/06/01

日本人の手で全世界を佛教国にするという発想は悪くない・・・

そして宮沢賢治のこと  12/05/09

宮沢賢治の作品を気楽に読む(9)「雨ニモマケズ」は法華経から

生まれた詩  12/05/09

宮沢賢治の信奉していた法華経と国柱会の説明  12/05/08
宮沢賢治の信奉した法華経の特徴は何でしょうか?  12/05/08 

宮沢賢治が終生会員だった国柱会とは何か?  12/05/08

宮沢賢治の作品を気楽に読む(8)「注文の多い料理店」の序12/05/08

37歳で逝った賢治の親不幸・・・そして残された原稿の山12/05/04
宮沢賢治の作品を気楽に読む(7)数多くの旅をしていた宮沢賢治12/05/03
宮沢賢治の作品を気楽に読む(6)膨大な作品群に踏み迷う 12/05/02
宮沢賢治の童話集、「注文の多い料理店」の出版 12/04/20

宮沢賢治の作品を気楽に読む(5)大正13年出版の「春と修羅」から12/04/20

宮沢賢治の活躍始まる・・・農学校、羅須地人協会、東北砕石工場技師、

そして東京、樺太、大島への旅  12/04/17

宮沢賢治の作品を気楽に読む(4)盛岡高等農林学校時代の作品12/04/16
宮沢賢治の作品を気楽に読む(3)盛岡中学卒業し、病気で岩手病院に入院  12/04/15
宮沢賢治の作品を気楽に読む(2)盛岡中学3年の頃  12/04/05
盛岡高等農林学校と宮沢賢治  12/04/04 

宮沢賢治の作品を気楽に読む(1)盛岡中学の頃  12/04/03

突然ですが、宮沢賢治の「慟哭」という詩とその朗読をお送りします 11/11/01

===2013年月25日掲載記事:あなたの「銀河鉄道の夜」、

私の「銀河鉄道の夜」(1)星祭りの夜のカンパネルラの水死と再会 

 13/10/25===

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(上の写真の出典は、http://gensun.org/pid/86817 です。)

昨日、「風の又三郎」・・・あなたの又三郎、私の又三郎 という文章を

書きました。

そしてハッと気がついたのですが、宮沢賢治の作品は彼の心象風景や

謎めいた表現が沢山書き込んであります。ですから読む人はその心象

風景や謎めいた表現を自分なりに想像してしまいます。

そうすると宮沢賢治の作品は彼から少し離れて、読んでいる人特有の

ものになるのです。大げさに言えば宮沢賢治の作品は読者の数だけ

違ったものになるのです。

今日から始める、連載記事、”あなたの「銀河鉄道の夜」、私の「銀河

鉄道の夜」” とはそういう意味を込めているのです。

ですから、私の「銀河鉄道の夜」も、読む自分の年齢にしたがって

違ってきます。賢治の作品を何度も読み返している人が沢山いるのは

そのせいもあるのでしょう。

そこで筑摩書房の宮沢賢治全集第十巻の中にある「銀河鉄道の夜」

をもう一度読んでみました。

第十巻には「ポラーノの広場」、「オッペルと象」、「風の又三郎」、

「北守将軍と三人兄弟の医者」、「グスコーブドリの伝記」、

「銀河鉄道の夜」、そして「セロ弾きのゴーシュ」が編纂されています。

その中で何故か「銀河鉄道の夜」には、私にとって理解できない謎が

沢山あって、気になって仕方が無い作品なのです。

しかし最近体力がどんどん無くなってきて、いずれは私もこの銀河鉄道

に乗る運命にあると感じるようになって来ました。

自分がこの世と別れて「銀河鉄道」に乗ったと考えて、この作品を

読んでみると書いてあることがよく分かるのです。

この作品のあらすじです。

夏の夜空にかがやく天の川には銀河が流れていて、そこに鉄道があり

列車が走っているという話です。人間は死んで天に登り、星になる。

ですから銀河鉄道の汽車に乗っている人は死んだ人です。

主人公のジョバンニ少年が、星祭りの夜に水死した親友の

カンパネルラを探しに行きます。カンパネルラは、水に落ちて溺れ

そうになっている友人のザネリを助けるために飛び込んで、

水死したのです。一方ザネリは助かるのです。

カンパネルラを探そうと暗い丘に登って行きます。そしてジョバンニは、

いつの間にか銀河鉄道の汽車に乗っているのです。そして其処で

カンパネルラを見つけ、一緒に汽車の旅をします。

その列車にはいろいろな人が乗ってきます。

ただ一つだけご紹介すれば、大きな氷山にぶつかった豪華客船の

沈没の時、無理にボートに乗らずに死んでしまった少女と弟が

ぬれ鼠で乗って来るのです。大学生の家庭教師も一緒です。

3人は皆、沈没の衝撃で靴を失い、裸足です。それがいつの間にか

温かい柔らかい靴を履いています。それがこの汽車の不思議な

ところです。童話ですから「タイタニック號」という名前は書いて

ありませんが、私はそのように想像しています。

最後に、一緒に乗っていたカンパネルラもみんなも銀河鉄道の

列車から消えて行きます。ジョバンニは降りて現世に帰る時が来ます。

親友のカンパネルラと永遠の別れです。ジョバンニは現世に戻り、

病気の母親を助け、真の幸福を求めて元気よく生きて行きます。

この童話の一行、一行がしみじみとしています。一行、一行にこの

世の悲しみが滲んでいるのです。涙が出て来るのです。

もう一度読んでみてこの作品のキーは死んでしまった愛する人と

再開するという奇蹟です。

再開出来るために重要なのは、ジョバンニとカンパネルラの心温まる

強い絆です。

カンパネルラは川に落ちたザネリを救って、自分が死んでしまうのです。

友のために死んだ者は天国へ行くのです。

行方不明になったカンパネルラの捜索を見ながら、彼の父が自分の

腕時計を凝視して、キッパリ言うのです。「もう駄目です。落ちてから

45分たちましたから。」

この一言に父の悲しみが溢れています。

ですからこそジョバンニは死せるカンパネルラともう一度会わねば

なりません。

そして銀河鉄道の中でカンパネルラを見つけるのです。(続く)

下に参考記事の一覧をつけました。記事の後にある年月日は

このブログ上での掲載日です。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

(下の写真の出典は、http://blogs.yahoo.co.jp/rocky1010akio/folder/1148396.html?m=lc&p=5です。)

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===そして、あなたの「銀河鉄道の夜」、私の「銀河鉄道の夜」(2)北十字、鳥捕り、豪華客船

沈没など  13/10/26==============

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(写真の出典は、http://www.tokyo-np.co.jp/tochigi/watarase/1998/11/です。)
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は難しくて自分には分からないと言う人が多いものです。

しかし非常に感動的で、内容の深い、そして美しい作品であることには間違いありません。

そこで何故、難解なのかを考え、自分流に編集しなおして読むと明快になります。すなはち

「私の銀河鉄道の夜」にするのです。

優れた文学作品を編集し直すということは不遜過ぎると怒ってはいけません。こんな読み方も

あるという単なる一例なのです。天上のお釈迦様のそばにいる賢治様も温かくこんな文章も見て

下さっていると私は信じています。

この作品の難解な部分は、

七、北十字とプリオシン海岸、

八、鳥を捕る人、

九、ジョバンニの切符、

と終わりまです。

この部分は筑摩書房の宮沢賢治全集第十巻の、255ページから300ページと45ページもあり

長いのです。

一方、その前の部分は六つの章に分かれているのに、231ページから254ページまでの23ページ

と短いのです。

何故そうなったのでしょうか。

それは軽便鉄道をモデルにした銀河鉄道がこの物語の主題だからです。そして作者はこの銀河鉄道

の客車がこの世のものでなく、あの世の列車だと強く描きたかったからです。

そのためには客車に乗っている人々も、車窓から見える景色も超自然的に描かねばなりません。

不思議な印象を読者へ与えなければいけません。車窓から見える風景もこの世の常識では

理解されないものです。それは夢幻の世界なので脈略がありません。一貫したストーリがあっては

いけません。

その上、登場人物も風景も数が多過ぎます。

それは宮沢賢治の脈略の無い心象風景の連続なのです。情熱を込めて書き込んだ部分なのです。

ある人の心象風景を他人が読んで理解出来る筈がありません。その世界にスッと入り込でしまえば

よいのですが、それが難しいのです。

私は登場人物や風景を自分好みに省略して、以下のようにしました。

七、北十字と乗客たちのキリストの賛美と信仰

八、鳥を捕る人の不思議さ、そして灯台守の話

九、豪華客船沈没で死せる人々

十、友との訣別とジョバン二のこの世への帰還

上の七の始めの部分で、車窓から、青白く後光の射した島の上に白い十字架が見えたと書いて

あります。それは北極の方角でした。

客車の全ての乗客は立ち上がって、ハレルヤ、ハレルヤ、と神を賛美し、信仰が篤い様子です。

これが北十字の部分です。

法華経の宮沢賢治がキリスト教の信者のことを書いたのです。何故でしょうか?

そもそもこの童話の舞台はキリスト教を信じている西洋のある国と設定されているのです。

死んで銀河鉄道に乗ってくる人々は一応キリストの信者なのです。

あの世に行くということはイエス様の足もとに行くことなのです。ですから当然、始めの部分に

北の十字が出てきます。そして終わりの部分に出て来る南十字星へと繋がって行くのです。

宮沢賢治は熱心な仏教徒でしたがキリスト教も好きだったのです。

この同じ章にあるプリオシン海岸は飛ばし読みします。

八、鳥を捕る人の不思議さ、そして灯台守の話

この部分は6ぺージくらいしかありません。

鳥を捕ってそれを平らな形のお菓子にしてしまいす。それを商売にしている人が乗り込んで来るの

です。

その鳥を捕る人は、列車が停車すると、客車の外に出て、空から降りてくる鳥の足を次々に

つかまえるのです。つかまえた鳥を大きな袋に入れるのです。

袋の中で鳥たちの目が光っていますが、次第に弱々しくなり、しまいには消えてしまいます。

鳥の息が絶えたのです。そうするとその鳥たちは平べったいお菓子に変わるのです。

そして客車に帰ってきた鳥捕り人は、その鳥のお菓子をちぎってジョバンニとカンパネルラへ

与えるのです。傍の灯台守も調子よいことを言いながら一緒に食べます。

内容が不思議な上、童話的に面白いので誰でも丁寧に読むと思います。飛ばし読みはしない方が

良い部分です。

九、豪華客船沈没で死せる人々

丁度、宮沢賢治がこの童話を書いている頃にタイタニック号が沈没します。

そして、ある豪華客船に乗っていた少女と弟と、その家庭教師がずぶ濡れになって

銀河鉄道に乗り込んでくるのです。みんな裸足で、青ざめています。

この部分は268ページから296ページまでの28ページもある長い部分です。

九の豪華客船沈没で死せる人々、と 十の友との訣別とジョバンニのこの世への帰還、

を纏めて、原本では、一つの章にして、「ジョバンニの切符」という題にしています。

そこで私はそれを二つの章に分けて読みやすくしてみました。

その上、九 豪華客船沈没で死せる人々、を読むときは死んだ少女とカンパネルラやジョバンとの

会話を拾い読みすると脈絡がつながって明快になるのです。

そして、十の友との訣別とジョバンニのこの世への帰還、の始めの部分の296ページで、

カンパネルラが不思議な石炭袋のそばで本当の天上を見つけるのです。そこに、先に死んでしまった

カンパネルラの母が見えるのです。(カンパネルラの水死の場面で父親しか描かれていなっか

謎が解けるのです。)

カンパネルラはアッというまに母の方へ飛んで行ってしまいます。訣別がこうして起きるのです。

「ジョバン二はまるで鉄砲玉のようにたちあがりました。そして誰にも見えないように窓の外へ

からだを乗り出して、力いっぱいはげしく胸をうって叫び、それからもう咽喉いっぱいなきだしました。」

その後、ジョバンニはこの世に帰ってくるのです。そして母と一緒に住むのです。

この部分は5ページだけです。

この悲しい、美しい物語の基調低音は「他人の幸福のための自己犠牲」です。宮沢賢治の多くの

作品の基調低音と同じです。彼は法華経の精神をそのように理解し、実行しようとして苦しんだのです。

38歳で亡くなるまでの短い人生を苦しんだのです。(続く)

それはそれれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

(下の写真の出典は、http://www.voiceblog.jp/ilmuffin/car36.htmlです。)

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