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映画「エンパイア・オブ・ライト」:名手によって捉えられる大英帝国の光と影

2023年03月11日 13時38分47秒 | 映画(新作レヴュー)
NETFLIXのドラマ「ザ・クラウン」の第5シーズンで扱われるチャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚のエピソードに絡んで,ヒュー・ハドソンの「炎のランナー」が出てくる。後にダイアナ元妃と共に交通事故で亡くなるドディ・アルファイドが同作を制作し,後にアカデミー賞を獲得することによって,ハロッズのオーナーだった父親に自分の仕事を認めさせる,というプロットだった。サム・メンデスの新作「エンパイア・オブ・ライト」においては,同作のプレミア上映セレモニーが終盤のハイライトとなるのだが,大英帝国の盛衰が通奏低音となっているという点で,響き合うものが感じられる。タイトルとは逆に「影」が全編を色濃く染め上げる渋い作品だ。

1980年代初頭のイギリス。海辺の小さな町で威容を誇る映画館エンパイア劇場が物語の舞台。支配人(コリン・ファース)のセクハラを我慢しながら,そこで働くヒラリー(オリヴィア・コールマン)の前に,進学を諦めて従業員となったスティーヴン(マイケル・ウォード)が現れる。二人きりで新年を迎え夜空に輝く花火を眺めた二人はやがて,クローズされた劇場上階のボールルームで逢瀬を繰り返すようになる。そんな二人の仲は同僚の知るところとなり遂には別れが訪れるのだが,寄る辺を失ったヒラリーは精神の均衡を欠いていき,遂にはワールドプレミアの会場である行動に出るのだった。

主演二人の堂々とした演技,こんな役は恐らく最初で最後かもしれないファースの躍動,そしてトビー・ジョーンズのいつもながらの安定した寂寥感と,役者のパフォーマンスを堪能する作品である一方で,圧倒的な存在感を放つのは「エンパイア劇場」そのものだった。まだレンタル事業や配信サービスが全盛期を迎える前とは言え,寂れた港町で複数のスクリーンを持ちカーペットが敷き詰められたこんな大劇場が存在していたのかという驚き。そんな奇跡がトレント・レズナー&アッティカス・ロスが奏でる電子音を伴い,メンデスの盟友ロジャー・ディーキンスのカメラによってスクリーンに定着されるのを確かめるだけでも映画館に足を運ぶ価値はある。劇場が放つ独特の香気には,エドワード・ホッパーの「ニューヨークの映画館」と通じるものがあるはずだ。

サッチャー政権が行った国営事業の民営化に端を発する社会不安の増大によって,エンパイア劇場のドアが破られると同時に終わりを告げられた儚い時。幻視で成り立つ映画そのものを慈しむ本作は,メンデス版の「ブリティッシュ・グラフィティー」だ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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