Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

映画の夢・夢の映画(2012秋)

2012-09-08 13:04:44 | 日記

ぼくの好きな映画;

★ 荒野の決闘(1946 ジョン・フォード)
★ 七人の侍(1954 黒澤 明)
★ 野いちご(1957 イングマル・ベルイマン)
★ 灰とダイヤモンド(1957 アンジェイ・ワイダ)
★ めまい(1958 アルフレッド・ヒッチコック)
★ 楢山節考(1958  木下惠介)
★ 太陽がいっぱい(1960 ルネ・クレマン)
★ 血とバラ(1960 ロジェ・ヴァディム)
★ ピアニストを撃て(1960 フランソワ・トリュフォ)
★ ウェストサイド物語(1960 ロバート・ワイズ)
★ 許されざる者(1960  ジョン・ヒューストン)
★ アラビアのロレンス(1962 デヴィット・リーン)
★ 女と男のいる舗道(1962 ジャン=リュック・ゴダール)
★ 秋津温泉(1962 吉田喜重)
★ 8 1/2 (1963 フェデリコ・フェリーニ)
★ 天国と地獄(1963 黒澤 明)
★ 軽蔑(1963 ジャン=リュック・ゴダール)
★ 鳥(1963  アルフレッド・ヒッチコック)
★ 柔らかい肌(1964 フランソワ・トリュフォー)
★ 怪談(1964  小林正樹)
★ 赤ひげ(1965 黒澤 明)
★ 飢餓海峡(1965  内田吐夢)
★ 男と女(1966 クロード・ルルーシュ)
★ 沓掛時次郎 遊侠一匹(1966 加藤泰)
★ 愛の渇き(1967  蔵原惟繕)
★ 明日に向かって撃て(1969 ジョージ・ロイ・ヒル)
★ 惑星ソラリス(1972 アンドレイ・タルコフスキー)
★ 狼は天使の匂い(1972 ルネ・クレマン)
★ ゴッド・ファーザー(1972 フランシス・F・コッポラ)
★ フェリーニのローマ(1972 フェデリコ・フェリーニ)
★ アギーレ・神の怒り(1972  ヴェルナー・ヘルツォーク)
★ 約束(1972 斉藤耕一)
★ 離愁(1973 ピェール・グラニエ・ドフェール)
★ 都会のアリス(1973 ヴィム・ヴェンダース)
★ 地獄の逃避行;Badlands(1973 テレンス・マリック)
★ ガルシアの首(1974 サム・ペキンパー)
★ 妹(1974 藤田敏八)
★ 鏡(1975 アンドレイ・タルコフスキー)
★ 地獄の黙示録<完全版>(オリジナル1979 フランシス・F・コッポラ)
★ エイリアン(1979 リドリー・スコット)
★ ツゴイネルワイゼン(1980 鈴木清順)
★ シャイニング(1980 スタンリー・キューブリック)
★ グロリア(1980 ジョン・カサヴェテス)
★ 殺しのドレス(1980 ブライアン・デ・パルマ)
★ 細雪(1983  市川崑)
★ 家族ゲーム(1983  森田芳光)
★ パリ・テキサス(1984 ヴィム・ヴェンダース)
★ それから(1985 森田芳光)
★ 未来世紀ブラジル(1985 テリー・ギリアム)
★ ロンリー・ハート(1986 ブルース・ベレスフォード)
★ 汚れた血(1986 レオス・カラックス)
★ 死への逃避行(1989 クロード・ミレール)
★ アビス(1989 ジェームズ・キャメロン)
★ 魔女の宅急便(1989  宮崎駿)
★ テルマ&ルイーズ(1991 リドリー・スコット)
★ 覇王別姫(1993 チェン・カイコー)
★ レオン(1994  リュック・ベッソン)
★ 楽園の瑕(東邪西毒)(1994 ウォン・カーウァイ)
★ エイジ・オブ・イノセンス(1995  マーティン・スコセッシ)
★ 恋人までの距離(1995 リチャード・リンクレイター)
★ セヴン(1995 デヴィット・フィンチャー)
★ ラヴ・ソング(1996 ピーター・チャン)
★ フィフス・エレメント(1997 リュック・ベッソン)
★ ナンニ・モレッティのエイプリル(1998 ナンニ・モレッティ)
★ 花様年華(2000 ウォン・カーウァイ)
★ ザ・セル(2000 ターセム・シン)
★ Distance(2001 是枝裕和)
★ リリイ・シュシュのすべて(2001 岩井俊二)
★ メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬(2006 トミー・リー・ジョーンズ)
★ スカイ・クロラ(2008 押井守)



*書き忘れた映画があるかもしれない(思い出したら、順次追加)
またすぐれたテレビドラマ(国内、海外とも)があった。





☆ Jean-Luc Godard ‏@godard_bot
映画史というのは、自らの歴史をもつことができる唯一の歴史だということです。なぜなら、映画史というのは自らの痕跡をもっている唯一の歴史だからです…人々がこしらえたさまざまの映像が残っているからです。―ゴダール






全東洋街道;ニンゲンの体温

2012-09-06 11:16:53 | 日記


藤原新也の“全東洋街道”に結実する旅は、1980年から1981年の“歩行”であり、1981年に『全東洋街道』(集英社)として刊行された。

ぼくが“見た”のは集英社文庫上下2巻(1983年刊行)である。

すなわちこの旅から、30年近くが経過した。

しかし、いまこの本を読み返す(見返す)とき、いったい、この30年で、なにが変わったのだろうか?

この本の終章、《一年余の旅を終えこの東洋の端の私の列島に上陸した》藤原新也は、なにを見たか。

場所は高野山清浄心寺の宿坊であった。
その部屋に、“テレビ”があった。
テレビをつけると、《絵の出ない前にとつぜんその灰色の光の方から耳をつんざくほどの爆笑が飛び出てきて、部屋の空気をゆるがせた》。

“赤信号、みんなで渡れば怖くない”



さてここに、この『全東洋街道』の‘あとがき’となっている部分から引用する;

★ 人の生きて行く過程の中に、いくつかの節目があるかのように、「旅」にも氷点がある

★ 旅のはじめの、熱かった血潮はわれ知らず萎え、やがて、それが臨界点に達した時、凍結する

★ 歩行は止まり、目はくもり、舌は喜ばず、耳はうっとうしく、鼻は匂わない

★ 特にニンゲンがうっとうしい
私はニンゲンを避けて、風景ばかり見ていた

★ 私は起死回生の旅に出た
「全東洋街道」が、その旅である

★ 誰にも「氷点」はある
必ずやって来る
人間の氷点を溶かしてくれるものは
ニンゲンだ。ニンゲンの体温だ

★ 「人間は肉でしょ
気持ちいっぱいあるでしょ・・・・・・」
あのイスタンブールの娼婦ドルマが呆けたような顔をして
ふともらした言葉の意味するものの中で、
ヒトは溶ける

(引用)






* 写真も藤原新也(借用)







カウンセリング-B 孤独について

2012-09-05 15:01:15 | 日記


今日読んだ言葉(少々);

★ 啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜け出ることである。

★ ところでこの状態は人間が自ら招いたものであるから、彼自身にその責めがある。

★ 未成年とは、他人の指導がなければ、自分自身の悟性を使用し得ない状態である。ところでかかる未成年状態にとどまっているのは彼自身に責めがある。

★ というのは、この状態にある原因は、悟性が欠けているためではなくて、むしろ他人の指導がなくても自分自身の悟性を敢えて使用しようとする決意と勇気とを欠くところにあるからである。

<カント「啓蒙とは何か」1784 ―立岩真也『私的所有論』第7章に引用>







タイフーンの吹いている朝
近所の店へ行って
あの黄色い外国製の鉛筆を買った
扇のように軽い鉛筆だ
あのやわらかい木
けずった木屑を燃やすと
バラモンのにおいがする
門をとじて思うのだ
明朝はもう秋だ

<西脇順三郎「秋」 ―田村隆一『詩人のノート』より引用>






カウンセリング

2012-09-04 18:33:00 | 日記


先日「ナンニ・モレッティのエイプリル」(映画)で感銘を受けた<言葉>を自分のために記録しておく。

状況は、はじめて自分の子(息子)が生まれたモレッティ(父)が、“赤ん坊とのつきあい方”についてカウンセリングを受ける(女性カウンセラーから)場面である;

《あなた自身を(赤ん坊に)さらけ出しなさい》

(それが赤ん坊に“社会性を”あたえる)








生存学

2012-09-04 07:38:31 | 日記


<飽和と不足の共存について>(立岩 真也 2012/08/20送付 生命倫理学会大会・大会長講演要旨 於:立命館大学)

以下、プログラムに記した御挨拶より。

★ このごろ、「生命倫理学」はそこにあって、あとは教育されたり普及されたりのものであるかのように見えてしまうことがあります。もちろん、議論すべきことがみな決着しているのであればそれにこしたことはなく、以後、啓蒙したり相談に乗ったりすればよいのでしょう。ただ、残念ながら、そんなことばかりでもなく、「倫理」について、それを論じるに際しての「事実」について、詰められていない、あるいは単純に知らないことがまだたくさんあるではないか。そしてそんなこんなの間に、生きるためのことを止めることやしないことは、なんだか当たり前のことになりつつあるようにも見えます。そんなことを、2011年度をもって終了し、これから大学内の研究センターとしての活動として引き継がれていくグローバルCOEプログラム<「生存学」創成拠点――障老病異と共に暮らす世界の創造>の活動を行っていく中で感じてきました。調べ、考え、報告し、議論する。それを続けていかねばなりません。学会とその大会はそのためにあるでしょう。そこで非力ながら会場校をお引き受けすることにしました。闊達な議論がなされることを期待します。

★ そんなことを感じ、考えています。では私自身は何を考えて、それでどうなったのか。それを限られた時間でお話しすることは難しく、書いたもの、これから書いていくものを読んでいただく他ないのだろうと思います。講演では、むしろ、なぜこのようなことになってきたのか、と私が思うのかについて、いくらかのことをお話してみたいと思います。

★ 倫理学が行なうのは、やはり基本、是非を論ずることでしょう。それがどれだけいまできているのだろうという思いが一方にあるのですが、その前にもう一つ、世界でなにが起こっているのか、過去に起こったのか、きちんと記録し記述するというごく基本的なことがあまりになされていないのではないか。もちろん様々が輸入され翻訳されてきて、それは随分の量になっているのですが、しかしやはり足りない。他方、わかりやすく読みやすくそして同時に(題名だけであったりするのですが)挑戦的であると称する本はおびただしい数出版され、読まれてもいるようです。そうした中で私は少数派であるように思えてしまうことがないでもなく(本当はそんなことはないとも思っているのですが)、しかしここで嘆きを語っても仕方がないのですから、冷静にこのかんのことを振り返り、こんなにすることがある(それは研究者にとってはおおいに歓迎な事態のはずです)と言おうと思います

(以上引用)








人生の初心者 (恥も外聞もなく)

2012-09-03 23:14:08 | 日記


★ だから人は旅に出る。

★ つまり人生に関する多くの根源的な問いは一メートル四方の机上で「考える」行為によって答えが出るはずもない。
仮に他者の死への悩みというものがあれば、「動く」行為によって、いつしか「考える」行為が遠ざかり、無為無私になったとき、その悩みというものが実は自己愛(自我)を根源として生まれていることに気づくだろう。
その中で自らの心が軽くなったとき、他者の死も軽くなり、世界の皮が一枚めくれる。

★ 腐るほど旅を重ねてきて旅の意味もわかっているにもかかわらず、いざ自分の切実なこととなると恥も外聞もなく旅(人生)の初心者に立ち戻らざるを得ない。
あるいはそれが人間のありのままの姿なのだろう。

<藤原新也『なにも願わない手を合わせる』(文春文庫2006)>








父と子

2012-09-02 22:57:59 | 日記




録画してあった「ナンニ・モレッティのエイプリル」(1998)をひさしぶりに見ました。

”モレッティ”が自由なのか、”イタリア人”が自由なのか?

こういう映画を見ると(まあこれは”映画”にすぎないのですが)、”日本人の関係”の不自由さが(”家族”でも、”社会”でも)つくづくいやになります。


イタリア人の”デモ”も自由を感じる。






 

2004年夏

2012-09-01 21:59:03 | 日記

今日は断続的に雨が降る、東京郊外;



★ 物事の本質を、言葉ではなく、瞬時に直感でつかみ取った幼児のころ。わたしたちはまだ、とても柔らかい身体を持っていて、言葉というものに呪縛されていなかった。

★ 何も知らない身体に、言葉が染みとおっていく。それは確かに、読書体験で得る大きな快感だ。快感であるには違いないが、大人になったわたしの目から見ると、悲しみのようなものが、そのなかに混じる。言葉のない世界に、言葉が次々と押し寄せていく。たくさんの言葉が身体に詰め込まれていく。そのことの喜び、そのことの悲しみ。

★ 他者と共有している言葉のなかには、それを使う個人の「記憶」が眠っている。だから記憶を失った人間の不幸は、言葉の根元を失うことの不幸であり、それはそのまま自分自身を失うことの不幸となるのだろう。

★ 物語を読むことは、どこか「死」に触ることと似ているような気がする。なぜ、わたしたちは、物語を欲するのだろう。わからない。しかし生きている限り、生命はそれを、欲するという気がする。ひとは死ぬことで、生きているあいだに費やされた言葉のすべてがはじかれてしまう場所へ行き着く。

<小池昌代『井戸の底に落ちた星』(みすず書房2006)>






2012/9/1

2012-09-01 05:26:06 | 日記




今日から9月。

曇り。

今年の夏、東京は、異常に雨が少ない。

この夏、ぼくは精神に変調を来たし、それでも生きている。

すなわち、(この歳になって;笑)、生きているということについて”考える”。

すなわち、考えるということの、無効性について考える。

昨日、(めずらしく)ひとと会うことがあり、昼間からビールを飲んだ。

”ビールを飲む”ことが、まったくの日常(習慣)であるひとも多いだろうが、ぼくにはそういう習慣さえなかった。

だから、どうってことじゃない。

昨日(フツーの)テレビ番組で、”これからの日本を担うことを期待する有名人”を小・中・高校生に聞き、そのベスト10を決めるというような番組を(偶然)見た。

”彼ら”は、明るく元気の出る人を求めているらしい、実行力のあるひとをである。

この”ベスト10”には、ぼくがまったく知らない人が、2名いたが、あとはほぼ予想通りの顔ぶれであった。

1位は、橋下とかいう、ぼくにはまったく魅力の感じられないひとであった、石原慎太郎とか、北野武とかいうひともウンザリである。

これでは、日本は変わりようがない(”苔のむすまで”)

すなわち、うんざりするほどの”テレビ顔”であった。

すなわち、子供たちは、テレビなのである。

彼らの世界そのものが、テレビである。

さて、今日、老人は、”床屋”へ行こう。


いま、雨が来た。



そういえば、昨夜、昔買ったゴダールの「自画像」というDVDを見た。

長い間、大昔に買ったDVDプレーヤー(録画・再生)が壊れて、DVDを見ることができなかった。

お金がないので、再生専用機なら安いかもと検索したら3千円ちょっとで買えたのである。

“むかし”録画したDVDがかなりある。

すなわち“むかしの映画”をボチボチ見ていこう。

「JLG自画像」はよかった、静謐(せいひつ)である。