肯定的映画評論室・新館

一刀両断!コラムで映画を三枚おろし。

『クラッシュ(ポール・ハギス)』、観ました。

2006-03-11 20:11:23 | 映画(か行)

クラッシュ

 『クラッシュ(ポール・ハギス)』、映画館で観ました。
クリスマス間近のロサンゼルス。黒人刑事のグラハムは、相棒であり恋人
でもあるスペイン系のリアと追突事故に巻き込まれる。彼は偶然事故現場
近くで発見された黒人男性の死体に引き付けられる……。
 ずっしりと重たい映画でありながら、観終わった後の…、この不思議な
清々しさは何だろう。さすが『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家ポール・
ハギスが自らメガホンを取った“群像ドラマ”のサスペンス、、評判通りの
傑作だ。さて、普通、この手の群像ドラマでは、一人や二人は「アレ、この人
誰だっけ??」みたいな事があるのだけど、ことこの映画に限っては一切ない。
つまり、それだけ演出に無駄がなく、脚本がカンペキだということ。更に
付け加えるなら、本作で頻繁に使用される“人種差別”のキーワードに
大きな意味はなく、例えば、白人と黒人、中国人とメキシコ人とイラク人…、
そんな風に“キャラクターの色分け”の手段のように思えてくる。むしろ、
ここでは“人種差別”を含めた、もっと大きな問題について‥‥、肌や目の
色が違うというだけで、人は何故こうまでして互いに憎み合い、傷つけ合い、
殺し合わなければならないのか…、人間の愚かさや、醜さや、弱さについて、
時間を掛けて描かれているのではないのかな。
 次に、ボクが本作で、思わず叫び出しそうになった場面がひとつ。それは
黒人の鍵(かぎ)職人の一人娘が、逆恨みのイラク人によって銃で撃たれて
しまう場面だ。人が“世界で一番愛するもの”を失った瞬間の悲しみと叫び…、
観ながらボクは、自分の愛する娘にダブらせながら、その瞬間、自分の命も
一緒に消えてなくなるような錯覚を覚えた(涙)。そして、同時にボクが
感じたことは、それぞれの受けた悲しみが“怒り”となり、その怒りと怒りの
ぶつかり合い(クラッシュ)が、“人々の対立”を生んでいるんだということ。
だけど、ふと気がつけば、そんな病んだ世界にも“救い”があって、夫が
妻を愛するように…、父が娘を愛するように…、若者が友を愛するように…、
知らず知らずに人は“近くの誰か”を愛してるんだね。今のボク達に大切なのは、
感情の《ぶつかり合い》なんかじゃない、心と心の《触れ合い》なんだ。
ラストシーン、絶望と孤独の淵にいた黒人刑事が、土の中から小さな神像を
見つけ出す。もしかしたら、それは彼にとって「良心」という名の“救い”だった
のかもしれない。

 



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