京都国立博物館の北側にある「豊国神社」さんは豊臣秀吉をお祀りする神社で
正式名称は”とよくにじんじゃ”と読みますが京都では”ほうこくさん”という名で親しまれています。
徳川家康の時代に”豊国”(とよくに)と言うのは豊臣の国のようだ
ということから読み方を禁止され”ホウコク”と言われるようになったということです。
現在の京都の街の基礎を築いた秀吉ですが
かつては自分を神として祀る為、膨大な敷地に
神社や大仏殿などを建てていたようです。
今は残っていませんが奈良の大仏を凌ぐ
高さ19mの大仏が約50mの大仏殿に入っていたそうで
三十三間堂前に『大仏前交番』や『大仏前郵便局』という名残があります。
大仏は幾たびか再建されますが地震や火事などで消失してしまいました。
秀吉の権力を象徴するものは家康の時代にことごとく破壊され
現在の豊国神社は明治時代になってから再建されたものです。
重要文化財にもなっている唐門は伏見城から移築されたもので
西本願寺や大徳寺の唐門と併せて国宝三唐門と呼ばれているそうです。
豊国大明神の神号は後陽成天皇によって与えられたもので
秀吉を神としてお祀りしています。
唐門に施されている彫刻は見事で
かつては更に金箔が施されていたと伝わっています。
絵馬の形は秀吉の馬印であった千成瓢箪
破魔矢にも瓢箪が・・・
唐門を入ると神殿
隣の宝物館では秀吉の遺品などが展示されています。
秀吉が使っていたと伝わる獏御枕
悪い夢を食べてもらうという意味でこの枕を使用していたそうです。
千成瓢箪は戦いに勝つ度に瓢箪を増やしていったということですが千は無かったようです。
というより実は上の一つだけだったという説もあります。
鉄灯篭(重文)
豊国祭礼図屏風