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映画「ONODA-一万夜を越えて」:戦争という狂気を超越して生きた男

2021年10月24日 11時43分39秒 | 映画(新作レヴュー)
本作の主人公である小野田寛郎さんが,フィリピンのルバング島から帰国した,というニュースははっきりと覚えている。けれども同様の体験をした横井庄一さんが,帰国後も様々なメディアで頻繁に取り上げられていたのに比べると,小野田上等兵のその後のニュースを耳にすることはほとんどなかったように思う。本作のフライヤーにある「帰国翌年にブラジルに移住」という記述を読んで,微かにそんな報道を目にした記憶が甦ってきたのだが,実際とは異なるというエピソードが描かれた本作を観て,二人の対照的な「帰国後」の軌跡がなんとなくではあるが腑に落ちた。お笑い芸人のネタにまでなった横井さんの「陽」のイメージと,決してカメラに目を向けることはなく,まるでまだジャングルの中にいる気配を纏い続けた小野田氏の「陰」。そこに興味を引かれたフランス人のアルチュール・アラリが撮り上げた3時間のジャングル生活は,スコールと暑さと孤独に満ちた想像を超える過酷なものだった。

フィリピンのルバング島のジャングルに潜伏していた小野田寛郎(遠藤雄弥・津田寛治)は,太平洋戦争の終結を信じないまま,3人の仲間と共に「戦闘」を継続する。出征前に陸軍中野学校で上官の谷口(イッセー尾形)から「お前たちに死ぬ権利はない」という教育を受けた小野田は,自分たちで小屋を建て,地元の農民から略奪することも厭わずに食料を調達しながら四半世紀を生き延びていく。戦闘や病気で仲間を失ってもまだひとり戦闘態勢を取り続けていた小野田だったが,彼の元に日本人の青年がやって来て,遂には彼の上官だった谷口を連れてくる。谷口は小野田に「戦争は終わった。武装を解除せよ」と命令し,小野田は彼の人生の黄金期を過ごしたジャングルを,帰国のために乗り込んだヘリコプターから見下ろしながら祖国へ帰っていく。

掘っ立て小屋とジャングルと住民がいる畑や川を,スコールに打たれ行きつ戻りつしながら進んでいく3時間は,同じ時間を要する濱口竜介の「ドライブ・マイ・カー」の時間の流れとは当然ながらまったく質を異にする。他者とのコミュニケーションの困難さと人間が持つ本来的な孤独を,演劇を中心とした他者との様々な関わりの中で炙り出していく「ドライブ〜」と異なり,上官の命令を,「孤独」更には「命」をも超越したルールとして刻み込まれてしまった人間の姿には,戦争という究極の理不尽を越えて胸に迫るものがある。連合国軍側だったフランス人が興味を引かれた最大の理由も,おそらくそこにあったのだろう。途中からラジオによって詳しい情報を把握していながら,美しい浜辺の向こうにあるはずの祖国が,彼には見えないどころか,現代の姿を想像することも叶わなかったに違いない。そんな悲劇を生み出す手先となったことの悔恨を滲ませたイッセー尾形の演技と,ジャングルを実際に生きた日本人俳優たちの身体を張った奮闘に敬意を表したい。
★★★★
(★★★★★が最高)

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