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映画「ゴヤの名画と優しい泥棒」:大した絵じゃないな,と言い切るおっさんの心意気

2022年03月20日 13時19分38秒 | 映画(新作レヴュー)
「ノッティングヒルの恋人」「チェンジング・レーン」「ウィークエンドはパリで」。昨年9月になくなったロジャー・ミッシェルのフィルモグラフィーを眺めてみると,物語の傾向は様々なれど,どれもハリウッド作品とはひと味違う,「ちょっと毛羽立ってるけどウェルメイド」な手触りが共通しているように思う。1960年代にそんなことが起きたとは信じられない犯罪を扱った「ゴヤの名画と優しい泥棒」もまた,そんな彼の資質が効いている佳作だ。

1961年のロンドン・ナショナル・ギャラリーから,フランシスコ・デ・ゴヤ作の「ウェリントン公爵(THE DUKE=原題)」が盗まれるという事件が起きる。犯人は60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)。犯罪を企てた理由は「高齢者の国営放送受信料を肩代わりするための身代金」のため,ということだった。面目を潰された政府と警察は,高度な技術を持った犯罪者集団による犯行,という声明を発表するが,思わぬことからバントンは絵を返却する羽目に陥り,逮捕されて裁判にかけられる。その法廷でバントンは,思いの丈を裁判員に吐露するのだが…。

「信じられない犯罪」と勢いで書いてはみたものの,ピーター・モーガンが英王室の内幕を描いたNETFLIXのドラマ「ザ・クラウン」にも,最も警備が厳しいはずの王室宮殿に外部の人間がするすると入り込み,女王に謁見してしまう,というエピソードがあったな,と思い当たった。衛兵の交替儀式で名高い英国の警備が,事ほど左様にポンコツだったという笑い話の体裁を纏いつつ,労働者の救済を求めるケン・ローチ的なアプローチも微かに匂わせる程度に留めて,物語は家族の絆の確認という方向に舵を切る。そのさじ加減と予定調和的な展開に難癖を付けることは容易いが,私はバントンと妻(ヘレン・ミレン)のやり取りの妙に,膝を打った口だ。「大した絵じゃないな」というバントンの素直な感想に,「そういう話じゃないでしょ」とばかりに呆れる妻の姿が,百戦錬磨の夫婦漫才の味わいを湛えながら,お約束の判決になだれ込んでいく様には,凡百のアクション映画を越えるカタルシスが確かに存在している。

これが長編の遺作となったということ自体が,まるでミッシェル作品のエンディングのような仕舞い方のように見えてきて,「あっぱれ」の代わりに☆を追加。
★★★☆
(★★★★★が最高)


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