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京都・環境ウォッチ

いま京都で起こっている環境問題、自然環境の変化などにかかわって、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

「コケガ」との遭遇

2007年06月10日 | 環境
カシナガ感染木を覆ったビニール包みの「補修」作業を行っている時に
遭遇しました。
「コケガ」の仲間だそうです。
少し調べましたが、名前がわかりません。
色使いは、南系ですが
どなたか、ご存知の方、教えていただけたら幸いです。

「協調と心地よさと―変わる日本の環境思想」?-朝日の記事を読む

2007年06月04日 | 環境
6月2日付の朝日新聞文化欄に、
「協調と心地よさと 変わる日本の環境思想」という記事が載っている。

詳細は直接読んでいただくとして
その主旨は、
「不都合な真実」のロングランなど、環境問題への関心の高まりはめざましい。新しい活動も起こっている。それには「一世代前の反公害闘争やその後の反原発運動とは大きく異なる特徴があ」り、それは「経済成長の『壮大な物語』が破綻した中で、矛盾を抱えながら幸せの意味を問い直している。かわいそうな弱者の救済でなく、『自分自身が新しい物語を生きる』試み」であり、「企業や行政と対決ではなく協調していこうとする姿勢も鮮明」というもの。

記事では、鬼頭秀一・東大教授の異論も載せている。
「92年の地球サミット以来、国際的には先住民差別など社会的不公正と環境汚染や貧困とのかかわりを問う『環境的正義』の議論が成熟してきた。『でも日本ではそうした変化が反映されない。環境を政治的争点として受容しないからです。対立があるという認識に欠け、ムードが先行する』」
環境経済学の宮本憲一・大阪市大名誉教授の論文も紹介されている。
「公害は終ったとして国が環境政策の中心を地球環境問題においた時点で、発生源の責任を社会経済システムから文明一般に変え『拡散』させた」

記事は
原子力資料情報室の伴氏の「新たな環境問題への関心のうねりを『肯定的にとらえたい』」との発言、自らも青森・六ヶ所村の核燃料サイクル施設の反対運動に取り組む音楽家の坂本龍一氏の「次は『行動をうながす局面に入っ』てくる」との言葉で締めくくっている。
「自由で不定形な新たな思想の『その先』が問われている」とのことだ。

記事の主張は、“バランス”を取りつつも明確だ。
それは、見出しの「協調と心地よさとー変わる日本の環境思想」に表れている。
・企業や行政と対決でなく協調していこうとする姿勢も鮮明だ
・企業が加害者、市民が被害者だった時代と違って・・・
これらは、現実の描写や、取材した代表者の言葉に形を借りて、「記者の思想」を述べている。

しかし、記者の批判は、極めてステレオタイプ、余りにも固定的でないか、
私自身の体験でも、これまでの「一世代前の運動」も、そんなに紋切り型ではなかったと思う。
例えば、
私たちが取り組んだ「大文字山ゴルフ場建設反対運動」
京都市左京区にある、五山の送り火で有名な大文字山の東側に
ある企業がゴルフ場を作ろうという動きが、1988年の夏、突然明らかになり、
私たちは、ゴルフ場での農薬使用の問題や
花崗岩が風化した、もろい地質の現場(白川上流)の開発は、
大きな災害を引き起こす可能性があることなどを訴え、反対運動を始めた。
“こんな所にまで乱開発の手が伸びるのか!”
これは、別に「かわいそうな弱者」のための運動などでなく、心地よさを確保し続けたいという私たちや市民の思いが土台をなしていた。
言われるように、はっきりした「建設反対運動」だが、
活動は、そんなに心地の悪いものではなかったし、大文字山の自然に触れながら、結構心地よいものだった。

“心地よさ”はそれぞれで
そんなにバッサリ決めつけないでほしい、ですね。

記者は、大文字山に登ったことがありますか?
先日も、子連れの若い夫婦や、元気なお年より、少年たちのグループや若者が
たくさん大文字山を登っていました。
上り口の湧き水も、よく利用されています。
朝早くから近所の方がたくさん登ってこられ、水を汲んでいく方もおられます。
こうした私たちにとって
「大文字山の上のゴルフ場」は、決して心地よいものではありませんでした。
だから、「建設反対」でした。
京都市は、これを推進する立場でしたので
言われても、簡単に「心地よく、協調」とはいきませんでした。
運動は、心地のよさを引き続き確保するための運動でした。

これは「昔の話」で、今は「企業が加害者、市民が被害者だった時代とは違う」?
そんなことはないと思います。地球温暖化問題でも、石油やエネルギーは使い放題、一方で、それが引き起こす地球環境への負荷について、市場に反映される仕組みづくりにはあくまで反対する日本の産業界、こうした状況はもっと明らかにされていいのではないでしょうか。「経団連」は、温室効果ガスの排出目標は、あくまで「自主目標」に固執し、その結果、日本は6%削減の達成さえ、そのメドが立っていません。今私たちが迎えている状況を考えた時、こうした問題は、もっと問われていいと思いますし、その時、「協調」ばかりでは、力になりませんね。
私も、伴氏が言うように、新たな関心のうねりを、肯定的にとらえますし、坂本氏の言うように、「次は『行動をうながす局面に入っ』てくる」と思っています。

だから、
この記事の見出しは、次のようにしたらどうでしょうか。
「社会変革と心地よさとー広がり見せる日本の環境運動」

いかがですか?



トンビにサンドイッチ

2007年06月01日 | 環境
写真は、御池大橋の下のヨウシュヤマゴボウです。

この少し北での出来事でした。

鴨川ではよく野鳥にパンなど餌をやっている人を見かけます。
ハトはいつもですが、あるときはユリカモメ、そしてカモ、
カラスも来るし、トビも一緒についばんでいます。
午後、北に向かって走っている時
少し前方で、外国人が乗る自転車の前輪にトビが飛び込みかけました。
上方には、七・八羽が興奮して飛び交っています。

えっ、どうした?

次の瞬間、河岸の歩道に、ハンカチと包装紙が舞ってきました。
それを追って、草陰から姿を見せた女性がハンカチを拾い上げて
こちらに歩いてきます。

「トビですか?」
「ええ、パンを全部持ってかれました。びっくりしました。」

現場には、サンドイッチのレタスの欠片が落ちていました。
一羽のトビが、中洲に降りて、何かを食べているのが見えます。
犯人です。
以前はそんなことはありませんでしたが、最近はよくトビの被害が出ています。

私も取られかけたことがあります。
後ろから急に来ました。
気づいた時には、顔の横を大きな影がザッと通り過ぎていきました。
彼らは、上空高く旋回しながら
“美味い餌”のパンを探しています。
そして、背後の電柱や桜の木に留まって
目標を見定めたら
音もなく降りてきて
ザッと、パンやサンドイッチを奪っていきます。
私と餌を獲り合ったトビは、残念ながら左手に爪を引っ掛けただけでしたが
今日の女性は、レタスの欠片を残して完璧にやられていました。

この件は「テレビ沙汰」になったことがあります。
野鳥の会の関係者が「野鳥に餌をやってはダメ」と訴えていましたが
そのうち、餌やりは復活しています。
餌やりの人にとっては、癒される“自然との交歓”でしょうが
トビにとっては「互いに打ち解けて楽しむ」ことなどでなく
必死の餌の確保です。
<人間>=<ビニール袋>=<美味い餌>と学習すれば
人間が空にまくのを待つまでもなく、彼らが餌を奪っていくのは当然です。
餌付けされた野生の猿と人間の関係は問題になりました。
今のところ人の手から餌を奪っていくのはトビだけですが
カラスには、しっかり観察されている気がします。

四条通のトランジットモール化

2007年05月31日 | 環境
昨日、京都市は、市内中心部の四条通を烏丸通から川端通まで、マイカーの通行を禁止し、トランジットモール化する構想を発表した。
四条通の車線を半分にして、両側の歩道を現在の3.5mから7mに広げ、歩道をゆったり楽しめる空間にするというもの。
今年十月に大規模な交通実験を行い3年以内の実現を目指すという。ぜひ実現させたい。

私たち「京都の空気をはかる会」は、
祇園祭で行われる交通規制の期間、その影響を見るため四条通界隈のNO2の濃度を測定したことがある。
大きくはなかったが、部分的な規制でも、この間の数字は小さくなった。
全てその影響と単純にはいえないが
感動したことがあった。

祇園祭、宵々山は午後6時から四条通が完全に歩行者天国になる。
もちろん川端通などは車が行き交うが、それでも東西の通りは異空間にかわる。
車が止められると、車道にしみだした人が、
急に自由を取り戻した人間のように、伸びやかに動き出す。
調査用のカプセルを持って、四条大橋を渡りかけた時、
サッと、風が吹き込んできた。
風の匂いを感じながら、北山の空気を感じた。
ああ、ここにやって来る空気は、北山の風なのだ。
京都の空気は、自動車の排気ガスで汚されているのだが
決してとどまっているのではない。
明け方にかけて浄化されながら
この水準を保っている。
こんな都会の真中でも、山々の恩恵をうけているのだな・・
北山の恵みを、四条大橋の上で身近に感じた瞬間だった。
四条通のトランジットモール化、これを第一歩に
車に頼りすぎる社会のあり方を変えていけば
京都の中心部でも北山の空気に包まれる豊かさを感じられるようになるかもしれない。
その可能性を、京都という街のつくりは持っている。
こんな空間を、ぜひ実現させたいと思う。



これが、私たちのつけているNO2調査用のカプセルです。(四条河原町で)

5月31日、1日は全国空気(NO2)調査の日

2007年05月29日 | 環境
26日、京都の空気をはかる会の2007年の準備会を開きました。
今年の京都の調査では、新しいメンバーも増えて
伏見区や乙訓での調査スポットが広がりそうです。
31日は夕刻から交差点を中心にカプセルをつけて回ります。
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NO2の影響に関しては、昨年から今年にかけて
いくつかの注目する報道がありました。

「大阪市の小学生ーぜんそく30年で5倍」(産経06.10.22)
・「大阪市の小学生が気管支喘息にかかる率が過去30年間で5倍に達し、40人学級に3人の喘息患者がいる計算になることが21日、市民団体「いのちを環境ネットワーク」(大阪府寝屋川市)の調査で分かった。・・・」

「胎児期のディーゼル排ガスー自閉症発症に関連の疑いー東京理大グループマウス実験 脳神経細胞に異変」(毎日06.6.3夕刊)
・「ディーゼル自動車の排ガスを妊娠中のマウスに吸わせると、生まれた子どもの小脳にある神経細胞『プルキンエ細胞』が消失して少なくなることが、栃木臨床病理研究所と東京理大のグループによる研究でわかった。自閉症では小脳にプルキンエ細胞の減少がみられるとの報告もある。・・・」

レスター・R・ブラウンの講演会

2007年05月16日 | 環境
5月22日、京都大学で
「地球白書」で有名なレスター・R.・ブラウンの講演会があります。
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初めて読んだワールド・ウォッチの「地球白書」は「1989版」だった。
毎年発行される同書は、その後、必読書となった。
1989版の訳者、松下和夫氏は
本書を「理性に訴えるヒューマニズムの書」と書いたが
レスターは科学を通じて、人類の感性にも訴え続けている。
私にとっては、地球問題を解き明かしてくれ、それとともに格闘する書になった。
1989年版の第一章「地球環境時代ー危機に立つ人間と自然」は、こんな書き出しで始まっている。
「1988年を振り返った歴史家は、この年を環境とそれに対する人々の関心が大きく変化した年と位置づけるかもしれない」
この書の記述と『今』を比べてみると興味深い。

「危機を認識することから変化が始まる」-「社会的変化は、人々が社会を構成しているいくつかの要素に対する認識方法を変えた時に始まる。ある劇的な出来事やカリスマ的なリーダー、あるいは教育を通じての漸進的な目覚めによって、人々は『知覚的認識の閾値』を越えて、自分たちの世界のある側面を新たな角度で見て、そして判断するようになる。このような認識の変化はしばしば倫理的な要素を伴っている。」
「現在明らかになりつつある環境の危機に的確に対処するためには、自然システムと人間との関係についての人々の認識が、新しい閾値を越えることが必要であろう。」
「政府は、これらの問題に対処するために必要な抜本的改革に人々が賛成するだろうという強い確信がなければ、必要な行動を取ろうとしない。したがって、今すぐ必要なことは、あらゆるところで個人個人が、政治的指導者が対応せざるを得ないくらいに、自分たちの理解や関心を高め、声をあげていくことである。その啓蒙と運動の過程には、事実を知らせるだけでなく、政治的行動を起こさないことの結果も合わせて警告するような科学者が重要な役割を果たすだろう。メディアも同様である。」
「社会は、大きな生態的危機に突入する前に、認識の閾値を越えられるだろうか。まだまだ生活態度や優先順位の大きな変革が必要だが、行く手にはかすかな希望の光も見える。」
自らの不安を取り払うような、この「希望への確信」が、今に至るまでレスターを貫いており、それが熱く心に届く。
閾値は、必ずやってくるが、いつのまにか水がコップの縁からあふれるようには来ないだろう。皆の水を汲む手が増えること、増やすことへのシステムづくりと運動に冷静に力を込めることが、絶えず求められるのだろう。
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パネリスト
Lester R. Brown(米国アースポリシー研究所 所長)
新宮秀夫(NPO京都エネカン代表、若狭湾エネルギー研究センター所長)
松下和夫(京都大学大学院地球環境学堂 教授、地球環境政策)
新山陽子(京都大学大学院農学研究科 教授、フードシステム論)
小西哲之(京都大学エネルギー理工学研究所 教授、核融合エネルギー)
手塚哲央(進行役:京都大学大学院エネルギー科学研究科 教授、エネルギー経済)
タイムテーブル
13時20分 開会の辞(八尾 健(京都大学大学院エネルギー科学研究科長))
13時30分 講演:レスター・R・ブラウン
14時45分 質疑応答
15時30分 パネル討論
16時50分 閉会の辞(横山俊夫(京都大学副学長・大学院地球環境学堂 三才学林長・人文科学研究所教授) )

日時 2007年5月22日(火) 13:20~
場所 京都大学百周年時計台記念ホール
(京都市左京区 京都大学吉田キャンパス)
参加費 無料 先着500名


小倉山通信07225

2007年02月27日 | 環境
「小倉山を見つめる会」から通信が届きました。
こちらは、「ナラ枯れ」でなく、「松枯れ」対策で頑張られています。
現場での今年度の市の作業は、以下、完了したそうです。
 ①、これまで「小倉山を見つめる会」が倒した松は
   9月から12月で123本。それまでのものもあわせて
   約200本。これらの搬出と処理は完了したとのこと。
 ②、市は1ヶ月かけて、枯死木や間伐対象木を約400本、
   切り倒して、搬出・処理したそうです。
 その他、コバノミツバツツジやアセビの植栽、外周フェンスの一部
 補強が行われたとのことです。

京都市内でも、今年の桜は、3月20日ごろには
開くのでしょうか?
それとも逆に、「遅れ始める」のでしょうか?
小倉山の山頂は、間違いなく「早い」と思います。

呼吸器系の病気と環境

2006年11月30日 | 環境
今年10月22日の産経新聞に「大阪市の小学生 ぜんそく30年で5倍」の記事が載っています。その関係で、京都市はどうか?そんなことを思って調べてみました。
京都府総務部統計課生活係の発表している「平成17年学校保健統計」に、平成7年と比べた幼稚園、小学校、中学校、高等学校生徒の「主な疾病・異常等の推移総括表(単位%)」(京都府)が載っています。

        平成7年度  平成17年度
 喘息 幼稚園  0.2     0.6
    小学校  1.8     2.8
    中学校  1.0     2.3
    高等学校 0.7     1.1

 かなり増えています。

この件で、28日、京都市教育委員会を「京都の空気をはかる会」として、Kさんと訪ねました。私たちが6月に行った、京都市内の約百箇所の交差点でのNO2調査結果をまとめたマップを届けました。その傍ら、「学校保健統計」の基礎となる各学校の、子どもたちの喘息にかかっている率がわからないか、今後の協力の要請と合わせてうかがいました。
残念ながら、市教委には「その資料は残っていない」とのことでしたが、京都市の「ぜんそく」り患率推移の表を戴きました。
   
         平成4年度 平成7年度 平成17年度
 喘息 幼稚園  2.25    2.02    0.76
    小学校  3.46    4.01    4.67
    中学校  2.18    2.50    3.84
    高等学校 0.69    0.98    1.77
  平成4年度の幼稚園を除いて、やはり増大しています。

先日の「京都の空気をはかる会」の交流集会でも、自分たちの住む学区の空気(数値)と自らの呼吸器系の異常についての関連に話題が集中しました。学校でのり患率のばらつきとNO2マップを比較できたら、子どもたちの健康増進を考える上でも役に立つのでは、と思います。「ぜひ、ご協力を」と、お願いしてきました。


小倉山訪問

2006年11月24日 | 環境
23日、「小倉山を見つめる会」と「京都・水と緑をまもる連絡会」の合同企画で小倉山を訪ねました。生憎の曇り空でしたが天気予報が”予想”した雨にはならず、午前中の作業に参加できました。

「小倉山問題」とは、「1982年、京都市右京区の嵐山近郊にある小倉山の山頂付近に、旧国鉄が山陰線複線電化に伴う小倉山トンネル工事で排出される土石を投棄、『工事完了後速やかに搬出し現状回復する』としていたのに、引き継いだJR西日本は工事完了後これを放置、その後、土石を搬出することなく植林で”復元”するよう計画を変更、京都市もこれを了承。地元住民は、『残土放置は古都保存法違反』と京都地方検察庁へ告発したが、却下されてしまった」事件。
地元住民や関係者は「小倉山を見つめる会」を作って、その後も小倉山山頂の”復元”の監視と市民自ら手を尽くしての小倉山の”ケア”を続けています。
上の写真は、「見つめる会」代表の川越さんの説明では、「植林したコナラやカエデがほぼ全滅し、再度植林を行った斜面」です。


こちらの写真は、今回も作業した斜面です。遠くから見るとわかりにくいのですが、アカマツがかなり密集しています。それでも、「会」の皆さんを中心に、枯死木の伐倒と処理の活動が何度も何度も繰り返され、その努力が松林に少しづつ結実しつつあります。




この写真は、当初の京都市の”植林”以降、整備の手が十分入っていない松林です。モヤシのようなマツがなんとか生えていますが、体を屈めないと歩けない程の場所もあります。「京都市も”植林”したら、それでいいのか。もっと整備の手をいれるべきではないか」「JR西日本も一度現地を訪れて、自社の所業を自らの目で確かめ、会社として何ができるか、考えてもらう必要があるのではないか」との声が出ていました。全くその通り、と思いました。



京都のフェロシルト事件 3

2006年11月11日 | 環境
この最後に、京都府の担当者とのやり取りと、若干の感想を書きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私とKさんの二人で申し入れに行って来ました。
(お相手は府の担当者です)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
担当者:「ゴルフ場にフェロシルトが使用されている」との
情報(愛知や三重で使用、三重県ではリサイクル商品とし
て認定)。5.6万トンがゴルフ場の谷の埋め立てに使われ
ていた。鉄が40%ほど含まれていて、水が赤色に。
雨で川に流れ込んで汚染。放射能と六価クロム。
05.6月に知った。池の出口で水の調査を行う。
六価クロムはないと確認。ゴルフ場の調査は石原産業が
行い「六価クロムは基準以下だった」と報告。それ以後、
データ改ざんがわかる。
05.11月、周辺も検査し「基準以上」。撤去を命じる。
現在は、石原産業と地元が搬出のための話し合いを持
ち、ルートなど調整中。05.12月、「その下にも層が
ある」という話があった。石原産業はフェルトシルトを
持ち出すため12ヶ所のボーリング調査を行った。
畑4箇所もやった。下層に移行する(水汚染)が心配。
石原産業は全部で六価クロムを調べた。そのうち
二本は他の全層の検査も行った。
府はクロスチェックしようということで、その時に盛り
土層の検査も行った。コアを採取したので、念のため調査をやることになった。
後になって調査が決まった。
06.1.20ごろスタートした。サンプル採取は1回、
検査は3回。採集方法が適当でなかった。現地には
説明し、揮発性有機物質の調査結果については
(その後)削除した。
地下水の安全について、調査したが、岩盤まで
あたったが水は出なかった。

私:「京都民報」(週刊紙)では
「12月下旬に行われた業者のボーリング調査に
立ち会った住民らは、採取された黒いヘドロ状の
土の異臭に
『メタン(ガス)ちゃうか』と声をあげました。
『山の土は茶色ですよ。黒い土など出るはずはない』
『周囲の土が乾燥しているのになんでここだけびしょ
びしょなんや』・・・身を乗り出し、採取された土壌
に驚きます」と書かれているが、谷筋というのに水が
出ないのですか?京都府は「水は出なかった」と
いうが、民報にかかれている事実については
「これは事実と違う」「府は認識していない」
ということですか?

*いろいろ曖昧なことを言われていましたが、
最終的には、民報の記載について認めました。
(が、なかなか認めようとはしなかった)

「念のため調査」なのに、なぜこれが「検出されず」の
新聞発表にまでなるのか。関係者なら、長期に放置した
サンプルではダメなとこと重々わかっていながら、
これを「安全」の発表にしてしまうのは、誰が指示したのか?
 
担当者:今度のことはほんとに痛い思いをしましたので、
しっかり肝に銘じてやっていきたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「安全宣言」を指示した責任者は、京都府の環境部局の誰かでしょう。当然、責任ある地位の人です。乾ききったサンプルを”分析”して、「揮発性化合物」を”検査”し、その結果を”安全”と発表する。その責任者は、自分一人でこれを決めたのでしょうか?それとも、誰かに相談したのでしょうか?その人たちは、何に気づかったのでしょうか?その気づかう関係があるとすれば、どんなものだったのでしょうか?

〇議員が視察しても、「こんなことに気づく議員がいる
 はずはない」とたかをくくっていたのでしょうか。
 しかし、これに気づいた議員がいました。
〇現場を知っている京都府環境部局の責任ある人たちは、
 イロハのイを踏み外した対応に”痛み”を
 感じなかったのでしょうか?
〇京都府知事選挙を前に、現職知事をかばうこと
 ばかりに心を砕いたのでしょうか?
〇そもそも、今回の「逮捕」と事件の全容を見た時、
 この石原産業という企業と行政のただならない関係を
 考えてしまいます。京都府が、当初は企業の調査結果を
 そのまま「信用」、そして、検査のイロハのイをも
 踏み外してまで、「安全宣言」。
 しっかり肝に銘じてほしいのは、この「構造」では
 ないでしょうか。そして、石原産業のフェロシルト
 事件については、ただすべき深いものが多々あるなと、
 思いました。 

京都のフェロシルト事件 その2

2006年11月10日 | 環境
先日の続きです。京都・水と緑をまもる連絡会で私とKさんが京都府知事宛に申し入れを行いました。その時の申入書を紹介します。

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京都府知事 山田啓二殿
 2006年3月24日 
 京都・水と緑をまもる連絡会

加茂町のフェロシルト下層部の「土壌検査」についての申し入れ

 加茂町ゴルフ場のフェロシルト下層部の土壌検査について、申し入れと
 質問状を提出します。

 私たち京都の自然環境保護団体は、開発や環境保全に関わる貴職の環境調査などのあり方について様々に関わり、注目し続けてきました。貴職の丹波広域基幹林道建設に関して、北山の自然と文化をまもる会が、府が行った事実上の環境アセスメント調査-全体計画調査の報告書において、貴重昆虫類の生息域が、林道ルート周辺で改ざんされていた事実を指摘、貴職は全く反論不能のまま建設は強行され、当地の貴重昆虫の生息域を壊滅したこともあります。
 今回、府の3月1日での記者発表(「26項目の有害物質について、土壌の含有量や溶出量を調べたが、全て環境省の基準以下」)と総務常任委員会での議論、翌日の地元紙でのコメント(「正確な数字とはいえない面があったが、近くに地下水はなく、心配な状態ではない」)などを踏まえて、京都府の環境行政の土台が崩れているのではないかとの危惧さえいだくものです。
今回の総務常任委員会の議論で明白になった重大な問題は、環境行政において専門的な責任を負う貴職が、12月下旬に採取したサンプルを少なくとも1ヶ月以上放置、その後「検査」し、揮発性有機化合物においても「全て環境省の基準以下」と何の迷いもなく発表していることです。総務委員会で、これは「イロハのイからの逸脱」という内容の厳しい批判が出されたのも当然です。
 本来、京都府は、乱開発や自然破壊に対し法や条例にもとづいて、環境を守る立場から的確な規制をはかる重大な責任があります。私たちが疑問に思うのは、なぜこのように科学的検査において基本的プロセスがゆがめられたのか、ということです。この問題が明らかにされなくては、環境行政の要であるべき貴職への信頼は地に堕ち、その回復は望むべくもありません。
今回の事態については、まだ多くのことが明らかになっていません。以上の立場から、以下、質問します。可能な限り3月末日までに文書で回答をお願いします。
         

①、12月末のサンプルの採集から「検査」にいたる経過を明らかにしてください。

②、なぜ科学性のない「検査結果」に関わらず、「基準以下」などと発表されたか

③、その原因と、こうしたことを繰り返さないための改善点を知らせてください。

以上です。

鴨川の空気をはかるーその2

2006年11月05日 | 環境
昨日の続きです。
鴨川の空気(NO2)は、前年度(2001年12月)も調査しました。
京都市(中心部)の空気は大きく見ると
①北に上がるほど汚れが少ない
②鴨川河川敷の空気(NO2)の濃度は、近くの交差点より汚れが少ない
のが一般的ですが、昨日はそうでないものを示しました。
2001年度の調査は、全体には上記の様子が見られるものですが・・・

<2001年度鴨川河川敷での調査結果>調査日:12月6日から7日

北から並べます。単位はppbです。
  <河川敷>         <道路>
北大路橋北50m 23    川端北大路 39.8
たてくら橋   17    
今出川橋北   24    川端今出川 48
丸太町橋北   24    川端丸太町 37.5
御池大橋北   19     
三条大橋北   28    川端三条  30.7ーカプセル1個欠損
四条大橋北50m 29    川端四条 (27)ーカプセル2個欠損
四条松原    34    
             川端五条  39.3 
七条大橋北   37    川端七条  39.8
九条陸橋南   37    

道路より河川敷の空気の方が汚れが少ない状況が見られます。
たてくら橋については東西の車道が他のように(交差して)はありません。
しかし、御池の数値は、びっくりでした。
上には大きな道路が走っているのに、何でこの数字? 

鴨川の空気をはかる

2006年11月04日 | 環境
4年前(2002年)の6月、空気をはかる会の一斉調査時に
鴨川河川敷でNO2を計ったことがあります。
写真は丸太橋から北を望んだところです。
この近くでもカプセルを付けました。
鴨川はその東側を「川端通」という道路が通っています。
交通量も少なくありません。
ここからさかのぼると、出町の三角州で賀茂川と高野川に別れ
高野川上流は、ご存知の大原です。
調査は、七条から北大路橋の北までの七箇所と
川端七条の道路周辺で行いました。

その結果は?

<北から>
松ヶ崎橋(北山通)    38ppb
高野橋(北大路通の北50m)43
今出川橋(すぐ北)    47
丸太町橋(すぐ北)    30
四条大橋(北50m)    31
五条と七条の中間の川原  32

川端七条(北東小道電柱) 27
 同  (北西桜の木-歩道と車道の間) 37
 同  (北西河川敷-階段)      30
 同  (交差点北東)         38
 同  (交差点南東)         43
 同  (交差点南西)         33

この川端七条は一ヶ所を除いて
河川敷ではなく交差点付近での計測です。

いつも河川敷の数値は、交差点と比べたら
ややきれいな空気が観測されるのですが
この時は”予想外”でした。
南北でも
おおむね、市内北部は<ややきれい>で
南に下るほど<汚く>なるのに
この日は、高野橋の北50mというところでも
川端七条の南東角と同じ数値が出ました。
空気の流れは単純ではないなと思いました。
ちなみにこの日の空気の汚れは
白川通でも銀閣寺交差点やその北で、南(天王町)に比べて
汚れた空気が観測されました。
「どうも、中央部に汚れた空気が流れてきたみたいやな」と
皆で話し合いました。

2006年6月2日 京都の空気の具合は?

2006年11月02日 | 環境
京都の空気カプセル調査(2006年6月)ーまとめができました。
調査は6月1日夕方から2日夕方にかけての24時間、
簡易カプセルを使っての調査です。
カプセル内には薬品をしみ込ませたろ紙が入れてあり
これを逆さに取り付け、24時間開放
その間、ここに吸収されたNO2を
試薬を使って発色させて測定します。
まとめ図はKさんの労作です。
これは、連日の調査でありませんが、
京都市中心部の主な交差点を網羅していますので、
その日の地点ごとの比較が出来て、なかなか興味深い図が得られます。
調査地点だけで見ると、20ppb以下の<きれい>な所は京都御苑内のみ
ここ数年の傾向ですが、41ppb以上の<きたない>箇所が、
これまで<やや汚い>レベルだった市内の北部
(ここでは左京区の修学院や岩倉を指しますが)に
広がっているのが特徴です。
交差点でみると、全体に京都の空気は本来の基準値<きれい>を達成できていない所ばかりです。

これにかかわって京都市の計画があります。
今年8月に作られた「京の環境共生推進計画」
ここでは、”画期的な目標”が設定されました。
この第4章に「重点プロジェクトの推進」という項があります。
京都議定書で設定された2010年までがこの重点プロジェクトの期間ですが
そこで「二酸化窒素の市保全基準を早期に達成する」ことがうたわれています。
普通に読めば、市保全基準は「1時間値の1日平均値20ppb以下」
これは、わかりやすく言えば、京都御苑の空気です。
こうなれば素晴らしい。
しかし、京都市の「大気汚染に係る環境保全基準」(二酸化窒素)には
(ただし、当分の間、1時間値の1日平均値40ppb以下)
というおかしな物が、ずっと付随しています。
これは、本来は<やや汚い>から<汚い>の基準
歴史的にみると、「京都市の大気汚染の環境基準」は
厳しく作られていたのですが、途中で緩められ
この括弧が(当分の間・・・)として挿入されました。
京都市の計画が、この”括弧基準”の達成なら
「計画」の意義は大幅にダウンですね。