肯定的映画評論室・新館

一刀両断!コラムで映画を三枚おろし。

『マッチポイント』、観ました。

2007-02-12 20:39:01 | 映画(ま行)


 『マッチポイント』、観ました。
野心家の元プロテニスプレイヤーのクリスは、大金持ちの息子トムと親しくなり、
トムの妹クロエと付き合うようになる。ところが、ある日、トムの別荘に招かれた
クリスは、トムの婚約者であるノラと出会い、挑発的な態度の彼女に惹かれ、
関係を持ってしまう‥‥。
 いかにもウディ・アレンらしい、上品な雰囲気と、知的でウィットな会話が
並ぶ。近年では珍しい、映画を文化的に楽しむ事の出来る“贅沢な大人のラブ
ストーリー”だ。女にとっての“愛”とは??、男にとっての“愛欲”とは??、映画
序盤は、行きかう会話の優雅さとは裏腹に、その言葉の端々で見え隠れする
それぞれの本心…。他の者(仲間)には悟られず、意中の相手の出方を探る
男女の駆け引き、その口から出た嘘と真(まこと)の凌ぎ合いは、まさにテニスの
ゲームさながらにスリリングだ。一転、終盤では、これも“ひとつの愛の側面”
とばかりに、男女の醜い罵り合いへ…、そして、ついにその愛憎劇の結末は
行き着くところまで…(笑)。確かに、アレン作品の常を思えば“コミカルさ”は
抑えられてはいるが、軽快なセリフ廻しとお話作りの巧さは相変わらず絶妙、
いつの間にかグイグイ引き込まれ、時間の経過を忘れてしまう。
 さて、映画は、名作『陽のあたる場所』を思わせる…、大いなる野心を持った
青年が、上流社会に入り、その世界にしがみつこうとするあまり、自分自身を
見失ってしまう物語。人間とは、弱いもの…。普段はそう思っていなくても、
いざ目の前に“魅力的な誘惑”が現れると、そちらの方に目移りしてしまう。
例えば、この映画では、それが一流企業での重要なポストであったり、莫大な
財産であったり…、中でも主人公にとって、官能的な女性ノラとの出会いは
その最たるものなっていく。しかし、ふと気がつくと、それを手に入れる過程で、
社会での体裁とか、世間体とか…、付属品として引っ付いてきたものの重さに
辟易(へきえき)する。そして、いつしかそれは鉄の鎖となって、自分の手足を
がんじがらめに縛りつけ、体の自由を奪うのだ。観ながらボクが感じたことは、
人生で何かを得る為には何かを失わなければならない。少なくとも、彼の場合は、
その捨てるものと得るものの選択を間違えてしまったってこと。考えてみれば、
かつての彼は、世界の各地を転々としながら賞金を稼ぐプロテニスプレイヤー…、
不安定だが“自由”はあった。しかし、安定した生活を求めてクラブのコーチ
となり、更にひょんな事から“偉大なる管理社会の一員”になってしまう。つまり、
彼は地位や財産を手にする一方で、その引き換えに“自由”という大切なものを
失ってしまうのだ。恐らくや、彼が誠実だが面白味のない社長令嬢ではなく、
官能的で気性の荒い愛人ノラの方に惹かれてしまったのは、彼が無意識のうちに
“自由”を欲していたからではなかろうか。映画終盤、主人公が投げた指輪が
橋の手すりに当たって手前に落ち、(結果的に?)思わぬ幸運が転がり込んで
きたように思える…。が、果たして本当にそうなのか??、やはり、テニスのコード
ボールは、手前に落ちればアンラッキーで、向こうに落ちればラッキーなのだ。
一見、ハッピーエンドに見えるが、ボクにはこの上なく“ブラックで皮肉な結末”
のように思えて仕方ない。なぜなら、もはや彼は後戻り出来ず、逆らうことさえ
許されない。身動きの取れない“カゴの中の鳥”として一生を過ごすのだから。

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