Shadow
何物にも、何事にも、何様にも
shadowは必要なmono
確かに
生きている証拠写真
存在を支える”もう一つ”の形
lifeに必須の”もう一つ”の姿
認識の有無に拘らず
ヒトも動物も、物も植物も
若しくは、全ての立場も
あらゆる在り様も
何某の
その要因で生かされている
きっと、例外はない
気づくものと
気づかないものと
感じる感性と
無感覚の幸せと
もともと、影とは、蔭とは、翳とは
そういうもので
有無の俎板にさえ乗らぬもの
けれど
inochiの真理やhintに成る
shadow・・・僕らの人生にはさまざまなカゲがあるのでしょうか?そしてその多くは自分から出たカゲなのでしょうか。
ある気象予報士が梅雨明けは15日頃と言っていましたが、どうなることでしょうか。昨日35℃もあったのですね!
「 <人はカナダ陰徳を修すへ> 曹洞宗の正法眼蔵随聞記]に収められた一文です。陰徳とは誰かに気づいてもらう、知ってもらうことを目的としない良い行いを指します。・・私たちがもっとも自然に、なおかつすぐにできる陰徳は、感謝の気持ちを抱くことでしょう。この世に生を享けたこと、いまを生きていることに感謝すれば、両親にありがとうと伝えたくなるでしょう。定食屋さんやファストフードであわただしく食事をするときでも、心を込めて<いただきます>や<ご馳走さま>が言えるはずです。2019年5月8日のオリックス
・バファローズ戦で、私は監督通算527勝を達成しました。ファイターズの監督としては、前身球団を含め単独でま二位になりました。試合後の取材では<数字はあまり関係ないですね>と話しました。謙遜ではありません。栗山英樹が勝ったわけじゃない。選手たちが527の勝利を勝ち取り、たまたまそのベンチに私がいただけです。選手、コーチ、球団のスタッフへの感謝の気持ちでいっぱいでした。 <本当にそれしかない>と頭を下げました。仕事も私生活も人間関係も、すべて完璧にこなせる人はいません。自分自身にも欠点があることを認識すれば、周りの人の失敗がことさらに気になることはないでしょう。・・子どもを持たない私には想像の域をでませんが、親が子どもをを思う気持ちは気高いと感じます。・・子どもの未来をいつでも、力みなく、自然に、飽くことなく考え続けるー私もそういう気持ちで選手たちに接したい。自分に良い流れを持ってくるには、陰で人のためにどれだけ尽くせるか、そのための努力が問われるのでしょう。(栗山ノート)」
最初の書き出し<人は必ず陰徳を修すべし> です。済みません😰
「陰徳」ですか
陰で徳を積む、凡人には難し過ぎますが
目指すのには良い言葉ですね。
多分一生かかってもその境地には辿り着けないでしょうけど・・
鮮明な足跡は
きっと残せそうにないから
せめて影の色合いを濃くしたいと・・
今回は大雨に遇わなくて済みそうですね