一日中「誤報」「誤探知」の言葉が日本中を飛び交った。
「誤探知」
この聞きなれない言葉を耳にして
最初に浮かんだのは、「おたんちん」という言葉。
語源は聞いたことがないが
小さい頃、身近でよく言われた。
小学校二年ぐらいまでの子どもが
悪さをしたり失敗したりすると
「おたんちんだね、この子は」とよく言われた。
「おたんこなす」とは違う響きだった。
今回は、まさしく「おたんちん」。
5日付の朝日は、「役所異状 街は日常」と書いたが
政府やマスコミの大騒ぎとは別に
「花見・動物園にぎわ」った。
マスコミに、”騒ぎすぎない見識””かなり無視する見識”はないか。
一方で、ぞっとしたのは
「誤報」が全国を覆う、システムの巨大さと、その脆弱さ
そもそも、「事実」がなかった。
浜田防衛相は「防衛省・自衛隊における情報伝達の不手際」と謝罪したが
”伝達”ではなく、「情報認識」が出来なかった結果だ。
これでもし、「攻撃命令」が出されたら
部隊は、「迎撃」ミサイルを発射したか。
出発点での「飛翔体発射」が誤っていたのに、
”情報”雪だるまは、次々と実体に転化していった。
「実体」に転化した「情報」に基づいて
「攻撃命令」が出されていたなら
部隊は、「飛翔体」が見えなくても、撃ったか?
撃つのを止められたか?
少しの意図があれば、こうした「実戦」への飛翔が
不可能でないことを示した点で
今回の事件を重大だ。