伊澤孝平著、「そういう時代の旅と人」ではイタリーについてかなりのページ数を使って訪問した各地の歴史を詳細に紹介しています。
博覧強記でもあり歴史観が自分の身についているので、訪問先の観光地が生き生きと描き出されているのです。
特に感動的だった部分はローマ時代の政治、商業の中心広場、すなはちフォールムに立って、帝政ローマの栄枯盛への思いを馳せた部分です。
「・・・このフォールムは嘗てローマの盛時にあっては、政治上又は宗教上の大廈高楼が聳え、公共建築が軒を連ねていたのである。殊に帝政時代には、最もその豪壮を誇ったのであるが、紀元後三世紀の終葉頃大火に見舞われ、更に五十年後にはその荒廃を著しくし、ローマ市の衰退と共に、このフォールムも荒廃の一途を辿ったが、かてて加えて蛮族の侵入、地震などの災害も重なって、完全に廃墟として埋没し去ったのである。永い間、嘗ては大理石の敷き詰められていた床の上に、雑草が繁茂して、家畜の遊歩場と化していたが、一八七0年以来、イタリー政府の尽力で、発掘事業が開始され、二十世紀の初頭に至り、フォールムの全貌は、初めて日の光に浴することとなった。
このフォールムの中に、夕焼けと半月とを天空に眺め乍ら、私は立った。円柱の一本一本、敷石の一つ一つ、柱石の一基毎に、二千年の歳月の流れを感じる。
・・・昔日の儘だという泉があって、清冽な水が滾々と湧いているのを見たときは、二千年の歳月が急に短縮せられて、ローマの昔が昨日のことのように思われたりした。・・・・」
上の文章を読むと、ローマの人々の驕りと悲運が目に見えるようです。下に復元されたフォーラムの写真を示します。
ローマのフォーラム(政治、商業の中心広場)の上の写真の出典は、http://blogs.yahoo.co.jp/igayaanna/27642860.html です。
イタリーへはスイスのチューリッヒ、ローザンヌ、ジュネーブに泊まり観光した後で、北イタリーの湖水地方を列車で通りミラノに入りました。下にその湖水地方の風景写真を示します。
・この上のイタリア北部のガルダ湖の写真の出典は、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%80%E6%B9%96です。
ミラノでは有名なミラノ大聖堂を見物し、その建築物や彫刻の作者や歴史的事実を詳細に書いています。以下は伊澤氏が感動して、詳細な見聞記を書いているミラノ大聖堂の写真です。
上の写真の出典は、http://oasis.halfmoon.jp/extphoto/ita_main.html です。
そして下にミラノ大学の写真を示します。
・上のミラノ大学の写真の出典は、http://41893773.at.webry.info/200908/article_32.htmlです。
イタリーではミラノ、フェレンツェ、ナポリ、ローマ、ヴァチカン、ナポリなどを丁寧に見て回ります。下にナポリの写真を示します。
・上のナポリの風景写真の出典は、http://www.tripadvisor.jp/Tourism-g187785-Naples_Province_of_Naples_Campania-Vacations.htmlです。
伊澤孝平著、「そういう時代の旅と人」を読んで驚嘆したことは著者の教養の深さです。ヨーロッパの歴史に詳しいのです。その上で旅行記を書いているのでその内容が現在でも役にたつのです。
現在はブランド物の情報やグルメ情報は豊富に持って観光旅行に行く人々が多いようです。しかし伊澤孝平氏のような歴史的教養を持って観光に行く日本人は少なくなりました。
それも時代です。そんな時代になってみると、伊澤孝平著、「そういう時代の旅と人」という本は実に貴重な存在になります。
このブログでもイタリーに4年間も住み込んだ竹内義信氏の連載記事も掲載してあります。以下のような連載記事をクリックして、お読み頂ければイタリー理解が一層深まると思います。
竹内義信著、「イタリアの魅力とその混沌」(1)その魅力のいろいろを纏めてみました
竹内義信著、「イタリアの魅力とその混沌」(2)社会の混沌ぶりと犯罪の多発
竹内義信著、「イタリアの魅力とその混沌」(3)イタリアの地域主義
竹内義信著、「イタリアの魅力とその混沌」(4)確かな仕事をするイタリア人管理職
竹内義信著、「イタリアの魅力とその混沌」(5)イタリア料理の知られざる世界
(続く)