昨日の関電京都支店前の原発ゼロを求める市民アピール
途中、雨になりましたが、150人以上が参加
サンタも登場し盛り上がりました。
2013年は、3月9日に向けて
今年5000人以上が集まった円山集会を上回る行動が広がるよう
頑張りましょう。
京都や関西の方、
3月9日の午後1時には、ぜひ円山音楽堂とその周辺におこし下さい。
途中、雨になりましたが、150人以上が参加
サンタも登場し盛り上がりました。
2013年は、3月9日に向けて
今年5000人以上が集まった円山集会を上回る行動が広がるよう
頑張りましょう。
京都や関西の方、
3月9日の午後1時には、ぜひ円山音楽堂とその周辺におこし下さい。
12月21日、今年最後の原発ゼロを求める”キンカン”行動です。
関電京都支店前での市民の行動は、6月29日から始まり
今日で26回目、のべ6000名以上の皆さんがアピールをしています。
私も、新しいメッセージボードを持って参加します。
東京・官邸前は28日もアピール行動をするそうですが、
京都は21日で終了し、1月4日午後5時からまた始まります。
今日は若い人たちが、午後6時からデモを企画しています。
関電京都支店前での市民の行動は、6月29日から始まり
今日で26回目、のべ6000名以上の皆さんがアピールをしています。
私も、新しいメッセージボードを持って参加します。
東京・官邸前は28日もアピール行動をするそうですが、
京都は21日で終了し、1月4日午後5時からまた始まります。
今日は若い人たちが、午後6時からデモを企画しています。
「小選挙区制」の害悪をめぐって、かなりの声が出ている。
その通りで、この際、圧倒的多数の議席を獲得した自公政権が
あえて「小選挙区制廃止」
選挙区はせめてもとの「中選挙区」なみに戻すなどの選挙制度改革を行うなら、
政党として株を上げるだろう。
これは、現時点で”我が党にとって有利とか不利”とかいう問題でなく
日本の政治と社会の劣化を防ぐための「国家的課題」でもある。
この間、二大政党もマスコミも、”識者”の多くも、二大政党制や政権選択選挙を吹聴したが、この総括はきちんと行っていただく必要がある。
”二大政党制”は、民主党野田内閣の自民党化で破綻し、意味を失った。自民党が相対的に勝利したが、有権者自身の今回の選挙での戸惑い(自民党にも民主党にも期待できない)がそれを示している。
”小選挙区制+二大政党制”
この、無理やり作られた”人工物”は何を生み出しただろうか。まず大前提として、国民の多様な政治的意志のまっとうな反映を失わせた。
その上で、
①、”政権選択”による早急な結果を安易に期待する私たちを生み出した
マスコミなどが大騒ぎして”政権選択”を吹聴したが、それは、政治に”スピード感”を迫り、一方でそれに対し”安易に結果を期待する私たち”を生み出している。本来は、政治的意志は多様で、その粘り強いやり取りの中で、知恵も生み出され、政治は前進していくものだ。その”面倒くささ”を欠くことによって、私たちは多くのものを失っている。
②、政治家の粘力と知恵の発揮を失わせている
博打のような選挙からは、博打打ちのような政治家が生まれる。
(この土台には日本資本主義の現状が反映しているが)
無言のうちに迫られる”スピード感ある政治”、少し間違えば奈落の底に沈む恐怖、圧倒的多数を得た高揚感と自信の無さは、政治家を焦らせ、その粘力や知恵の発揮を失わせている。浅知恵も目立つ。本来、多様な政治的意志が議席に反映すれば、自ずから政治的粘力の発揮が求められ、お互いの知恵も生かされる場が増えるが、単独で実力以上に圧倒的多数をえてしまった政党は、その高揚感と自信の無さから、迷走、または暴走する。
③、国民の政治的意欲を減退させる
今回のように、自民党は前回の大敗時の得票とほとんど変わらない票で圧倒的多数を得るのが小選挙区制だ。国民は投票以前に、少数派であれば、その意志を議席として実現出来るかもしれないという期待を喪失する。こうした国民は、国民全体で言えば「少数派」でなく「多数派」である。多数派の政治的喪失感は、「少数派」による政権の失敗に寛容であるはずはなく、その場合に国民の多数派のうっぷんは、少数派政権の失敗を償うチャンスも失わせる。この循環は危険だ。
その通りで、この際、圧倒的多数の議席を獲得した自公政権が
あえて「小選挙区制廃止」
選挙区はせめてもとの「中選挙区」なみに戻すなどの選挙制度改革を行うなら、
政党として株を上げるだろう。
これは、現時点で”我が党にとって有利とか不利”とかいう問題でなく
日本の政治と社会の劣化を防ぐための「国家的課題」でもある。
この間、二大政党もマスコミも、”識者”の多くも、二大政党制や政権選択選挙を吹聴したが、この総括はきちんと行っていただく必要がある。
”二大政党制”は、民主党野田内閣の自民党化で破綻し、意味を失った。自民党が相対的に勝利したが、有権者自身の今回の選挙での戸惑い(自民党にも民主党にも期待できない)がそれを示している。
”小選挙区制+二大政党制”
この、無理やり作られた”人工物”は何を生み出しただろうか。まず大前提として、国民の多様な政治的意志のまっとうな反映を失わせた。
その上で、
①、”政権選択”による早急な結果を安易に期待する私たちを生み出した
マスコミなどが大騒ぎして”政権選択”を吹聴したが、それは、政治に”スピード感”を迫り、一方でそれに対し”安易に結果を期待する私たち”を生み出している。本来は、政治的意志は多様で、その粘り強いやり取りの中で、知恵も生み出され、政治は前進していくものだ。その”面倒くささ”を欠くことによって、私たちは多くのものを失っている。
②、政治家の粘力と知恵の発揮を失わせている
博打のような選挙からは、博打打ちのような政治家が生まれる。
(この土台には日本資本主義の現状が反映しているが)
無言のうちに迫られる”スピード感ある政治”、少し間違えば奈落の底に沈む恐怖、圧倒的多数を得た高揚感と自信の無さは、政治家を焦らせ、その粘力や知恵の発揮を失わせている。浅知恵も目立つ。本来、多様な政治的意志が議席に反映すれば、自ずから政治的粘力の発揮が求められ、お互いの知恵も生かされる場が増えるが、単独で実力以上に圧倒的多数をえてしまった政党は、その高揚感と自信の無さから、迷走、または暴走する。
③、国民の政治的意欲を減退させる
今回のように、自民党は前回の大敗時の得票とほとんど変わらない票で圧倒的多数を得るのが小選挙区制だ。国民は投票以前に、少数派であれば、その意志を議席として実現出来るかもしれないという期待を喪失する。こうした国民は、国民全体で言えば「少数派」でなく「多数派」である。多数派の政治的喪失感は、「少数派」による政権の失敗に寛容であるはずはなく、その場合に国民の多数派のうっぷんは、少数派政権の失敗を償うチャンスも失わせる。この循環は危険だ。
先程の投稿に関連して、
今朝の「毎日新聞」2面の「時代の風」(山極寿一氏)をぜひ読んでほしい。
山極氏は、「ベトナム、イラク、アフガンなどアメリカの武力介入を受け入れた諸国が幸福になった例はない。日本が武力を強めていく将来に私は強く異を唱えたい。世界はそろそろ暴力とは別の手段を採用して紛争を解決すべきなのだ。現代の科学による正しい人間の理解がその先鞭(せんべん)をつける必要がある。これからの日本の政治はその範となることができると私は信じている。」と訴えている。強く印象に残った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「暴力で平和維持」の誤解 http://mainichi.jp/opinion/news/20121216ddm002070129000c.html
◇別の手段、模範を日本が−−山極寿一(やまぎわ・じゅいち)
今年のノーベル賞は、京都大学の山中伸弥氏が受賞して多くの日本人が大きな喜びを手にした。人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発は誰もが祝福する快挙だ。ただ、ノーベル賞の中でも平和賞だけは、なぜと首をかしげる受賞者が多い。今年はEU(欧州連合)が受賞したが、その理由である「戦争を二度と繰り返さないことを目的に行ってきた活動」というのは本当だろうかと疑いたくなる。
アジアやアフリカで起こっている紛争は、もともと欧州列強による植民地支配で民族が分断されたことが原因だし、いまだに土地や資源をめぐる争いに欧州の企業や政府は深く関与している。戦争を長引かせている原因は、欧州各国の繁栄が発展途上国の無秩序に支えられているからだと言っても過言ではない。その負のスパイラルをEUは少しでも改善しようとしているだろうか。
この秋に再選されたアメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領も平和賞の受賞者だ。2009年12月のノーベル平和賞の授賞式で、「戦争はどのような形であれ、昔から人類とともにあった」と述べた。そして、平和を維持する上で戦争は必要であり、道徳的にも正当化できる場合があることを強調した。その言葉通り、アメリカはアフガンへの武力介入を強め、11年にはアルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンを殺害している。
私はここに世界の暴力に対する大きな誤解を感じずにはいられない。なぜオバマ大統領は戦争という暴力が平和の正当な手段であると言いきるのか。なぜノーベル平和賞は暴力を用いて戦争を抑止しようとする活動に与えられるのか。そこには、戦争につながる暴力は人間の本性であり、それを抑えるためにはより強い暴力を用いなければならないという誤った考えが息づいているように思う。
この考えが世界に広がったのは第二次世界大戦の終了直後である。人類は長い進化の歴史の中で狩猟者として成功し、獲物を捕らえるために用いた武器を人間へ向けることによって戦いの幕を開けた。戦うことは人間の本性であり、社会の秩序は戦いによって作られてきたとする考え方である。
この説は南アフリカで人類の古い化石を発見したレイモンド・ダートによって提唱された。ノーベル賞受賞者で動物行動学者のコンラート・ローレンツは、人類が抑止力をもたないままに武器の開発によって攻撃性を高めたとして、その説の後押しをした。戦争が人間の原罪であり、暴力は最初から人間とともにあったとする考えは急速に世界に普及し、「2001年宇宙の旅」などの映画のテーマとなって人々の心に深く根を下ろすようになった。
ところが、その後明らかになった科学的事実はこの考えとは全く違う。人類は狩猟者ではなく、つい最近まで肉食獣に狩られる存在だったし、人間に近縁な霊長類が群れを作る理由は、食物を効率よく採集するためと、捕食者から身を守るためということがわかってきた。
ダートが主張した人類化石の頭骨についた傷は、人類によるものではなく、ヒョウに殺された痕だと判明した。強大な力を誇るゴリラでさえ、オス同士の衝突で力の弱いメスや子どもが仲裁をする。力で屈服させることが平和の手段とはなっていないのだ。人間が同種の仲間に武器を向けたのは約1万年前に農耕が始まってからの出来事で、人類の進化700万年のごく最近のことに過ぎない。戦争が人間の本性などとはとても言えない。そもそも狩猟と戦争は動機が違う。狩猟は食べるための経済的な活動だが、戦争は相手と合意するための自己主張だ。相手が認めてくれれば戦いを続ける必要はない。
集団間のトラブルに戦いという手段が用いられるようになったのは、人間が持つ高い共感能力が言葉によって目的意識をもち、集団への帰属意識を強めるために使われ始めたせいだと思う。政治家が巧みなコミュニケーション技術を用いて利用するのは、人間の仲間を思いやる気持ちと、仲間のために尽くしたいと思う強い願望なのである。戦争という手段はその意識を高め、仲間の結束を促すからこそ政治の格好の手段となる。
今、日本では近隣諸国とのトラブル防止のために武力増強が必要との声が高まりつつある。アメリカの強大な武力を傘にしなければ国土を守れないという声も強まっている。しかし、人間以外の動物は同種の仲間の争いを力で抑えたりはしない。ベトナム、イラク、アフガンなどアメリカの武力介入を受け入れた諸国が幸福になった例はない。日本が武力を強めていく将来に私は強く異を唱えたい。世界はそろそろ暴力とは別の手段を採用して紛争を解決すべきなのだ。現代の科学による正しい人間の理解がその先鞭(せんべん)をつける必要がある。これからの日本の政治はその範となることができると私は信じている。
(毎週日曜日に掲載)
今朝の「毎日新聞」2面の「時代の風」(山極寿一氏)をぜひ読んでほしい。
山極氏は、「ベトナム、イラク、アフガンなどアメリカの武力介入を受け入れた諸国が幸福になった例はない。日本が武力を強めていく将来に私は強く異を唱えたい。世界はそろそろ暴力とは別の手段を採用して紛争を解決すべきなのだ。現代の科学による正しい人間の理解がその先鞭(せんべん)をつける必要がある。これからの日本の政治はその範となることができると私は信じている。」と訴えている。強く印象に残った。
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「暴力で平和維持」の誤解 http://mainichi.jp/opinion/news/20121216ddm002070129000c.html
◇別の手段、模範を日本が−−山極寿一(やまぎわ・じゅいち)
今年のノーベル賞は、京都大学の山中伸弥氏が受賞して多くの日本人が大きな喜びを手にした。人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発は誰もが祝福する快挙だ。ただ、ノーベル賞の中でも平和賞だけは、なぜと首をかしげる受賞者が多い。今年はEU(欧州連合)が受賞したが、その理由である「戦争を二度と繰り返さないことを目的に行ってきた活動」というのは本当だろうかと疑いたくなる。
アジアやアフリカで起こっている紛争は、もともと欧州列強による植民地支配で民族が分断されたことが原因だし、いまだに土地や資源をめぐる争いに欧州の企業や政府は深く関与している。戦争を長引かせている原因は、欧州各国の繁栄が発展途上国の無秩序に支えられているからだと言っても過言ではない。その負のスパイラルをEUは少しでも改善しようとしているだろうか。
この秋に再選されたアメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領も平和賞の受賞者だ。2009年12月のノーベル平和賞の授賞式で、「戦争はどのような形であれ、昔から人類とともにあった」と述べた。そして、平和を維持する上で戦争は必要であり、道徳的にも正当化できる場合があることを強調した。その言葉通り、アメリカはアフガンへの武力介入を強め、11年にはアルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンを殺害している。
私はここに世界の暴力に対する大きな誤解を感じずにはいられない。なぜオバマ大統領は戦争という暴力が平和の正当な手段であると言いきるのか。なぜノーベル平和賞は暴力を用いて戦争を抑止しようとする活動に与えられるのか。そこには、戦争につながる暴力は人間の本性であり、それを抑えるためにはより強い暴力を用いなければならないという誤った考えが息づいているように思う。
この考えが世界に広がったのは第二次世界大戦の終了直後である。人類は長い進化の歴史の中で狩猟者として成功し、獲物を捕らえるために用いた武器を人間へ向けることによって戦いの幕を開けた。戦うことは人間の本性であり、社会の秩序は戦いによって作られてきたとする考え方である。
この説は南アフリカで人類の古い化石を発見したレイモンド・ダートによって提唱された。ノーベル賞受賞者で動物行動学者のコンラート・ローレンツは、人類が抑止力をもたないままに武器の開発によって攻撃性を高めたとして、その説の後押しをした。戦争が人間の原罪であり、暴力は最初から人間とともにあったとする考えは急速に世界に普及し、「2001年宇宙の旅」などの映画のテーマとなって人々の心に深く根を下ろすようになった。
ところが、その後明らかになった科学的事実はこの考えとは全く違う。人類は狩猟者ではなく、つい最近まで肉食獣に狩られる存在だったし、人間に近縁な霊長類が群れを作る理由は、食物を効率よく採集するためと、捕食者から身を守るためということがわかってきた。
ダートが主張した人類化石の頭骨についた傷は、人類によるものではなく、ヒョウに殺された痕だと判明した。強大な力を誇るゴリラでさえ、オス同士の衝突で力の弱いメスや子どもが仲裁をする。力で屈服させることが平和の手段とはなっていないのだ。人間が同種の仲間に武器を向けたのは約1万年前に農耕が始まってからの出来事で、人類の進化700万年のごく最近のことに過ぎない。戦争が人間の本性などとはとても言えない。そもそも狩猟と戦争は動機が違う。狩猟は食べるための経済的な活動だが、戦争は相手と合意するための自己主張だ。相手が認めてくれれば戦いを続ける必要はない。
集団間のトラブルに戦いという手段が用いられるようになったのは、人間が持つ高い共感能力が言葉によって目的意識をもち、集団への帰属意識を強めるために使われ始めたせいだと思う。政治家が巧みなコミュニケーション技術を用いて利用するのは、人間の仲間を思いやる気持ちと、仲間のために尽くしたいと思う強い願望なのである。戦争という手段はその意識を高め、仲間の結束を促すからこそ政治の格好の手段となる。
今、日本では近隣諸国とのトラブル防止のために武力増強が必要との声が高まりつつある。アメリカの強大な武力を傘にしなければ国土を守れないという声も強まっている。しかし、人間以外の動物は同種の仲間の争いを力で抑えたりはしない。ベトナム、イラク、アフガンなどアメリカの武力介入を受け入れた諸国が幸福になった例はない。日本が武力を強めていく将来に私は強く異を唱えたい。世界はそろそろ暴力とは別の手段を採用して紛争を解決すべきなのだ。現代の科学による正しい人間の理解がその先鞭(せんべん)をつける必要がある。これからの日本の政治はその範となることができると私は信じている。
(毎週日曜日に掲載)
総選挙投票日の各紙
一面は、ほとんど”政権選択”の見出し
「毎日」-きょう政権選択
「京都」-政権奪還か継続か
「朝日」-政権決める一票
「読売」だけ、「激戦12党に審判」、しかし主張では「政権選択が最大の焦点」
これ、違うなと、ずっと思っている。
「朝日」の2面が面白い。
追跡ー乱流。
「最後は批判の応酬」と見出しはもう一つだが
選挙に表れた、ナマの実像が興味深い。
「苦戦の首相、自民攻撃集中」と、
民主党陣営が、”(自民党政治で)失われた20年を前の選挙で否定したのに、ここでまたその政治に戻すのか”と訴えている。
しかし、戻してしまったのは、民主党自身ではないかと突っ込みたくなる。
「安倍氏、高まる怒りモード」では、
憲法改正や国防軍創設を盛り込んだ公約を発表した自民党・安倍氏が、民主党に
「自民党の公約を見ると安倍総裁(自民党)は変わっていない。自民党は戦争を出来るようにすると言う方が相当いる」と批判され「安倍氏はいらだちを募らせた」と。
明らかに「憲法改正や国防軍創設」をめざす自民党政治が、議論のまとになっている。
「石原氏、揺れた自民連携」では
維新グループが、自民党政治と連携するか、戦術的に”批判”するかで”ぶれ”た姿を書いている。維新はこのスタンスがぶれ続け、霞んでいった。
3面で「改憲派台頭、危ぶむ護憲派」の記事があり、護憲勢力の共産党、社民党が触れられている。
「改憲論者が党首として登場した今回の衆院選では、憲法論争が異例の熱気を帯びた」とあるが、本格的な論争はこれからの重要課題だ。
私は、”自民党政治”に圧力(抵抗力」となる一票をと訴えてきた。
一面は、ほとんど”政権選択”の見出し
「毎日」-きょう政権選択
「京都」-政権奪還か継続か
「朝日」-政権決める一票
「読売」だけ、「激戦12党に審判」、しかし主張では「政権選択が最大の焦点」
これ、違うなと、ずっと思っている。
「朝日」の2面が面白い。
追跡ー乱流。
「最後は批判の応酬」と見出しはもう一つだが
選挙に表れた、ナマの実像が興味深い。
「苦戦の首相、自民攻撃集中」と、
民主党陣営が、”(自民党政治で)失われた20年を前の選挙で否定したのに、ここでまたその政治に戻すのか”と訴えている。
しかし、戻してしまったのは、民主党自身ではないかと突っ込みたくなる。
「安倍氏、高まる怒りモード」では、
憲法改正や国防軍創設を盛り込んだ公約を発表した自民党・安倍氏が、民主党に
「自民党の公約を見ると安倍総裁(自民党)は変わっていない。自民党は戦争を出来るようにすると言う方が相当いる」と批判され「安倍氏はいらだちを募らせた」と。
明らかに「憲法改正や国防軍創設」をめざす自民党政治が、議論のまとになっている。
「石原氏、揺れた自民連携」では
維新グループが、自民党政治と連携するか、戦術的に”批判”するかで”ぶれ”た姿を書いている。維新はこのスタンスがぶれ続け、霞んでいった。
3面で「改憲派台頭、危ぶむ護憲派」の記事があり、護憲勢力の共産党、社民党が触れられている。
「改憲論者が党首として登場した今回の衆院選では、憲法論争が異例の熱気を帯びた」とあるが、本格的な論争はこれからの重要課題だ。
私は、”自民党政治”に圧力(抵抗力」となる一票をと訴えてきた。
瀬戸内寂聴さんが、「原水協通信」で
いまの政治を語っている。(「原水協通信」WEB版でも見られます)
瀬戸内さん
「核兵器のシミュレーションなどして戦争になると日本はなくなります」と
説得力があります。
”日本も核兵器を”などというのは、”自爆する日本”への道だろう。
中国もアメリカも変化している中で、それを冷静にとらえ
日本のあり様を考える必要があります。
アメリカに大量の核兵器、中国も持っている。
こうした中で、核兵器の保持などめざしてどうなるか
最も安上がりで安全なのは
世界中で、アメリカも中国も「核兵器の廃絶」に向かわせること
その時、憲法9条は、有効な”武器”となる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本原水協は12月4日、『原水協通信』2013新年号に登場いただくため、瀬戸内寂聴さんのインタビューを都内で行いました。前半は総選挙のことを中心にした内容になりました。寂聴さんのご了解もいただき、その部分を原水協活動交流ニュースとして公表します(インタビュー全体は新年号に掲載されます。ご期待ください)。
していること、言っていることがぶれない政党に入れるべきね
今度の選挙はもうムチャクチャね。どこに入れていいかわからないと、みんなが色々言いますね。言うことすることぶれる人はだめですね。
広島・長崎と、原爆の被害に世界で唯一あっている日本が、原発に対して無神経ということは不思議なことです。人間に忘却という能力が与えられているのは恩寵(おんちょう)ですが、忘れてはならないことを忘れるのは業罰(ごうばつ)です。
今日の読売新聞(12月4日)には「脱原発だとかしきりに言うけれど、それじゃどうやってそれが実現できるかという方法を言わないのは間違っている」と言って、「選挙の時はそこをよく考えて入れろ」と書いてあるんですね。でも、原発が怖いということは、今度の福島のことでわかったじゃないですか。チェルノブイリは遠いからピンとこない人も福島は目の前に見たじゃないですか。その後始末ができてないんです。しかし、今度立候補した人たちの演説を聞きますと、誰もそれにふれない。そして、被害者たちをどうするかということは言ってないですね。選挙に勝てばいいという考えでしょ。脱原発と言えば有権者が入れてくれるらしいからというので、急に乗り換えて脱原発になったりして、本当に国民の側に立っていないですね。していること、言っていることが。やっぱり、ぶれていない政党に入れるべきです。その点では共産党は一貫してぶれないですね。
この選挙結果で来年のことも決まるでしょう。私たちには幸福になる権利があるんですから、どうしたら自分たちの幸福を守るかという方向に持って行かなければならないと思いますね。
核兵器のシミュレーションなどして戦争になると日本はなくなります
核兵器を持っていないと国際的な発言力が下がるとか、核兵器は必要だと弁舌さわやかに言うと、国民がそうだそうだと思うんですね。核兵器のシミュレーションぐらいしたらいいんだと外国特派員協会で言ったりしたことは、このままじゃ中国にやられると思っているからでしょ。だけど、アメリカと同盟を結んだって、いざとなったらアメリカは中国と戦いませんよ。もし戦ったら、両方が日本を助けるはずがないですからね。日本が沖縄みたいに両方から攻められて、盾になってしまって、日本が戦場になってしまうでしょう。その後はアメリカの州のひとつになるか、中国の省のひとつになるかで、将来日本はなくなりますね。そういう恐怖感というものはみんなあまり持っていないですね。
平和な日本は憲法9条のおかげですよ
国際的な流れで言うと核兵器はなくす方向は決まっているじゃないですか。どうしてそれに準じないのでしょうか。日本は原爆攻撃を二度も受けているんですよ。その日本で核兵器がなければいけないというのはおかしいと思います。この67年間、日本は一応平和に過ごせたじゃないですか。それはやはり憲法9条のおかげですよね。その憲法を変えようとしていることから、全部発生しています。国民がそれをよくわかってないんですね。
今度の選挙は天下分け目ですね
今度の選挙は本当にどうなるんでしょうかしらね。天下分け目ですね。でもマスコミではすでに自民党が取るということになっているでしょ。どうして?あれは不思議でしょうがないです。私はずっと共産党に入れているんですよ。でも入れても、入れてもほとんど取れないので私は党名を変えろというのが主張なんです。なんでもっと親しみのもてる名前に変えないのと何度も言ってきたの。でも今となっては党名を変えない方がいいみたいですね。いろんな政党が出てきてしまって。太陽の党なんて5日間しかもたなかったですからね。
いまの政治を語っている。(「原水協通信」WEB版でも見られます)
瀬戸内さん
「核兵器のシミュレーションなどして戦争になると日本はなくなります」と
説得力があります。
”日本も核兵器を”などというのは、”自爆する日本”への道だろう。
中国もアメリカも変化している中で、それを冷静にとらえ
日本のあり様を考える必要があります。
アメリカに大量の核兵器、中国も持っている。
こうした中で、核兵器の保持などめざしてどうなるか
最も安上がりで安全なのは
世界中で、アメリカも中国も「核兵器の廃絶」に向かわせること
その時、憲法9条は、有効な”武器”となる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本原水協は12月4日、『原水協通信』2013新年号に登場いただくため、瀬戸内寂聴さんのインタビューを都内で行いました。前半は総選挙のことを中心にした内容になりました。寂聴さんのご了解もいただき、その部分を原水協活動交流ニュースとして公表します(インタビュー全体は新年号に掲載されます。ご期待ください)。
していること、言っていることがぶれない政党に入れるべきね
今度の選挙はもうムチャクチャね。どこに入れていいかわからないと、みんなが色々言いますね。言うことすることぶれる人はだめですね。
広島・長崎と、原爆の被害に世界で唯一あっている日本が、原発に対して無神経ということは不思議なことです。人間に忘却という能力が与えられているのは恩寵(おんちょう)ですが、忘れてはならないことを忘れるのは業罰(ごうばつ)です。
今日の読売新聞(12月4日)には「脱原発だとかしきりに言うけれど、それじゃどうやってそれが実現できるかという方法を言わないのは間違っている」と言って、「選挙の時はそこをよく考えて入れろ」と書いてあるんですね。でも、原発が怖いということは、今度の福島のことでわかったじゃないですか。チェルノブイリは遠いからピンとこない人も福島は目の前に見たじゃないですか。その後始末ができてないんです。しかし、今度立候補した人たちの演説を聞きますと、誰もそれにふれない。そして、被害者たちをどうするかということは言ってないですね。選挙に勝てばいいという考えでしょ。脱原発と言えば有権者が入れてくれるらしいからというので、急に乗り換えて脱原発になったりして、本当に国民の側に立っていないですね。していること、言っていることが。やっぱり、ぶれていない政党に入れるべきです。その点では共産党は一貫してぶれないですね。
この選挙結果で来年のことも決まるでしょう。私たちには幸福になる権利があるんですから、どうしたら自分たちの幸福を守るかという方向に持って行かなければならないと思いますね。
核兵器のシミュレーションなどして戦争になると日本はなくなります
核兵器を持っていないと国際的な発言力が下がるとか、核兵器は必要だと弁舌さわやかに言うと、国民がそうだそうだと思うんですね。核兵器のシミュレーションぐらいしたらいいんだと外国特派員協会で言ったりしたことは、このままじゃ中国にやられると思っているからでしょ。だけど、アメリカと同盟を結んだって、いざとなったらアメリカは中国と戦いませんよ。もし戦ったら、両方が日本を助けるはずがないですからね。日本が沖縄みたいに両方から攻められて、盾になってしまって、日本が戦場になってしまうでしょう。その後はアメリカの州のひとつになるか、中国の省のひとつになるかで、将来日本はなくなりますね。そういう恐怖感というものはみんなあまり持っていないですね。
平和な日本は憲法9条のおかげですよ
国際的な流れで言うと核兵器はなくす方向は決まっているじゃないですか。どうしてそれに準じないのでしょうか。日本は原爆攻撃を二度も受けているんですよ。その日本で核兵器がなければいけないというのはおかしいと思います。この67年間、日本は一応平和に過ごせたじゃないですか。それはやはり憲法9条のおかげですよね。その憲法を変えようとしていることから、全部発生しています。国民がそれをよくわかってないんですね。
今度の選挙は天下分け目ですね
今度の選挙は本当にどうなるんでしょうかしらね。天下分け目ですね。でもマスコミではすでに自民党が取るということになっているでしょ。どうして?あれは不思議でしょうがないです。私はずっと共産党に入れているんですよ。でも入れても、入れてもほとんど取れないので私は党名を変えろというのが主張なんです。なんでもっと親しみのもてる名前に変えないのと何度も言ってきたの。でも今となっては党名を変えない方がいいみたいですね。いろんな政党が出てきてしまって。太陽の党なんて5日間しかもたなかったですからね。
12月14日のしんぶん赤旗(14面)
「福島第一『収束』遠く。『宣言』1年。放射線量4倍近く」
放射線量4倍近く
「東電が11月27日に3号機原子炉建屋1階を2台のロボットで調査した結果、驚くべき事実が明らかになりました。原子炉格納容器の扉を動かすレールの溝で、毎時4780ミリシーベルトの放射線量を計測したのです。1年前の1300ミリシーベルトより3.7倍高く、同原発で作業している人たちの被曝量の上限100ミリシーベルトを1分あまりで超える猛烈な値です」・・・
空気穴から汚染水
「専門家も『不思議だ』と首をひねるできごとが発生しました。・・高濃度放射能汚染水を処理する装置が入っている建屋の外壁の、高さ5mのところから放射性物質を含む水が勢いよく流れ出していたのです。ここには空気を逃す穴が開いているだけ・・・。2日後に東電が明らかにした原因は・・・漏れたのは装置から出る廃液で、空気を逃がす配管と廃液を流す配管がつながっていて、廃液を流す配管に栓をしていたため、たまった廃液が空気を逃がす配管からもれたというのです」
「福島第一原発では、配管が崩れたりしたためだけでなく、配管を誤って切断したり、弁を誤って開けたりしたために、放射性物質を含む水が漏れる事故が頻発しています」・・
・・・・・・・・・・・・・・
「被ばく線量と人的被害」に関して、よく見る逆三角形の図がありますが、
3000~5000ミリシーベルトでは
「脱毛、永久不妊、白内障。短期被曝で50%が死亡」とあります。
このレベルが福島第一3号機の格納容器の扉の近くにあるということ
あまりにも”身近”なのと、数値が増えているのが不気味です。
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関連して、「バイバイ原発・京都」のMLに書かれたいた
小出先生「報道するラジオ」2012/12/14のお話(飯舘村に帰れるか、原発の現状、瓦礫処理、核燃料サイクル、核融合、海の汚染)の記事です。
小出先生のお話、リスナーの声、仕事で福島の郡山に週3回行き、不安であり、小出先生のお話を聴きたいと言われるのです。
<福島第1原発が今どうなっているのか>
4号機のプールも含めて、地震+津波で原発が事故となり、1~3号機は融けて落ちた、どこに炉心があるか不明、見ることも、測定器もダメ。推測しているのみで、正確にはわからないのです。
4号機は停止中で、原子炉は融けなかったか、燃料がプールにあり事故になり、建屋の中のプール、建物が爆発して壊れて宙吊り、燃料を取り出さないといけないが、燃料は空中に出すと回りの人が死ぬほどのもので取り出しも困難、容器の中に入れて取り出さないとダメで、巨大クレーンが要り、それの建屋が要るものの、作業開始に1年かかると東電はいい、その間大きな余震がないのを祈るのみであるのです。先週地震があり、小出先生、大丈夫かとこれを心配されたのです。東電は一刻も早く作業を進めて安全なところに燃料を取り出して欲しいのです。
1~3号機は見に行けない、建物にも入れない、ロボットも制御不能、未だにどうなっているか分からないのです。最悪、炉心が格納容器の底を破り地下水と接触し、汚染が海、あちこちに流れ、手を打たないといけないのに、人類が始めて経験する出来事が起きているのです。
リスナーの質問
<飯舘村の全村避難で、帰る事は可能か?>
大変難しい、放射能は目に見えず、飯舘村は原発からお金ももらわず日本一美しい山村になり、何としても帰りたいと思うのだが、飯舘村は放射能で汚れて、それを感じられない。日本は年間外部被爆を20ミリシーベルト未満なら帰っていいと言うが、それは特殊な放射能扱いの従事者のみ、一般の人にそんな被爆、ましてや子供に許してはならない。子供が帰れないなら復興できない。飯舘村の人には、気の毒であるが、帰らないで欲しいのです。
<瓦礫について>
岩手で教員をされていた方、岩手で瓦礫の山を目にして、大阪が瓦礫を受け入れるのはうれしいが、子供を守る立場にあり、灰を夢島に埋めること、海の汚染について聞かれて、大阪の子供も守ってほしいことについて、難しいことをみなさん聞かれるが、放射能で汚れた瓦礫は、全国に拡散してはいけない。その場で専用の焼却施設を作り処理し、出来た灰は放射能で汚れていて、埋めてはいけない。大阪に埋めるのはやってはいけない。現地で焼き、どこか1箇所に集めて保管すべき。しかし、被災地で瓦礫が山積みで、放置すると現地の子供を被爆させてしまい、全国で引き受けるのはやむを得ないなら、焼却施設にフィルターをつけて、灰を1箇所に集めて保管すべきなのです。フィルターで汚染物質は取り除ける。現場に適したフィルターをつければ、限りなくきれいに出来る、それをやるのが大前提なのです。
<原発を止めたら電気が足りないという人もいることについて>
使用済み核燃料の処分が決まらず、核燃料サイクルを断念したら行き場なし、これを放棄するのは無責任かについて、使用済み燃料は「どうしようもない」。原子力をやってしまい、核分裂生成物が出来る、避けられない、無毒化できない。原発はトイレのないマンションと呼ばれて、トイレがなければ住めない=そんなマンションは作ってはいけなかったのに、いつかトイレ(核燃料サイクル)が出来ると思いやってきた。生み出した放射性物質のうちプルトニウムを取り出すのが核燃料サイクル=夢の夢、政府も断念。もんじゅも機能しない。「これは止める」と政府が決め、サイクルは実現しない。生み出した放射能をどうするかであり、小出先生も方法を知らないが、原発を続けるとゴミが増える。一刻も早くそれは止めて、今まで作った放射能に向き合うべきなのです。核のゴミ、何とかしないといけないのに、日本の国は国内で埋め捨てにしようとして、地方の財政のないところにやろうと画策したが、全部失敗。日本の国は、モンゴルに埋め捨てにする!計画もあり、恥ずかしい国だと思う。埋め捨ては地面に捨てることで、300~1000Mの地底に埋めるのを法律で決めて、埋め捨てにして、そこにあるのが10~100万年…無害にはならず。ウランを掘り出してやっているが、ウランと同等の放射能に減るのが10~100万年、学術会議も、これは正しくない、何十、何百年は目の黒いところで保管するしかない(建屋、比較的浅い施設で放射能を入れて、環境に漏れないように監視するしかない)のです。地震列島では危険で、日本に世界の1~2割の地震が起きる、地上の建物も安全ではない、方法はなく、これ以上毒物を作らないのを決断しないといけないのです。
<再処理を止めたらどうなるかについて>
再処理しても放射能は消えず、プルトニウム(原爆材料)を取り出すのみ、プルトニウムはもんじゅで燃やすはずがアウト、取り出すことに意味なし(泣)。原爆材料を抱えても国際的な非難も受ける=再処理したらアカンのです。
<復興予算で核融合研究費110億円のことについて>
小出先生失笑され、今はウランを核分裂させることで、それは原爆の技術によるもの。核融合は水爆、水素を融合させてエネルギーを取り出すもので、これをどこかで実現させて水爆のエネルギーを取り出すものであり、各種のものがあったが、言われてきただけで、実現の見通しなし、21世紀中に実現できると思っている科学者は一人もいない。復興予算を核融合に使うなどは、犯罪なのです。平野さん、国立大学で研究しているところもあると聞かれて、阪大はレーザー核融合をやっているが、これは異端。正統派のものはトカマク反応で、イーターという核融合の装置を作ろうと、EU、アメリカ他の6カ国が集まってやっているが、核融合の勢力はほとんど集まったのに、21世紀中の実現の可能性はない。レーザー核融合はもっと可能性が低いのです。
<海洋汚染について>
海の放射能についてのお話、海も汚れて、空気中に出て地球全土を汚染し、福島の人が被爆し、気体+固体はどうしようもない。液体は、瓦礫が太平洋を流れてアメリカに流れ、放射能も何ヶ月、何年で太平洋に広がり、陸上だと野菜は留まるが、海では魚が泳ぎ、汚染はこれから広がり、陸上ではセシウムが主要な汚染であるが、海だとストロンチウム(セシウムより毒性が高い)の汚染が問題になり、このデータがどれだけ公表されるか、なのです。ストロンチウムはカルシウムに似て、骨に蓄積し、生物学的な毒性はセシウムの何倍も高いのです。
今回の小出先生のお話は以上でした。
14日の「朝日」
衆議院選挙の「中盤情勢」
12月11.12日の調査。これって、火曜日、水曜日の調査だ。
この時点で「投票態度を明らかにしなかった人は、小選挙区で46%、比例区でも38%で、
2003年以降最多」
こうした中で
「自公300議席うかがう」「民主激減80前後」「第三極、選挙区の壁厚く」
15日の「朝日」は、期日前投票伸び悩む、前回と比べ16%減
これが投票日にどう動くか?
ただ、この記事で紹介されている”選挙プランナー”の評価は違うだろう。
「有権者の関心の低さの表れ」「前回の『政権交代』のようなはっきりした争点がなく、『わくわくどきどき感がない』」というが、
有権者は、そんな余裕のある状況ではない。
だけど、どう考えたらいいか、考えている。
衆議院選挙の「中盤情勢」
12月11.12日の調査。これって、火曜日、水曜日の調査だ。
この時点で「投票態度を明らかにしなかった人は、小選挙区で46%、比例区でも38%で、
2003年以降最多」
こうした中で
「自公300議席うかがう」「民主激減80前後」「第三極、選挙区の壁厚く」
15日の「朝日」は、期日前投票伸び悩む、前回と比べ16%減
これが投票日にどう動くか?
ただ、この記事で紹介されている”選挙プランナー”の評価は違うだろう。
「有権者の関心の低さの表れ」「前回の『政権交代』のようなはっきりした争点がなく、『わくわくどきどき感がない』」というが、
有権者は、そんな余裕のある状況ではない。
だけど、どう考えたらいいか、考えている。
12日の「朝日」夕刊
文化面で、大阪で行われたシンポジウム「ヒーローは必要か?」での発言を紹介する記事があった。
湯浅誠さん
「子育てに忙しい人は、私より100倍育児について考えていても、こうした集会に来られない。介護に追われている人もそう。そうして民主主義が形骸化していく」
「へとへとになると、家族の話も聞けなくなる。『早く終わらせて』というオーラを出しながら聞くフリをすることが精いっぱい。相手は『全然話を聞いてもらえない』と爆発してしまう」
考える時間も暇もない人は、社会の行き先を力強いリーダーに「お任せ」したくなる。
*それでも「参加」とそれによる「変化」の実感を生み出していくことが重要、と思う。時間があっても、それができていない現実がある。
宇野重規さん
「09年に政権交代した時、多くの人は日本政治はこれで変わると期待した。しかし3年間、結局何も変わらなかったという政党政治への不信で、人々はどんどん前のめりになってしまっている」
森千香子さん
「歴史を勉強すると、いろいろな変化は緩やかにして起こらないことが分かる」
国分功一郎さん
「政権交代した時、私は10年くらいは辛抱しないといけないと言った。それくらいのスパンで政治を考えないとダメだ」
相田和弘さん
極端に変化しないことが大切
「政治にはいろいろな人の利害がからみ、何かを変えたら必ず誰かが損をする。急な変化で損をする人が、簡単に切られてしまう」
*「急激な変化の時」を恐れてはならないと思う。恐れても、恐れなくても、来る時は「来る」。急激な変化の時、人々の参加が落ち着いて進むように、舵は必要
「そうならないためにも、絶え間なく交渉や議論があってようやく少し変わる方が、むしろ健全。今回の選挙も、天下分け目の戦いでも何でもない」
湯浅誠さん
面倒な民主主義の仕組みを投げ出したくなるのは当然、しかし
「どういったら相手が聞いてくれるか。それを工夫することで人の創造性が鍛えられる。そうゆう人が増えれば、イノベーションも起こりやすくなり、社会も豊かになる。それが民主主義の魅力」
*いま対話が切実に求められている。安定した時代は、異なる相手との対話は、あまり必要ではなかった。乱の時代は、裏返せば、知恵あふれる対話が非常に求められる時代。自分たちの仲間内で集まって”叫んでいる”だけでは前に進まないし、落ち着いた前進も起こらない。そのまま放置すれば”自爆する”可能性も。そうしないために、異なる人たちどうしの対話がどうしても必要。”自爆する私たち”にしてはならない。
文化面で、大阪で行われたシンポジウム「ヒーローは必要か?」での発言を紹介する記事があった。
湯浅誠さん
「子育てに忙しい人は、私より100倍育児について考えていても、こうした集会に来られない。介護に追われている人もそう。そうして民主主義が形骸化していく」
「へとへとになると、家族の話も聞けなくなる。『早く終わらせて』というオーラを出しながら聞くフリをすることが精いっぱい。相手は『全然話を聞いてもらえない』と爆発してしまう」
考える時間も暇もない人は、社会の行き先を力強いリーダーに「お任せ」したくなる。
*それでも「参加」とそれによる「変化」の実感を生み出していくことが重要、と思う。時間があっても、それができていない現実がある。
宇野重規さん
「09年に政権交代した時、多くの人は日本政治はこれで変わると期待した。しかし3年間、結局何も変わらなかったという政党政治への不信で、人々はどんどん前のめりになってしまっている」
森千香子さん
「歴史を勉強すると、いろいろな変化は緩やかにして起こらないことが分かる」
国分功一郎さん
「政権交代した時、私は10年くらいは辛抱しないといけないと言った。それくらいのスパンで政治を考えないとダメだ」
相田和弘さん
極端に変化しないことが大切
「政治にはいろいろな人の利害がからみ、何かを変えたら必ず誰かが損をする。急な変化で損をする人が、簡単に切られてしまう」
*「急激な変化の時」を恐れてはならないと思う。恐れても、恐れなくても、来る時は「来る」。急激な変化の時、人々の参加が落ち着いて進むように、舵は必要
「そうならないためにも、絶え間なく交渉や議論があってようやく少し変わる方が、むしろ健全。今回の選挙も、天下分け目の戦いでも何でもない」
湯浅誠さん
面倒な民主主義の仕組みを投げ出したくなるのは当然、しかし
「どういったら相手が聞いてくれるか。それを工夫することで人の創造性が鍛えられる。そうゆう人が増えれば、イノベーションも起こりやすくなり、社会も豊かになる。それが民主主義の魅力」
*いま対話が切実に求められている。安定した時代は、異なる相手との対話は、あまり必要ではなかった。乱の時代は、裏返せば、知恵あふれる対話が非常に求められる時代。自分たちの仲間内で集まって”叫んでいる”だけでは前に進まないし、落ち着いた前進も起こらない。そのまま放置すれば”自爆する”可能性も。そうしないために、異なる人たちどうしの対話がどうしても必要。”自爆する私たち”にしてはならない。