Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

家族写真

2013-07-30 12:04:43 | 日記

★ 「あの子は特別な子でした!」とカレン・ジョルダーノは報道陣に語った。両親が自分のこどものことを説明するとき、よくそういう言い方をするが、ふつうはたいてい誇張にすぎない。大部分のこどもたちは、愛する両親の目にはともかく、実際には少しも特別ではないからだ。だが、そんなことはどうでもいい。重要なのは、彼女がカレン・ジョルダーノの娘だということなのだ。

★ だから、あのころ、町の通りを歩いているとき、上空から見れば砂粒みたいに見分けのつかない人々の顔を見ながら、この地上にいる人にとっては、すぐそばにいる人にとっては、どの顔も唯一無二のものだ、という考えをわたしは受け入れた。それは母親の顔であったり、父親の顔であったり、妹や弟や、娘や息子の顔なのだ。それは無数の思い出が刻みこまれている顔であり、だから、ほかのどんな顔とも違う顔なのである。

★ それこそ人を人に結びつけている核であり、人間を人間たらしめているものであり、もしもそれがなかったら、わたしたちはなにも映していない、どろんとした目の、無関心の海のなかを――ただ生き延びていくための最低限の糧を求めて――永遠に泳ぎつづけるだけだろう。それがなければ、歯が肉に食いこむ痛みや、岩や珊瑚にこすられてひりひりする痛みは感じても、身も心も捧げた愛情を知ることはなく、したがって、カレン・ジョルダーノの苦悩の深さも、彼女の心の振幅の激しさも、その癒えることのない傷やけっして埋められない喪失感も知ることはないだろう。そして、のちにあきらかになったように、ニュースまでには帰るというなんでもない約束のなかに、どんな苦悩や暴力が隠されていたかを知ることもないだろう。

<トマス・H・クック『緋色の迷宮』(文春文庫2006)>







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