仙厳園・反射炉跡
平成30年11月19日~22日迄九州方面(鹿児島県)に妻と旅行に行きました。
今回のブログ鹿児島旅行もいよいよ最後に成りました。ブログ愛好家の皆様大変
長らく、私の下手くそなブログを見て頂き誠に有難うございました。
今回のブログ第10弾目は、仙厳園・反射炉跡をお入れ致します。
◆それでは少し仙厳園・反射炉跡を述べて見ます。
歴代島津藩主の別邸であった仙厳園は、雄大な桜島と錦江湾をそれぞれ築山と池
に見立てた壮大なスケールの借景のが美しく、天下の名園といわれ、1958年に
国の名勝に指定されました。仙厳園の入り口明治日本の産業革命遺産とは、幕末
の1850年から明治時代末期の1910年迄に築かれた産業遺産群のことで、23の
構成資産が九州・山口を中心に、全国8エリアに点在しています。
1658年(万治元年)19代島津光久の代にこの地に別邸を構えたのが始まりで、
以後代々の当主に受け継がれてきました。広さは約1万5千坪。名勝として国の
文化財に指定されている名園です。鹿児島県鹿児島市、仙厳園、鹿児島県鹿児島市
吉野町世界遺産「明治日本の産業革命遺産、製鐵、製鋼、造船、石炭産業」構成資
産(旧集成館)仙厳園・国指定名勝です。仙厳園通称磯庭園島津氏は、12世紀末、
源頼朝から島津荘地頭職、薩摩・大隅・日向3ケ国の守護職に任命された推宗忠久
が、島津を名乗ったことに始まります。江戸時代になると、島津氏は、琉球の支配
も認められ、72万石の外様大名として南九州全域を治めました。