鉄道模型・色差し三昧

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西武新2000系の記憶

2011年05月20日 | 記録と記憶……実車あれこれ
福島第一原発に襲いかかる津波の画像が、今ごろ公表されました。
今さら、という感じですね
よほどの悪夢だったのでしょう。
心境としては、よく判ります。
組織も、所詮は人間の集まりですから。
人間は、個人個人ならとても弱いモノです。
弱い自分を自覚しておくこと、それが大事なんだろうなぁと改めて思いました。
弱さを自覚できないと、天狗に、傲慢になります。

西武新2000系って、いつ乗ったっけなぁ。
車内が明るくて、居心地の良い電車ですね。
わりと好感をもっています。
旧2000系は好きになれないのですが。

↑大きくなるはず。
新井薬師17時56分発に乗っています。
某Nゲージメーカーのショールームに行った帰りですね。
京王では、8000系の新車搬入中です。
6000系の5両口+3両口+2両口編成も懐かしいですね。
分割急行の高尾山口・多摩動物公園行きがあった時代です。
この当時、このタイプの編成は5両口+3両口の間を幌で通り抜け可能にしていました。
京王では、非常時の避難経路を編成前後端で確保することが原則と聞きます。
ですから、中央に組み込まれる3両口の避難経路のために、幌で繋いだのです。
2両口は平日日中は開放されるため、幌では繋ぎません。
ところが、休日の急行ダイヤでは5両口と3両口の間で編成を切り離します。
幌は5両口の新宿方先頭車に格納されます。
すなわち、編成中央に組み込まれる3両口は、避難経路が確保されないということになります。
分割運用は夕刻には終え、夜間は急行高尾山口行きだけになります。
そのためでしょうか、10輌で新宿に上った編成は折り返し高幡不動まで下ってきたあと、
2両口を開放してから高尾山口に向かいました。
マメに分割併合を行っていたころの、京王の話しです。


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コメント (2)
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