★ 彼が掘り続けた鑿の音とそのこもった反響が、意識のはるかな奥で聞こえる。壁に小窓を彫り抜く最後のひと打ちで、ここに射しこんだ最初の光が見える。あるいはそのひと打ちは夜のことであって、ぽっかりと穿たれた穴から星々の幾つかが見えたのかもしれない。ここに射しこんだ最初の光が昼の日ざしであろうと、深夜の星の瞬きであろうと、彼がその瞬間、床に跪いて石の粉だらけの頭を垂れ、肉刺(まめ)がつぶれた血だらけの両手を組んで、天に祈ったことを、私は自然に想像できた。
<日野啓三『遥かなるものの呼ぶ声』(中公文庫2001)>
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