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精神科医師のブログ。
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安曇総合病院再構築に関してのまとめ、その2

2012年03月25日 | Weblog
がん診療に引き続き、今度は救急医療に関して考察していきます。
果たして地域医療再生基金を原資の一部として安曇総合病院にICU(集中治療室)をつくるということが適当なのでしょうか?



安曇総合病院の救急医療の現状

私は4年前に安曇総合病院に来てから、月に約3回ほどの夜間休日の当直(全科当直)をやってきました。最近は在宅拘束をするかわりに2回に免除してもらっています。まずは現場から見える現状を説明させて頂きます。

救急医療のそもそもの前提条件としてマンパワーも少なくなる夜間休日にあらゆる医療ニーズに応えることはできません。ですので救急外来の仕事は放置しておくと致命的になったり重症化しうる疾患を見逃さず入院して治療や経過観察を行ったり高次医療機関につなぐなどのことが仕事の9割だとおもって仕事をしています。(それ以外の患者さんには最低限の処置、投薬をして翌日以降の専門外来につなぐことが仕事です。)
幸い当地域の患者さんはいわゆるコンビニ受診することも少なく、受診前には電話相談してから来てくれる慎み深い方が多いです。またしたたかに受診する医療機関を使い分けているような様子もあります。
安曇総合病院の救急ではいわゆる2次救急まで対応しており現在、全科当直(当直医がいったんはあらゆる科に対応)で、入院患者さんへの対応(主治医や各科拘束医が対応できない場合のみ)、普段かかりつけの高齢者を中心とした対応(肺炎などの感染症、脱水、緩和ケアなど)、骨折や捻挫、喘息発作やインフルエンザなどへの対応のほか、精神疾患への対応(過料服薬などの対応も含め精神科拘束医が直接対応。)、心肺停止して搬送症例への救急蘇生、重症疾患のトリアージ、すなわち自分で重症度を判断できない近隣の患者さんに対して診察、検査等をおこない必要なら高次医療機関へ紹介し転院までの段取りを行なっています。当直医以外にも各科拘束体制(呼び出し)をとり必要な処置や入院対応を行っています。

救急患者さんの数は多くても一晩で10人程度、救急車は0~3台程度であり深夜帯(0時~8時30分)は呼ばれないことが多いですが、それでも普段とは違う業務であり緊張を強いられ疲れます。研修医が入ると指導はしなくてはいけませんが経験もだいぶ増えたこの時期には役にたつようになります。年配の医師には当直はしんどいようで、当直業務をするのは精神科や整形外科の若手医師が多いです。(もちろん若い医師でもしんどいですのが、年配の医師に頼まれて代わることもあります。)当直明けの日(無理ならその週のうち)には半日で帰れる規定になっていますが、実際には通常業務のため帰れないことの方が多いです。それでも精神科や整形外科はなんとか明けは帰れるように配慮しています。
事務や看護師、放射線、臨床検査技師も当直し放射線検査やある程度の緊急検査がとれる体制はとっていますが夜間は診療所程度+αの診療機能になります。診断はできますが治療はできず虚血性心疾患や脳卒中、急性腹症などは多くは松本地区の急性期病院にお願いしています。
夜間休日の脊髄損傷や子どもの骨折などの整形外科手術や虫垂炎、胆嚢炎などの腹症外科の緊急手術を行うことはありますが稀です。
もともと小児の三次救急(熱性けいれん、胃腸炎や肺炎などの入院には対応します)や産科婦人科の救急は取っていません。

救急車の搬送数を北アルプス広域連合のデータでみると平成22年は大北医療圏(人口6万2000人)で発生した救急搬送車(2,830件)のうち7割を安曇総合病院と市立大町総合病院(やや大町病院のほうが多い)でカバーしており3割が他の医療機関に流出していました。その3割のうちの70%(全体の約2割強)が安曇総合病院から30分~40分のところにある松本医療圏の安曇野赤十字病院、信州大学付属病院、相澤病院。一ノ瀬脳神経外科の急性期病院である4病院搬送されています。

安曇総合病院にICUをつくることの是非

地域医療再生計画では二次救急機関の救急患者受け入れ強化をうたっていますが、県議や院長は安曇総合病院でも地域医療再生基金でICU(集中治療室)をつくり急性期の脳卒中と心筋梗塞をみていきたいというような希望(妄想?)もあるようです。特に都市部から離れた小谷や白馬の方などは救急医療機関に到着するまで他の医療圏よりも平均15分以上も余計に時間がかかる、大北の救急患者を大北医療圏で見られず他の医療圏に流出していることは由々しき問題でそれを何とかしたいということのようです。しかし、現実問題としてたとえICUをつくったところで重症患者を一定以上確保して一定以上のレベルでちゃんとみることはどう考えても困難です。(コンサルタントの試算でも職員、患者の確保は困難という結論でした。)

3次救急とは2次救急医療(一般的な入院医療)では対応できない複数診療科にわたる特に高度な処置が必要、または重篤な患者への対応機関であり平たく言えば、「ICUで加療する必要がある患者」への医療を指します。つまり3次救急医療の中心となるのは緊急処置や手術、全身管理が必要となる多発外傷や虚血性心疾患、脳卒中などの血管系の救急、手術が必要な急性腹症、全身熱傷などが主な対象となります。
これを安曇総合病院でICUをつくってみていくことは果たして現実的でしょうか?

本来3次救急医療というのは、とても高額な費用がかかります。そして、3次救急医療は人口が50~100万人を主対象としなければ成り立たないとも言われています。すなわち、3次救急患者が1日10~20人ぐらい?発生しなければ、医師や医療スタッフを365日24時間体制で準備しておくのはムリだということです。
私は東信地区のあらゆる救急患者を引き受けていた佐久総合病院の救急外来に最近まで5年間ほど出ていましたからこのあたりの感覚は(院長や県議よりは)わかるつもりです。ドクターヘリを擁する佐久総合病院でも佐久医療圏と上小医療圏あわせた神奈川県よりも広いエリアに38万人が住むエリアの最後の砦でしたが遠慮して2.5次救急と言っていました。
松本市でも救命救急センターやドクターへリをめぐり相澤病院と信州大学病院救急部が熾烈な争いを繰り広げていたのは記憶に新しいところです。


(信州大学付属病院、屋上のヘリポートにドクターヘリが常駐)

血管系の救急医療と多発外傷について。

かつて血管系の急性疾患、すなわち心筋梗塞や脳卒中は鎮痛や点滴や酸素吸入などをして安静にして寝かし悪化しないように祈るしかない疾患でした。
しかし近年になり血管内治療などの技術がすすみ心筋梗塞はHeart Attack、ついで脳卒中はBrain Attackと呼ばれ急性期にも積極的な治療介入が可能な疾患となりました。
市民は疑わしければ救急車を呼びトレーニングを受けた救命士の判断でそういう対応のできる医療機関へ搬送すべしということです。救急隊の判断で虚血性心疾患の疑われる胸痛患者は診断から治療まで可能な胸痛センターに搬送され、脳卒中は脳卒中センターへ搬送されます。その可能性の低い患者が二次医療機関に搬送されさらに検査等が行われます。
ですので突然の頭痛や胸痛、麻痺、言葉がでない、喋りづらいなどの症状が出た場合は、開業医や夜間急病センターに行かず救急車を呼び、救急隊のトリアージで医療機関に向かうのが得策です。(オーバートリアージでも構いません)
もちろん安曇総合病院の救急外来でもこれらの診断は行いますが治療はできません。(たまに開業医の先生から心筋梗塞疑いで紹介されることがありますが(;´Д`)強く疑ったなら救急車で信大の胸痛センターにお願いしたいです。)
心筋梗塞は専用の造影検査室でCAG(心臓カテーテル検査)に引き続いてのPCI(バルーン拡張法など)がなされるようになりました。しかしその後もポンプ失調や不整脈などが出現し致死的になりうるためICU、あるいはCCU(Coronary Care Unit)というところで厳重に全身管理がなされます。
大動脈解離や大動脈瘤破裂などは心臓血管外科チームのいる施設で緊急手術が必要となります。
脳卒中とは脳出血、くも膜下出血、脳血栓症、脳塞栓症(のうそくせんしょう)の総称です。脳の血管が何らかの原因で急に詰まったり切れたりするものです。脳梗塞も数年前から我が国でもtPA(プラスミノーゲンアクティベータ)による血栓溶解療法がなされるようになりました。これは発症から3時間以内に投与を開始しなければなりません。しかし厳密に適応の選定をしても20人に1人脳出血のリスクが避けられず、治療後もICUで神経所見をとりつづけ出血の兆候を見いだせなければなりません。
脳出血や脳梗塞の治療中に頭蓋内で出血した場合は必要に応じて脳外科が血腫除去術や開頭減圧術など必要な手術うことがあります。
くも膜した出血の場合は脳動脈瘤の再破裂を防ぐために緊急クリッピング手術や血管内治療を行われます。手術のあとも脳血管攣縮や水頭症などの合併症を乗り越えていかなければいけません。

交通事故や白馬などのスキーリゾートでの外傷や山岳の転落事故などで発生する多発外傷は治療可能な外傷による死を防ぐため救急隊から医療機関に至るまで定まった手順があり、脊髄損傷や失血死を防ぐため大勢の医師や看護師が取り付いて診断と治療に必要な処置をおこない必要なら緊急手術を行います。当院に搬送されても可能な範囲での止血処置をして血管確保し大量輸液しつつ3次医療機関に搬送することしかできません。現在は救急救命士による血管確保や挿管は心肺停止症例にしか許されていませんが今後これは拡大していくでしょうから当院は素通りされていくかもしれません。
天気の良い日中ならば信州大学にも配備されたドクターヘリを呼ぶこともできますが、そういった事故が多いのは夜間や荒天の日であり悩ましいところです。

安曇総合病院で担うべき救急医療とは

さて県議と院長は何をやりたいのでしょうか?
がんの放射線治療機器の時にも言いましたが現場の第一線で頑張っている循環器内科医や救急外来に出ている医師がどうしても必要でやらなければいけないからというのならまだわかるのです。しかし院長や県議の言動は現場からみえる現実とまったく乖離したもものです。
院長は「3次救急なんてやるつもりはありませんよ・・。心臓カテーテル検査も待機の検査のカテだけですよ。ER方式というのをやりたいと思います。福井医大の 林 寛之先生の講演を聞きました。大学に頼みに行こうと思います。」などとピントの外れたことを言っていました。
もちろん心臓カテーテル検査はさすがに待機的(検査や緊急でないもの)な処置からということのようですが・・・。それならそれこそ当院でやる必然性があるのか疑問です。待機的で一時的なことなら症例数も集まり技術も高い病院へ行けばいいでしょうし、冠動脈のスクリーニングは多列検出器CTスキャンで行われる時代になってきているというのに・・。

現場からみていると、そんなことよりもベッドが長期入院の方で満床で普段からかかりつけている高齢者(特に在宅の高齢者)を受け入れることが出来ず松本の急性期病院にお願いするような自体を減らすことが先決だと思います。そのためには365日24時間対応する在宅医療のシステムを充実を目指すことが大切ですし、在宅医療の支援という本来の機能を果たしうる老人保健施設が欲しいところです。もちろん松本医療圏の急性期病院で急性期治療が住んだ大北地域の患者さんを速やかに引受地域へ帰していく回復期以降のリハビリテーションをこれまで以上に引受けるなどのも必要でしょう。

中信地区唯一の閉鎖病棟をもつ総合病院精神科として他の病院で応えられない精神疾患と身体疾患の合併症患者さんの入院治療を含めた救急対応もおこなっていかなければいけません。

総合診療方式(+専門医へのコンサルテーションの体制)の体制をつくれば研修医教育もふくめてかつての舞鶴市民病院や今でいえば諏訪中央病院のような体制がつくれ高齢者を中心とした一般内科診療のレベルも上がるでしょう。
そして救急外来に出ているどの医師も専門外を理由に断ることなくきちんと見てトリアージ(重症度の判定と必要な処置や転院の段取り)を行うことを原則とすべきだとおもいます。
そのための勉強会や検討会などを救急診療委員会主導で行うべきだと思います。

さらに救急とは離れますが脳卒中や心筋梗塞ののリスクを減らすために地域の心房細動の方への抗凝固療法、糖尿病や高血圧、脂質異常症などの管理をしっかりして予防を行うこともまだまだこの地域では不十分なのに、救急体制だけととのえるのは順番が逆だろうと当院で一番たくさんの患者さんをみている内科医師も指摘しておりました。
救急医療へのアクセスが遠い土地ほど地域の開業医とともに軽減可能なリスクに対してまだまだ必要な介入を行なっていかなければいけません。

その上で松本医療圏の3次医療機関からより遠い白馬や小谷、大北の中心の大町のことを考えるならば市立大町総合病院でのよりいっそうの救急診療機能の強化を図るべきでしょう。
それを指摘すると、院長は「大町病院にそんなことはできませんよ。大町病院の実情をしっているんですか!」といわれてしまいます。確かに大町病院では内科医が少なかったり全科の救急当直が大学からの小児科医のアルバイトだったり、整形外科の常勤医が一人しかいなかったりと大変な状況は聞いています。
しかしそれならばなおさら大北医療圏全体のことを考えて、2つの病院とは別に運営されている北アルプス平日夜間急病センターのあり方も見なおすことも必要でしょうし、当院の医師、地域の診療所の医師もふくめて大北全体の医療者で考えるべきことでしょう。
私は安曇総合病院の今後の救急医療のあり方に関して不安を感じています。
そんなに大きな病院でもないのですから、院長も当直や日直をし救急外来にでてみる、それが無理だというのならばせめて現場の医師の声を聞く態度を示すというところからやってもらいたいものです。


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