★ その水晶の柱の家は、火星の空虚な海のほとりにあり、毎朝、K夫人は、水晶の壁に実る果物をたべ、磁力砂で家の掃除をする。その様がよくみえた。磁力砂は埃をすっかり吸い取り、熱風に乗って吹き散ってしまうのである。午後になると、化石の海はあたたまり、ひっそり静止し、庭の葡萄酒の木はかたくなに突っ立ち、遠くの小さな火星人の骨の町はとざされ、だれ一人戸外に出ようとするものはいない。そんなときK氏は自分の部屋にとじこもり、金属製の本をひらいて、まるでハープでも弾くように、浮き出た象形文字を片手で撫でるのだった。指に撫でられると、本のなかから声が、やさしい古代の声が語り始めた。まだ海が赤い流れとなって岸をめぐり、古代の人々が無数の金属製の昆虫や電気蜘蛛をたずさえて戦いに出掛けた頃の物語を。
<レイ・ブラッドベリ“1999年2月 イラ”-『火星年代記』(ハヤカワ文庫1976)>
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