9年前の今頃、仕事を探していた。
前年春から続いていた仕事探しは、このときまだ終わっていなかった。暮れ頃にはかなり気が塞いでいたが、この頃は落ち着いていたように思う。
その1週間ほど前の正月3が日、いつも家族と行く七福神巡りで立ち寄った蕎麦屋に、財布を忘れてきた。
戻ってから気がつき、慌てて店の名を調べて電話をかけたら、預かっているという。翌日、菓子折りを持って蕎麦屋に行き、引き取ってきた。父は大笑いして、きっと今年はいい年になるよ、と言ってくれた。。
そんな年の始まりの、最初の就職活動先は、健康器具を製造販売する会社だった。経理職員(データ入力や書類記入等をする事務員)1名を募集するという。
郊外の私鉄沿線にある本社に行ってみると、100人以上の人がホールに集められている。皆応募者だが、顔触れは老若男女、様々だ。立派な紳士もいれば、主婦らしき人もいる。若い人はそれほど目立たなかった。
ステージに置かれたモニターは、商品の説明や利用者(年配の人たち)の喜びの声などを紹介するビデオが流されていた。そのうち会社の幹部の人たちがステージに並んで、なにやら演説をしたり、製品かなにかの実演を見せられたりもした。各地に不動産を持ったり、飛行機のリース権?を所有したりと、かなり裕福な会社であるようだった。
数時間してようやく一人一人の面接が始まったが、僕は「OOさんは・・、なにか質問はありますか?」と聞かれただけだった。来訪したのは午後の早い時間だったが、終わったのはもう日の暮れるころだった。
そのころのメモを見ていると、自分がどう感じたかということは書かれていない。どこに行ったとか、世間をにぎわしていたニュースとかを記録しているだけだ。ただ、自分が今まで接したことのない世界を見たな、という驚きのような感情は、心に残っている。
今の仕事を始めたときにも、似た感情があった。この年の冬はかなり寒く、仕事に通い始めたその日の夜には雪が降った。その後も数回、4月を過ぎてからも酷く寒い日があり、雪になった。そのせいもあり、この頃のことを思い出すと、冷たく濁った沼に、体を沈めていくような、そんな印象がある。オフィスの壁も、窓から見える風景も、地下鉄の通路も、皆どこか薄汚れて寒々しかった。
今こうして色々思い返したり、メモを見直したりしていると、9年も昔のことだとは思えない。しかし、実はそうやってメモを手にするまでは、ほとんどのことは忘れていた。あの頃はまだ旧宅にいたし、鳥たちもいなかった。
その頃のことを思うとただ、「冷たい沼」という言葉が、最初に心に浮かんでくる。